作品タイトル不明
第532話 乱立
―――中央海域
海に落ちても尚、エフィルの炎は機竜を焼き続けていた。周囲の海水ごと肉を焦がして蒸発、空いた隙間を埋め尽くそうと外部から海水が押し寄せれば、それもまた気化させる。次々と生み出された大量の気泡が水面を覆い、機竜が墜落した海は海底火山が噴火したかの如く、真っ白に染め上げられてしまった。
「……うん。水中に落ちたせいで私と父上の血が流されちゃったけれど、流石に死んだかしらね」
「セラがそう言うのならば、我も太鼓判を押さない訳にはいかぬな。奴は死んだ、絶対に死んだ!」
「そ、そうですね。確実に頭部を射貫きましたから、まず間違いないかと」
「残った体も荒波に揉まれ、更には消えぬ業火がその身を焼き続けられる、か。ジルドラの生涯を賭けた集大成も、ああなってはどうしようもないじゃろう。これにてジルドラゴンは討伐された。この後はどうする? あの方舟から出でる天使鎧を片付けるか?」
機竜を倒したのにも関わらず、未だに戦艦エルピスからは無数の天使が飛び立っていた。尤も、現状では 水燕(すいえん) の戦士達が善戦しているようである。
「このままではいくら敵を倒したところで、どこまでもキリがないかと。皆さんが戦線を維持できているうちに、大元を断つのが一番だと思います」
「となれば、王らが先行しておるあの船に殴り込みか。下手な島よりも巨大なあのでかさじゃ。探索する人数が多くとも、困る事にはなるまいて。ワシもエフィルの案に賛成じゃな」
「この場でのセラの安全を確保できたとなれば、次はベルとの共闘であるな! しかし、セラの傍を離れるのは何としてでも避けなければならぬ…… ここはセラと共に行動しつつ、ベルと合流する。これしかあるまい!」
「のう、グスタフ殿。もしや、ずっとその調子で行動するおつもりか?」
「当然である! 逆に問おう、それ以外の道がどこにあるのかとっ!」
「うむー……」
思わずそんな言葉を口にしてしまうジェラール。もしケルヴィンがこの場にいれば、仮孫を前にしたジェラールも本質的にはそう変わらないと指摘するところだろう。しかし、そんなケルヴィンも妹のリオンを前にすれば、まあ似たようなものな訳で。詰まるところ、男共は過保護過ぎるのである。
「と、ともあれ皆の意見は大体一緒のようじゃ。セラも殴り込みで良いかのう?」
「そうね。あの方舟、また変な結界が施されているのか念話が届きにくいみたいだし、この目で直接確認した方が―――」
『―――ちゃん! セラお姉ちゃん!』
セラの言葉の途中であったが、誰かからの念話が届いた。この妖精のような可愛らしい声は、子供の時のシュトラのものだ。
「あ、待って。シュトラから念話がきたわ。トリスタンとの戦況の報告かも」
「でしたら、回線を共有しましょう」
「ワシもー」
「むう、またしてもハブられる我…… 仕方ない、その間は適当に天使共の相手でもして、鹵獲しておくか」
グスタフが愚息を思い浮かべ、再び怒気マックスの戦闘モードとなって飛んで行った。血を天使鎧に塗って、仲間の頭数を増やそうという算段らしい。
『シュトラね? 聞こえてるわよー』
『ワシもおるよ!』
『皆? 良かった、繋がったみたい。状況を報告するね』
シュトラからの連絡は、トリスタンを倒す事ができたというものだった。共に戦ったアズグラッドやダハク、サラフィアも無事のようで、無傷とまではいかなかったものの、何れも軽傷の範囲内で戦線への復帰は直ぐにできるらしい。唯一トリスタンの配下として残ったタイラントリグレスも、今のところ沈黙を保っている状態なので、厳重に拘束しているところだという。
『流石はシュトラじゃ! ようトリスタンを討った! 今日は宴じゃな!』
『ジェラールさん、落ち着いて。ハウス、ハウスです』
『あはは…… お爺ちゃんがそんな調子って事は、お姉ちゃん達も?』
『鋭いわね、シュトラ! こっちも今しがた、ジルドラゴンを倒したところよ! ふふん!』
『え、本当に!? すごーい!』
『ふっ、ふーん!』
胸を張るセラの代わりに、エフィルがこちらの状況説明をシュトラにする。
『―――という訳です。シュトラ様がトリスタンを休む暇もなく追い詰めてくださったお蔭で、ジルドラゴンは最低限の抵抗しかしてきませんでした。心より感謝致します』
『ううん、そんな事ないと思う。お爺ちゃんとお姉ちゃん達はやっぱり強いなぁ』
『ガッハッハ、もっと褒めて!』
『私の事だって褒めて良いのよ?』
『すっごーい!』
一頻りシュトラに褒められ、満足したセラとジェラール。タイミング良く、グスタフもそろそろ戻って来るようだ。
『ふ~。でもこれで、少し懸念してた事が消えてくれたかな』
『懸念ですか?』
『うん。トリスタンが倒された今、その配下だった者達はトリスタンの支配下から解放されちゃうでしょ? タイラントリグレスは元が機械みたいなものだったからか、指示する人がいないと自主的には動こうとしないみたいなの。それはそれで幸いだったんだけれど、お姉ちゃん達が戦っていたジルドラゴンも同じとは限らないわ。色々な生命の融合体みたいだったし、どんな反応を起こすか私も予測できなかった。そういう意味で、お姉ちゃん達がジルドラゴンを倒してくれて本当に良かったなって』
『なるほどのう。早いうちに倒しておいて正解じゃった、という事か。流石はワシらじゃ、以心伝心しとる!』
『ナイス判断だったわね! シュトラ、私達はこれからあの船に乗り込むけど、貴女達はどうする?』
『タイラントリグレスの処置が終わったら、私達もお姉ちゃん達と合流するわ』
『なら、少し待つとしま――― んー?』
『……? セラお姉ちゃん? どうしたの?』
突然言葉を区切ったセラに、シュトラが疑問を持つ。念話越しにセラは唸っており、何かを不審がっているようだった。ちょうどこの場に帰還したグスタフも似たような様子で、周囲を警戒している。
『ううーん。今、何かすっごく嫌な予感がしたような……』
『セラがそう言うと、冗談でないくらいに不吉じゃな。冗談なら止めてくれん?』
『……一応、臨戦態勢に移行しましょうか』
警戒網を敷き、四方に目を凝らすエフィル、ジェラール、セラ、グスタフの4人。そんな彼ら彼女らに向かって、海の底より怪しげな黒い影が迫っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――戦艦エルピス
そこは広大な議事堂のような場所だった。中心に向かっていくつもの椅子が並び、列を成している。それらの種類も実に様々で、中にはこの世界にはない未来的な、もしくは現代的な椅子があったりもした。1つとして同じものはなく、全てが違う椅子だ。しかしそこに座る者は誰もおらず、しんとした空気だけがこの場を支配していた。戦艦の外では盛大な戦闘が行われているというのに、ここはまるで別世界だ。
「……来ましたか。随分と待ちましたよ、ケルヴィンさん。そして、その仲間の方々も」
「ああ、来たぜ。舞桜は相変わらずの鎧姿か。まあ、似合ってるっちゃあ似合ってるけどさ。っと、その前にすまん。そろそろ待ち合わせの時間になりそうだったし、ちょいと船の壁とか壊しちゃったわ。その程度じゃ落ちないよな、この船? クロメルと 殺(や) り合う前に落ちたらマジで困るんだけど、大丈夫だよな?」
「貴方とクロメルの舞台として用意した場所です。そう簡単に落ちては俺だって困りますよ」
ケルヴィン、リオン、刹那、シルヴィア、エマの5名が、佐伯舞桜の待つ『選定の間』へと到着した。