作品タイトル不明
第534話 勇者と聖剣と慈愛と
―――戦艦エルピス
ケルヴィンが選定の間から消え去り、後に残るはこの場所の主である舞桜と、勝負を託されたリオンらの5人だけとなった。今更ながらに女の子ばかりな面子になってしまった事に気が付いたのか、舞桜が兜の上から頭をガシガシと掻くような仕草をして見せる。
「さ、ケルヴィンさんとした会話通りの流れになると思うんだけど、君達に異存はない?」
「その前に、ちょっといいかな?」
戦闘開始の最終確認をする舞桜に対し、先頭に立っていたリオンが挙手をする。
「君は確か、ケルヴィンさんの義理の妹さんだったね。何かな?」
「えっとね、選定者さんにちょっと質問したい事があって…… 選定者さんの事をケルにいから聞いて、小さい頃にお爺ちゃんから聞いた話を思い出したんだ。佐伯家で桜の名を持つ者は、どういう訳か不思議な体験をしやすいって。その時は迷信だとか、お爺ちゃんが僕を怖がらそうと悪戯で言ったのかと思ってた。僕、この世界に転生する前は佐伯 理桜(りお) って名前だったんだけど、選定者さんの名字も佐伯、それも下の名前に桜の文字が入っているんだよね?」
両手の得物を抜きながらその台詞を言うのはどうかと思いながらも、この時点で舞桜はリオンが言わんとしている事を察していた。
「うん、入ってるね」
「そっか。それでね、これは僕の推測でしかないんだけど――― 選定者さんって、僕の御先祖様なのかな?」
「……さて、どうだろうね? 佐伯なんて名字、日本にはごまんといるだろうし、俺と君とじゃ生きた時代が違うから。俺の一族も代々桜の名を継承して、決まって病弱体質で、行方不明になったり突然帰って来たりが日常茶飯事なところはあったけど、でもまあ、きっとそんなのはよくある事だよ」
この場に居合わせていた刹那とエマは思う。そんな日常茶飯事があって堪るものか、と。しかしながら、よくよく考えれば身近にそんな出来事を引き寄せてしまう幼馴染や、自らトラブルを引き起こす凶獣がいたりするのを思い出し、よくはいないがそれなりにはいるかもと思い直す。シルヴィアはシルヴィアで、常識に囚われない母の姿を思い浮かべて納得していた。
「否定はしないんだね?」
「否定はしないさ。教えられる事なら教えたいところなんだけど、実際問題俺も直接的な繋がりがあるかなんて、クロメルに聞いた事がないから分からないんだ。だけどさ、今となってはあまり関係のない事なんじゃないかな。君は色々な意味でクロメルの敵だろうし、俺はクロメルを裏切れない。君は早くケルヴィンさんの下に駆け付けたいし、俺はそれを阻止したい。となれば、今やるべき事は自ずと分かるってもんだよね? 仮にもケルヴィン君を支える者としてならさ」
舞桜が全身鎧の腹部に手を添えると、鎧の一部が改変されて異なる形を作り出していった。生成されたのは剣の柄らしきグリップ形状。舞桜がその柄を握って正面へ引き抜くと、伝説の勇者が扱うような見事な大剣がその姿を現す。眩い光を放つその刀身が、かつて刃を交えたセルジュの武器とよく似ていた。
「……聖剣?」
「そう、代々勇者の相棒として活躍してきた聖剣ウィル。俺もセルジュと同じく勇者だったからさ、俺専用のウィルを持っているんだ。あ、言っておくけど、セルジュやこの時代の勇者が持っているウィルも偽物じゃなくて、歴とした本物だよ。そっちのポニーテールの勇者さんなら、何でこんなに沢山のウィルがあるのか知っているよね?」
舞桜に指名されたのは刹那だった。リオンがチラリと刹那に視線を送る。
「ええ、まあ。世間的に聖剣ウィルはデラミスの教皇より賜った事にされていますが、実際のところは勇者として転移した際に授かるものなんです。その時代の勇者につき1本、私達の場合はメルフィーナさんより刀哉が受け取りました。聖剣は勇者としての役目を終えた時、元の世界に戻るのと同時に神様に返還されるとも聞いています。 ……この答えで合っていますか?」
「うん、大方合っているよ。正に神の奇跡を体現した伝説の武器って感じだよね。まあ例外的にセルジュの時はクロメルが暗躍して、俺の時は使徒として転生する際にもう一度渡されていたんだけど…… それと、君の勇者としての転生は特例中の特例だ。デラミスの巫女を介さない勇者召喚だなんて、本来あり得ない事だからね。聖剣ウィルが渡されなかった理由として、その辺は理解してほしいな。君達の仲間だったメルフィーナも、クロメルに意識の外から妨害工作を受けていた事だしさ」
「ううん、それを不満に思った事はないよ。聖剣がなくったって、僕にはケルにいが造ってくれたこの剣があるもん!」
申し訳なさそうにウィルを構える舞桜に対し、リオンは2本の黒剣アクラマを構える事で応酬する。後ろに控えていた刹那、シルヴィア、エマの3人も既に臨戦態勢となっており、選定の間は一触即発な空気を呈し始めた。
「もう思い残す事もないかな。それじゃ、そろそろ始めるよ」
「いやん、ちょっとだけ待ってほしいわーん」
それはとてもともて野太く逞しく、その上で奥ゆかしく愛に満ちた漢らしい声だった。どこからともなく聞こえてきたかと思えば、選定の間の真上より天井が丸ごと抜けるような轟音が飛来。同時に、筋肉隆々な何かが落ちてきた。
リオンと舞桜のちょうど中央付近にズゴォンと落下したそれの衝撃は凄まじく、辺りを覆い隠すほどの風塵を巻き起こす。だが、その風塵の中にて確かに見えたド派手なピンク色は、どう考えても見間違いではないだろう。やがて風塵が散り始めると、その色を全身に着込んだ筋肉の塊がむっくりと起き上がり―――
「プリティアちゃん、参上よん!」
―――名状し難いポージングを取りながら、その美声で猛烈なアピールを開始。最強の肉体にいつぞやに見せた全身タイツを纏わせた、ゴルディアーナ・プリティアーナが登場したのである。
「うわぁ……」
舞桜が心の底からそう呟いてしまうのも、ある種仕方のない恒例行事だ。
「プリティアちゃん!」
「やっほぉ、リオンちゃん。助太刀に来たわよん」
一方の顔見知り達も、笑顔で出迎えられたのはリオンのみだ。心強い援軍である事を重々に理解し、また感謝もしているのだが、素直にこの状況に置かれる喜びを表現できない刹那とエマ。シルヴィアは無表情ながらに挨拶していた。
「ちょっと~、プリティアちゃ~ん。先に行かないでよね~」
今度は真横より新たなる声。そちらを振り向けば、いつの間に到着したのかセルジュが椅子に座っていた。それがセルジュの愛用品なのか、椅子は中学高校等で使用されるような、よくあるタイプの学童椅子だ。
「あらん、フーちゃんだって我先にダッシュしてたじゃなぁい? 私はフーちゃんに倣っただけよん」
「ふふん、ああ言えばこう言う作戦かな? その手には乗らないぜ、プリティアちゃん!」
両手の人差し指をビシッとゴルディアーナは向けるセルジュ。張り詰めた空気を打ち壊した2人は、どこまでも和気藹々としていた。
「ま、急いだお蔭でこうやって戦闘開始前に乱入できた訳なんだけどね~。やあやあ、選定者! こうして実際に顔を合わすのは初めてだったかな? 選定者の前口上が長いお蔭で、何とか遅刻しないで済んだみたいだよ。助かった~。で、何々? どのウィルの話をしてたの? 私も混ぜなよ、つか混ぜろ」
「フーちゃん、レディは言葉遣いに気を付けて!」
「あはは、プリティアちゃんとフーちゃんは仲が良いな~」
後方に控える刹那とエマは、この状況をどうツッコめば良いものかと悩みに悩み、シルヴィアはおやつのビーフジャーキータイムに入っていた。