作品タイトル不明
第436話 巫女の秘術
―――最後の聖域・揺り籠
周囲を警戒。コレットの時のように声の1つでも上げてくれれば、直ぐに視認できるようになるだろう。が、こうなってしまうと不意打ちの1つもしてくるのが濃厚だ。相手は崇拝する神の為であれば、何でもしてしまう狂信者。できればそんな不意打ちは食らいたくない。
『―――ん? この空間、外への念話が通じないのか?』
アンジェに何か良い炙り出し方法はないかと念話しようとしたところ、何か壁のようなものに遮られてしまった。念話だけではない。通常の配下の召喚も不可能、どうやらこの空間内外でのやり取りは一切できなくなっているようだ。
『ガウンの時と同種の結界か』
『そのようですね。ただ、少しばかり規模が大き過ぎるようです』
ガウンの闘技場でベルとアンジェに閉じ込められた際は、しっかりと紫色の結界が視認できた。だが、今回のこれはそれさえも見えない。そもそも、この空間がどれほどの広さなのかもいまいち把握できていないのだ。下の大聖堂を抜かせば、後はただただ青い青空の空間が広がるばかり。全く、大海原のど真ん中に放置されたような気分だ。
『なあ、ここなら遠慮も加減もいらないよな?』
『ああ、なるほど。実にあなた様らしい解答だと思います。地上ですと、そうもいきませんからね』
アイリスの姿と気配が消えはしたが、その存在が消えた訳ではない。アイリスの姿が確認できないのであれば、嫌でも出て来なければならない状況を作り出せば良いのだ。アイリス、早く姿を現さないと酷い事になっちゃうぞ?
「 全土崩壊(サブサイデンスクエイク) 、 螺旋超嵐壁(テンペストバリア) ×3」
下にある大聖堂から、その外へと広がる青き空に至るまで、俺の視界に入る全てを揺らす大魔法を解き放つ。ある所はぐしゃりと粘土のように不規則な形へと押し潰され、またある所は激しく陥没。どうも青空に見える周辺にも大地はしっかりとあるようで、次々と青の大地の中身が剥き出しなるという奇妙な光景が造られていった。もちろんアイリスの力の源であろう、パイプオルガンを安置する大聖堂も例外ではない。壁が崩壊し、波打つ地面にパイプオルガンが呑み込まれていくのだ。
そんな地上を追撃するは、街の1つも丸ごと囲ってしまいそうな巨大な竜巻。崩壊していく地上の瓦礫土砂その他諸々をミサキーし、下から上へと巻き込み己が身に宿していく。そんなこの世の終わりを予感させる巨大竜巻を、今日は大奮発して3つ投入。普段であれば絶対に顕現させてはならない超暴風であるが、 アイリスの聖域(ここ) なら遠慮する必要など微塵もない。他の皆が戦いを楽しんでいるであろう中、ここまで我慢してきたんだ。盛大に魔力を解き放とう!
『……やり過ぎた感もしないではない』
『天変地異ですね、これは。流石は魔力馬鹿の異名を持つだけの事はあります』
何分、ここまでばかすかと魔力を使ったのは初めてだったもので…… つい先ほどまで天国を思わせていた風景が、見るも悲惨な阿鼻叫喚の図となっていた。それでも空が青いのは、何と言う皮肉だろうか。
だが、正直自分でも引くほどここまでやらかしたんだ。神聖かどうかは知らないが、聖域をここまで荒らされたんだ。同じくらい引くほど敬虔な信者であるアイリスだって、黙ってはいられない筈。これならどうだ? と、俺は考えていたんだが―――
『―――おいおい……』
『オルガンどころの話ではなかったようですね……』
跡形もなくなるまでに破壊し尽したパイプオルガン、そして神を崇める大聖堂。それらが何度も何度も、どんなに壊滅的な打撃を受けようとも復元し続けていた。アイリスはあのパイプオルガンだけではなく、大聖堂にまで秘術の力を及ばせていたというのか?
「本来、デラミスの巫女はそこまで膨大な魔力を有しておりません。それは必要以上に強力な秘術を使い過ぎぬようにと、自戒の意味も含まれています。半神の身に至ったとはいえ、それは私も同様です」
どこからか、アイリスの声が聞こえてきた。察知、位置は俺達の更に上。あの不可思議な太陽の光、そこに身を隠すようにして、彼女はいた。竜巻の天辺さえも触れないような、遥か上空だ。俺とメルはアイリスの気配を認識した瞬間に、全速力で疾駆した。
「ですが、この書があれば無尽蔵の魔力が私に供給され、魔力切れの憂いは断たれます。断罪者が魔王になって下さったお蔭で、余分に魔力が充填されましたから。ええ、実に良い善行を行いましたね。必ずや彼女は救われる事でしょう」
距離はもう半分を切った。アイリスの話にも一応は耳を貸しているが、情報として目新しいものはない。黒の書はやはり魔力タンクであるらしいし、後はアイリスが魔力切れを起こして虹を吐かない事を逆に安心したくらいだ。
「そして私は歴代の巫女が成し得なかった、秘術の先を会得しました。幾ら破壊しても大聖堂が壊れないように、巫女である私が無様な姿を晒さないように――― 全てはエレアリス様の為に!」
あと数秒で手が届きそうな距離で、アイリスが聖槍イクリプスを前に突き出した。ああ、何だそれは? 何をしてくれるんだ? それは愉快な事か? 脳内麻薬が出る度に、俺の思考は充実していた。
「 聖裁神域(アルカス・タバーナ) 」
球体。そう、球体の結界だ。俺とメルを丸っと包み込むようにして、半透明で白い結界が施された。その球体を締め付けるようにして、古代文字っぽい記号がびっしりと記された紐が、幾重にも囲っている。
―――ギギギ。
奇怪な紐達が球体に食い込む度、俺達を囲う結界は段々と萎んでいった。
「閉じ込めたつもりか?」
「ええ、そのつもりです」
大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) で球体型の結界をぶった斬る。球体は破れ、弾けるように紐が跳ねた。そして、当然のように時が巻き戻って無傷のそれが形成された。ああ、うん。何となくそうなるかと思ったわ。
「法則を無視する貴方の大鎌でもない限り、 聖堂神域(タバーナクル) は不壊の結界です。そして、私はあの大聖堂と同様、これに 生還神域(アルカディア) の先となる結界を付与しました。2つの性質を併せ持った 聖裁神域(アルカス・タバーナ) は絶対に壊れず、私の魔力が続く限り無制限に巻き戻る。矛盾を秘めた神域は収縮し、貴方達の行き着く先は圧死、全潰、陣没――― ああ、惨い死です。ですが、私は手を緩めません。全ては我が神の為に、全てはこの世に平穏をもたらす為に。イクリプス、聖滅形態へ移行。魔力、装填」
徐々に徐々に、確実にその体積を減らしていく結界だけが問題ではなかった。アイリスの持つ聖槍が、眩い青白き光を発して猛烈な回転音を鳴り響かす。天使の輪と翼が槍に呼応して、こちらも眩しいくらいに光り出す。ああ、それ知ってるよ。神代の超兵器、メルフィーナの聖槍ルミナリィと酷似している。メルの指摘は正しかった。これではキャラが丸被りしている。いや、冗談は言っている場合じゃないな。
「万が一に 聖裁神域(アルカス・タバーナ) を抜けようとも、その瞬間に神の裁きを直接下して差し上げましょう。ええ、愛する2人を引き裂くような真似はしませんとも。同時に消し去ります」
収縮する結界は、もうメルが持つ聖槍の槍先のところにまで迫っていた。