作品タイトル不明
第435話 蒼き天使
―――最後の聖域・揺り籠
俺の言葉にアイリスは残念そうに首を振った。
「……詰まりそれは、メルフィーナ側に立つという事ですね? 残念です。エレアリス様は貴方を高く評価していましたのに。やはり貴方はメルフィーナの使徒、互いに平和を願いながらも、道は違えなければならぬ運命にあるのでしょうか…… ですが、ケルヴィンの命は決して無駄にはなりません。その気高き魂は再び転生され、今度こそエレアリス様の素晴らしさに気付く事になるでしょう」
「あなた様、街で女性を引っ掛けるような今の文句は少々どうかと思います。まるでナンパするチャラ男のようではありませんか。私、妻として許しませんよ!」
あかん、どっちの女神サイドも人の話を聞いていない。アイリスに限っては勝手に人を転生させようとしているし、それってもう洗脳の類じゃないですかね? 俺も大分コレットで慣れたつもりだったけど、やっぱり狂信者って怖いわー。瞳に一切の迷いがないもん。俺みたいな一般市民には決して理解できない思想だな、全く。もう話を進めてしまおう。
「だから問答はいらないって。どっちにしたって、俺を転生させるには殺さないといけないんだろ? なら、目的は違えど過程は一緒じゃないか。さあ、得物を取れ。代行者!」
「フフ、私が半神の身であると知って、なお戦おうとしますか。良いでしょう。義体という不完全な形で顕現しているメルフィーナと、一体どこまでの信仰心を示せるか見物ですね」
アイリスが薄く笑った次の瞬間、奥の祭壇から青白い魔力が噴き出した。同時に、祭壇がゴゴゴと音を立てながら動いていく。いや、変形していく? 内部から鍵盤や金属パイプが出てきた。
「これは――― パイプオルガン?」
「ええ、その通りです。ここは大聖堂、オルガンがあっても不思議ではないでしょう? まあ、少々規模は大きくありますが」
大きいなんてもんじゃない。写真やテレビで見た事はあるかもしれないが、こんな馬鹿でかい楽器を直接目にしたのは初めてだ。セラが趣味で買ってたグランドピアノどころの話ではないぞ。この聖域の壁一面を覆い隠すほどに雄大、金属パイプは天を突くまでに高く、鍵盤までもが何段にも積み重なっている。明らかに人が弾く設計じゃない。
「この祭壇は私とエレアリス様をより強くリンクさせる為のもの。本来はこれを通じて揺り籠に魔力をお送りするのですが、こういった使い方もできるのです」
アイリスが軽く手を掲げると、背後のパイプオルガンが独りでに弾かれ始めた。魂を揺さぶるような重厚な音が鳴る度に、金属パイプの先から青白い魔力が出て来る。あの魔力はそこから出ていたのかと理解するのと同時に、それらの魔力がアイリスの背に、頭上にと集まっていった。
「―――それは、私へのリスペクトか何かでしょうか?」
「いいえ。貴女とは何の関係もない、私の信仰の証です」
今のアイリスの姿はまるで天使のようで、その…… メルフィーナが天使の輪と翼を顕現させた時の状態にそっくりだったのだ。神聖な魔力は翼などを構成し、神秘的な輝きを生じながら確かにそこにあった。メルフィーナはお株を奪われたと言いたげで、少し不機嫌そうだ。
「神よ、御身の刃をお借りします」
それでもアイリスの変化はまだ途中らしい。アイリスが両手を組んで祈りを捧げると、今度は天より2つの飛来物が舞い降りてきた。エレアリスの愛槍『聖槍イクリプス』と神器『黒の書』、槍の方は以前目にした時とは比べ物にならない魔力を帯び、黒の書はなぜか表紙が白くなっていた。あれでは『白の書』である。そのどちらもがアイリスへと吸い込まれるように移動し、アイリスは祈りを捧げる手を解き、その両手でそれら神の遺物を手にした。
「意外ですね。ケルヴィンは兎も角、今の間にメルフィーナは攻撃を仕掛けるものだと思っておりましたのに」
「貴女はまだまだ分かっていませんね。妻とは夫を立てるもの。良妻賢母を貫く女神たる私に、そのように無慈悲な真似ができる筈もありません。最終的にコテンパンにはしますけど」
アイリスに対抗してか、普段は隠しっぱなしにしている天使の輪と翼を顕現させるメル。手には聖槍ルミナリィを携え、内心マジになっているんだろうなぁといった完全な戦闘形態へと移行した。ま、それに俺も乗っかるんですけどね。
「 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) 」
黒杖ディザスターに大鎌を施す。その他にも俺とメルに補助魔法をぺたり。さて、いつもの準備は整った。半神、半神かぁ、ふふっ。
「神への祈りは終わりましたか? まだでしたら、お待ちしますが?」
「女神に言う台詞ではないですね。そのままお返ししましょう」
「なあ、もういいだろ? これ以上客を待たせるのはマナー違反だ」
「そうですね。では―――」
オルガンの残響が消え去り、聖域の中が無音になる。その最中で対峙する俺達が得物を構え合うと、自然と笑みがこぼれ出した。主に俺の口端から。
「楽しく愉快に戦おうかっ!」
「貴女、私とキャラが被っているんですよっ!」
「偽りの神よ、その座を明け渡しなさいっ!」
それぞれの主張が叫ばれ、待ちに待った戦いが開始された。まず狙うはアレだ。どう見てもアレだ。
「そのオルガン、狙ってくれと言っているようなもんだぞっ!」
荒ぶる風を刃に集束させ、絶対切断の太刀をアイリスの背にあるパイプオルガン目掛けて飛ばす。あれがアイリスとエレアリスを繋ぐ道具だとすれば、破壊されると困るんだよな? 挨拶代わり兼様子見の一撃だが、加減はなし。あんだけでかけりゃ100%外れず、移動させる事もできない。ついでに飛ばした軌道上にはアイリスもいたりする。さあ、どうする?
「 生還神域(アルカディア) 」
蒼の翼を羽ばたかせ、刃を避けてアイリスが上空へと飛び去る。目測ではあるが、随分と速い。その間に詠唱したのは、確か前にコレットが使っていた巫女の秘術だ。
『メル!』
『言われなくともっ!』
俺は 飛翔(フライ) を、メルフィーナは翼を使ってアイリスを追い掛ける。直後に、 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) の刃がパイプオルガンに直撃した。特に攻撃を阻まれる訳でもなく、風はすんなりとパイプオルガンを分断、ど真ん中から横断した。
―――したと思った。気が付けば、パイプオルガンは何事もなかったかのように、無傷のままそこに佇んでいた。損傷を直したというより、時間を巻き戻して攻撃自体をなかった事にした。そんな感じだ。かつてのシルヴィアとの模擬戦が頭を過ぎる。
『コレットの致命傷無効化か。あれって物にも付与できるんだな』
『しかし、その効力は1度きり。2度目3度目の攻撃であれば、破壊は可能――― と言いたいですが、あのオルガンには幾重にも秘術を施しているようですね。あの秘術は重ね掛けできない筈なのですが…… ここで考えても仕方ありませんか。使徒としての活動期間中、長い時間を要して準備を整えてきたのでしょう』
『なら、先に狙うはアイリスか。あからさまに自分を狙ってこいと言われているような気がしないでもないが』
『目の前で秘術を実践して見せた辺り、ブラフの可能性もありますね』
『ま、折角のお誘いを受けたんだ。まずはお相手しよう!』
パイプオルガンは一端捨て置き、アイリスを追って青い空が広がる清々しい空間に出る。周囲には美しくも眩くない太陽のみで、隠れる場所もない。アイリスはもう目前。俺は大鎌を、メルが聖槍を構えた。
「 安穏神域(オアシス) 」
武器を振るう直前になって、アイリスの姿が消えた。
『 安穏神域(オアシス) ――― 気配を完全に消し去る隠密結界です。ご注意を』
敵に回るとマジで厄介だな、巫女の秘術。