軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第434話 アイリス・デラミリウス

―――最後の聖域・揺り籠

デラミス大聖堂、英霊の地下墓地最下層。ここはそんな印象を受ける場所だった。神秘的で、神聖な魔力が溢れていて、どこか夢の中にいる光景のように現実味がない。大聖堂の造りにはなっているのだが、天井が吹き抜けで青い空が広がり、その空には黄金色の太陽が浮かんでいるのだ。太陽はとても鮮やかで、だけど少しも眩しくない。床のタイルも一部分だけ迫り上がっているものが幾つかあり、むき出しとなった断面には紋章がびっしりと刻まれていた。奥のでかい祭壇だってそうだ。神聖な魔力を可視化させて、どうやってか祭壇の中へと取り込み、中心に置かれた揺り籠にそれらを送っているようなのだ。どれもこれもが、どこか浮世離れしている。

「そして、目の前にも絶世の美女がいると。何なんだろうな、やっぱここは夢の中なのか?」

「いいえ、ここは確かに現実です。ですが、神々の技法がそこかしこで見受けられます。エレアリスから授かったものを流用しているのでしょう。ところであなた様、美女とは誰を指して言った言葉でしょうか? まさか、まさかとは思いますが―――」

「―――まさかも何も、メルの事に決まっているじゃないか。ハッハッハ」

「ですよねぇ。ウフフ」

小粋な死神女神トークをのっけにかましたところで、俺達は眼前の元巫女様に視線を移す。祭壇の前にはかつてのデラミスの巫女、いや、使徒達を統率する神の代行者、アイリス・デラミリウスがいた。地面にまで付いてしまいそうな長い長い銀の髪、白と銀を基調とした清廉潔白な風貌、どことなく巫女をしている時のコレットと似た雰囲気が、そうであると教えてくれる。

「まずは初めまして、でしょうか? 貴方とお会いするのは初めてですものね。メルフィーナの使徒、ケルヴィン・セルシウス。貴方は神を信じますか?」

ほう、シリアスブレイクに定評のあるこのトークを無視して、それどころか宗教の勧誘までかまされるとは思ってもいなかった。やるな、この代行者。

「ああ、初めましてだな。大食いを司る神ならここにいるぞ」

もう少しジャブを打ってみるか。ポンとメルの肩を叩く。

「ふふん」

……おい、何誇らし気にしてるんだ。もしかして満更でもないのか、お前。

「だけどさ、そのメルフィーナの使徒ってのはどういう意味なんだい? メルは俺の仲間であっても、お前のような信者になった覚えはないぞ?」

「あなた様、仲間ではなく私は妻、妻ですからっ!」

「………」

アイリスはピクリとも笑わない。駄目だ、これはシリアスを強要する輩だ。女神様、少しお黙りくださいませ。もう、そういう空気が伝わる相手じゃないってのが分かりましたので。

「仲間も信者も妻も、同じようなものですよ。エレアリス様復活の為に、どれだけ役立てられるかの問題なのです。私達使徒も、敬虔な信者は私や『選定者』くらいなものですから。それに信仰とは強制するものではなく、心の拠り所にするもの。私がエレアリス様を復活させる行為と、結びつけようとは考えておりません」

「ま、少なくともジルドラやベルはそんな風には見えないからな。その復活の儀式を手伝う事で、何かしらの恩恵を与えて、餌をぶら下げていた訳だ」

「はい。言わばこれはビジネスのようなものです。あの方々を纏め上げるのは、使徒の長として苦労したものでしたが、幸いにも私は『導き救い手』という固有スキルを生み出す事に成功しました。個々の願いを聞き届け、その後の働きによって対価を支払う。当然の行いをする事で、使徒達は皆、同じ目標に向かい歩み出したのです」

「使徒に至上命令を与え、達成した者の願いを叶えるってやつか?」

「あら、暗殺者や断罪者から聞いたのですか? ならば、私の力についても多少なりは知っているでしょう。ええ、そうです。『導き救い手』は言わば、働きにおける対価の契約。エレアリス様のお力が届く範囲で、絶対にそうなるよう世界に影響を与える代行の力なのです。『神の十指』は私にこの力を与えてくださいました。信じる者は救われる。ええ、ええ。正しくそうでしょうとも!」

両手を握り、祈り出すような仕草をするアイリス。

「その願いが、酷く破滅的なものであったとしても、か?」

「その点もご安心ください。代行者たる私が、責任を持ちまして精査致しましたので。もちろん、使徒達の願いは良識の範囲内。故郷を守りたい、大切な人も守りたい、運命の人と出会いたい、若くて綺麗な弟子がほしい――― どれもが人として当然な、美しい願いです」

う、うん……? 後半の願いはやけに俗っぽいですね。一体どこのおじさんなんだろうか。

「まあ、その影響が出るのはエレアリス様が復活されてからなのですが…… お蔭様で、最後の使命の殆どは達成されました。使徒達の純粋たる願いが叶えられる日は近い。ところで女神メルフィーナ、随分と下界を楽しんでいるようですね? それに、神が私情を挟むとは何とも珍しいものです。どうやら長らく神の職務から離れているようですし、そのまま新たな神に地位を明け渡しては如何でしょうか? 貴女もこの世を謳歌する事ができますし、私の目的も無血で達成できます」

「それは魅力的なお話しですね。ですが、今の私は有給休暇を取ってのバカンス中。仕来りを守った上で現界しているのです。楽しまなければ損でしょう? まあ、でも――― それが前神であるエレアリスでなければ、僅かに交渉の余地があったかもしれません。最愛の夫も見つけた事ですし」

手をにぎにぎされる。

「……と、言いますと? ああ、ご安心ください。この場所は神々の世界と現し世が入り混じった状態です。恐らくは、義体だから口にできないという事にはならないでしょう。ええ、そうです。私はエレアリス様を追いやった貴女と、本心での語り合いをしたいのですから……!」

む、少しだけアイリスの瞳が、コレットが錯乱している時のそれに似てきてる。理性はあるものの、本質は狂信者なのかもな。数々の心の傷跡を想起してしまい、俺、ちょっと動揺。

いや、大事なのはそこじゃないか。どうもこの空間は神々の世界でもあり、俺達が住まう世界でもあるらしい。義体でも話せるのなら、アイリスの話は本当なんだろう。俺からは何も言わず、メルフィーナの次の言葉を待った。

「どんなにも厳かで、そして慈愛に満ちていた神も、気が遠くなるような時間を経て、後任の神へと変わりゆくものとされています。それはなぜか? ……神の肉体は不滅であっても、精神は不変ではないからです。ある世界の神は長い時を神として生き過ぎ、暇を弄ぶ様になりました。彼は管理する世界の命をゲーム盤の駒として見るようになり、国同士を争わせる、異常者に力を付与するなど、執拗に世界へと関与してしまった。その結果、世界を滅びへと導いてしまい、更迭されました。こういった事例は1つや2つの話ではありません。ですから、そうなる前に神としての役割に終わりがくるようになったのです」

「それが、エレアリス様にも当て嵌まったと……?」

「世界を護るシステムであった筈の神柱を暴走させ、混沌に陥れようとした。そして、それを機に天使の間で次の神が選定され、私が選ばれた――― それが理由では不十分ですか?」

「不十分、ええ、不十分です。エレアリス様はそれが必要だったから、神柱をお使いになられたのです。世界を滅ぼすような様子なんて、微塵も見られなかった……! きっと、嵌められた、騙された、裏切られた、そう、そうだ! だから、私が代行者となって、世界を正しき方向へと導くのです! ……ケルヴィン、貴方はどちらが正しいと思いますか?」

アイリスの瞳は完全に狂乱モードのコレットになっていた。エレアリスだってそうかもしれない。道を踏み外せば、メルフィーナやコレットもこうなってしまうのだろうか? でも、今はそれどころじゃないか。

「ああ、そういう問答はいいや。俺の立場は最初から明確だ。俺が問いたいのはさ――― アイリス、お前は強いのかって事だけだ。半分神様になってるんだったって? そいつは良い。ちょっと俺と遊ばないか?」