作品タイトル不明
第433話 治療
―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)
聖鍵(せいけん) を通して送られていた声が途切れ、ジェラールはその力が失われた事を確認する。但し、念の為に聖鍵自体はクロトの保管に回収。ジルドラの死体を一睨みした後、赤き炎に護られているエフィルの下へと向かう。
『エフィル、ジルドラは討ち取った! お主の容態を確認したい。この防壁を解除できるか!?』
ジェラールが念話にてそう話すと、渦巻く炎に群がる炎鳥達が道を開け、浮かび上がっていた紅玉が次第に地上へと降りて来た。エフィルを取り巻く炎は下から上へと徐々に消えていき、その中から薄い膜を展開するクロトが姿を現す。
『護衛ご苦労。それで、姫様の薬は効果あったか?』
クロトはプルルンとした身を震わせる。この震え方は状況が芳しくない時のものだ。薬の効果はあったが、思ったよりも症状が抑えられず、病の進行が早いといったところか。聞くよりも実際に見ればいいと、クロトは薄く伸ばした膜を解除した。クロトはそのまま簡易ベッドに早変わりして、エフィルを支える。
「ハァ、ハァ……」
「……不味いかも、しれんのう」
クロトに横たわったエフィルの息は荒かった。雪のように美しい白の肌は全身が赤み、かなりの熱を保っているのが見て取れる。
「ジェラール、さん…… 私……」
「あまり話すな。体に障るぞい」
高熱で衰弱しているせいか、エフィルの意識もどこか朧げだ。それでも手に持つ弓を放さなかったのは、メイドとしての矜持だろうか。しかし、エフィルがジルドラの病に侵されている事に変わりはない。クロトが持つ回復・治療系アイテムで場を持たせるにしても、どこかで確実に病魔を治療する必要があった。
(やはり、最上級の白魔法で治すしかないんじゃろうか? 我らがパーティの中であれば、使えるのは我が王と姫様か…… む、そういえば、今はどちらも念話が届かんのじゃったな。 ……むむ? それってやばくね? 地味にピンチじゃね?)
現在、ケルヴィンとメルフィーナとは連絡が取れない状況にあり、それは意思疎通での念話も同様であった。どこにいるかも分からず、そもそも戦闘中かもしれないケルヴィン達を探すのは、あまり現実的ではない。他にいるとすれば、メルフィーナより青魔法を教わったシュトラがいる。が、青魔法は白魔法ほど治療に特化した魔法という訳ではないので、メルフィーナの薬でも治らないこの病に対抗できるかは怪しい。
(うおお! 考えろ、考えろワシ! この灰色の脳細胞を十全に活かす時が今じゃて! うおおぉー!)
焦るジェラール。戦闘中の面影は既にそこにはなく、かなり混乱している。そんなジェラールの姿を見かねてか、クロトが頭を抱えるジェラールの肩をちょんちょんと叩いた。そして、自身の体で宙に文字を描き出す。
「な、何じゃ? リオンに同行しているコレットも、白魔法が使える……? 使えるっ!?」
更に文字を綴るクロト。すいすいすいと、実に達筆な文字であった。
「守護者との戦闘も終わって、今ならまだ間に合う。なぜかデラミスの教皇もいるから、治療できる可能性大。コレットの力なら、この聖域の一部を操作して道を繋げる事も可能。自分の分身体を通して、今リオン達に連絡中――― クロト、クロトぉー! お主は天才かぁー!」
勢いよく抱きつこうとしたジェラールを複数の手で止めるクロトは、保管蔵の中から氷枕と冷えたタオルを取り出して、エフィルの首回りや脇の下にセットしていく。元々は旅先で何かあってはと、エフィルが準備していた看病セットだ。まさか、自分自身が看病される側になるとは思っていなかっただろうが、その準備は無駄ではなかったようだ。
そしてクロトはベッドの形態を維持したまま、極力エフィルが揺れないよう配慮しながら移動を開始。器用に地面を接する部分だけを動かして、驚くべきスピードを叩き出していた。もう道も分かっているらしい。
「ふう…… ワシだけじゃったら、マジで役に立たなかったのう。仲間に感謝じゃわい。さて―――」
ジェラールはクロトを追い掛ける前に、もう一度ジルドラの死体と、いや、ジンの遺体に向き直る。戦友であるダンは、行方不明となったジンを少なからず気にしていたようだった。ならば、もう遺体となった身であろうと、持ち帰って供養したいという気持ちがある。ただ、その体はジェラールの力によって強化された病で侵された、最悪の毒壺だ。迂闊に持ち帰れば、またアルカールの悲劇を呼び起こしてしまう可能性がある。
「シュトラにはそのような思い、させたくないからのう……」
代わりに形見になるものはないか? グルリと辺りを見回すと、ジルドラが使っていた銃剣が、離れたところで視界に入った。銃剣はジン自身の所有物ではないにしろ、何もないよりはマシか。そう考えたジェラールは銃剣を拾う。エフィルの治療が終わり次第、この銃剣をコレットに祝福してもらえば、万が一に病の欠片が付着していたとしても問題はないだろう。
「ジルドラが死に、各所で破竹の勢いで勝利が続いておる。じゃが、敗走はしたもののトリスタンは健在、一方でエフィルは暫く戦えまい。まだまだ油断はならんのう……」
ジェラールは魔剣の魔力を体に通わせ、クロトを追い掛け出した。
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『うん、うん…… 分かった! 待ってるね!』
使徒最強の実力者、セルジュ・フロアに勝利したリオンは、ジェラールから改めて念話を受け取っていた。エフィルの病を治療する為、今こちらに向かっている事。その為に、この領域に直通の通路を作ってほしい事。また、病を蔓延を防ぐのに適切な結界を張ってほしいとの連絡である。
「ジェラじいとクロトに運ばれて、エフィルねえがもうすぐ来るって。 ……コレット、大丈夫?」
「区画を整備、んぐ…… なだらかに、なだらかに、ゴクリ…… されど最短で。状態異常防止用に最上級の秘術を使用、ぷはぁ…… の、のーぶろぶれむ、です、ケプッ!」
ジェラールよりお願いされた仕事の殆どは、というか全ては、巫女の秘術を扱えるコレットにしかできない事であった。今彼女は下された使命に魂を燃やしながら、懸命にMP回復薬を飲み続けている。
「いやー、僕は秘術が使えないからねぇ。こればっかりはコレットに頑張ってもらうしかないんだ。父親として、とても心苦しいよ。ふふふ」
教皇、フィリップ・デラミリウスは自身の魔力を受け渡す特殊な魔法を使いながら、コレットの背を擦っていた。言葉では憂いているようであるが、その表情はどこか楽しそうで。久しぶりに愛娘とスキンシップを取れたお父さんの顔であった。かいつまんで言えば、ご満悦である。
「あの、エフィルさんの病、治せそうなんですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ、刹那。戦闘では大して役に立たない僕らだけど、これでも世界最高峰の癒しを司る者達なんだ。喩えそれが呪いの混じった病だろうと、千年の怨み妬みの折り重なった呪詛だろうと完治させて見せるよ。教皇と巫女の名に懸けて、ね」
「あの…… コレットさん、また吐きそうになってますけど……」
「それもついても問題ないさ。デラミスの巫女は鋼の精神を持っているからね!」
父親としてはどうなのか。そして、今更ながらその娘を前にして、母以外の女に告白する行為も如何なものだったのか。
「あはは…… えっと、僕達はこのままここにいても力になれないし、パーティを分けてあの神殿に進んじゃう? たぶん、そこにケルにいとメルねえがいると思うけど」
「ん、お母さんもいると思う」
「ならば、我々が巫女殿を御守りしよう。それが良い男の務めですからな」
「……護るのは、得意だ」
話し合いの結果、セルジュが護っていた神殿内にはリオン、刹那、シルヴィア、エマが進み、それ以外のメンバーがこの場所で待機し、エフィル達を迎える事となった。