作品タイトル不明
第424話 迷子のお姉様方
―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)
「誰かと思ったらアンジェじゃない。どうしたの? 迷子?」
「うぐっ! しっかりとさっきの台詞を聞かれちゃったようだね…… 恥ずかしながら、その通りだったりします、はい……」
通路でバッタリと出会ってしまった2人。アンジェはぽりぽりと頬を指でかきながら、居心地悪そうに少し俯く。
「どうもこの結界内、私の察知能力を阻害する力が働いているみたいでさ。構造も見慣れない形になってるし、私がいた頃とはまた別物になってるんだよ」
「ああ、道理で私も調子が悪いと思ったわ。でも、こうしてアンジェと同じ場所に行き着いたって事は、それでも正解を引けたのかしらね!」
「自信満々だね~。残る道は―――」
2人はお互いが正面になるように、向かい合わせに走って来た。合流した地点はちょうど十字路に当たる箇所になっており、2人が通った道を除外すれば、残る道は2つある。しかし、セラとアンジェは口裏を合わせていたかのように、同時に同じ道の方へと振り返った。
「こっちな気がするわ!」
「うんうん、アンジェさんも同意見」
セラは勘で、アンジェは弱まった察知スキルを限界まで強め、正解のルートへと答えを見出す。その後は再び駆ける、駆ける、駆けるである。
「この道、いまいち距離感が掴めないのよねー。蜃気楼みたいに揺れちゃって、本当に見辛い!」
「うーん、代行者の仕業だろうね。普段はこんなに幻めいてなかったもん。セラさん、もうちょっと速く走れる?」
「競走? 競走なのね!? ふふん、いくらスピードに自信があるからって、簡単には負けてあげないわよ? その昔、私はリオンやメルフィーナとも駆けっこで良い勝負を演出したんだから! ええっと、何を賭けたんだったかしら? ケルヴィンに関連したものだった気がしたけど……」
「あはは、今本気でやったら大変な事になりそうだね。ま、もちろんこのアンジェさんが優勝を掻っ攫う事になるだろうけどっ!」
「言ったわね? それじゃあ、そろそろ本気を出すとしましょうか!」
競走開始の宣言。セラが床へ大きく踏み込むと、アンジェは身を低くしてスタートダッシュに備える。嵐の前の、ほんの僅かな静けさと、試合前のピリピリとした独自の雰囲気が場を支配する。そして、2人の視線の先にはそれがあった。
―――『廊下を走るな。廊下は静かに』。そう書かれた看板が。
「な、なあっ! 何てこと!? これじゃあ、競走ができないわっ!」
「セラさん、本気で言ってる?」
看板の文字に目を見開くセラに、アンジェが呆れながらツッコミを入れた。セラは存外に道徳心が高いのだ。
「卑劣な罠ね! こんな所でも、マナーを指摘されたら躊躇するに決まってるじゃない! 何よりも、良心が痛むわ!」
「う、うん、罠とも呼べない代物なんだけどさ…… でもこの看板があるって事は、解析者、リオルドの部屋が近いって事かも」
「えっ? そんな事、分かるの?」
「うん。リオルドって結構神経質なところがあってさ、ギルドでも自分の部屋の近くにこんな立て看板作ったりしてたの。ベルりんとエストリアが口喧嘩したり、創造者のゴーレムが出す騒音も嫌っていたから、もしかしたらこの結界内にもあるかもって」
「なら、この走るなはアンジェの事かしら?」
「私は音を殺して走るから、きっとベルっちの事じゃないかなー。うん、きっとそうだよ。風を出して爆走してたし!」
「ふーん? まあ、逆手に取った罠かもしれないし、今は無視しましょうか」
看板を横切り、非常時と割り切って駆け続ける2人。やがて、幾つもの扉が左右に並ぶ通路に行き着いた。通路の先は気が遠くなるほどに長く、終わりが見えない。ずらりと並んだ扉も全て同じ作りになっていて、違いという違いが見当たらなかった。
「うわー…… あからさまに罠だろうね、これ」
「間違いの部屋を選んだら、ドカン! って奴?」
「爆発するかは分からないけど、何かしらのトラップは仕掛けてあると踏んだ方がいいね。でも、これは元暗殺者の私に対する挑戦か何かなのかな? よーし。セラさん、私が『遮断不可』で通り抜けながら確認するから、慎重に行動―――」
『ここが怪しいわね!』
―――ガチャリ。
セラは手前から3番目の扉に手を掛け、そのまま開けてしまった。その行動と瞳に宿る意思には一片の迷いもなく、またアンジェが止める暇もないほどであった。迂闊にもアンジェは、セラが直観で動く感覚派だという事を忘れていたのだ。
「セ、セラさんっ!? 慎重に、慎重にっ!」
「あら、誰かの部屋みたいね?」
「えっ?」
セラが選択した部屋は正解であった。バアル一族が偏に直感で動く理由、それが大いに発揮された一場面である。
アンジェが部屋の中を覗いてみると、確かに誰かの私室のようなレイアウトになっていた。仕事用のデスクが奥に置かれ、資料棚が壁際に連なっている。そして、アンジェはこの部屋に見覚えがあった。
「……これ、パーズのギルド長室と同じ部屋だ。机から棚まで、全部配置が同じ」
「リオルドの部屋って事かしら? んー、確かに見た覚えがあるわね!」
「たぶんだけど…… ちょっと待ってもらえるかな? 先に入って罠を確認するから」
リオルドほど神経質であれば、長い時間を過ごしたギルド長室と同じ家具の配置にしていたとしても、何ら不思議ではない。或いは、この部屋を模してギルド長室ができたのか。
(今更、そんな事はどうでもいいか)
頭を振り、アンジェは思考を切り替える。罠がないかと注意しながら部屋へと足を踏み入れ、ゆっくりと歩を進める。透過しながら粗方のチェックをし終え、部屋の中にトラップはないと判断。入っても大丈夫と、セラを招き入れる。
「さて、使徒の部屋を見つけたはいいけど、肝心の本人はいないようね。残念だわ!」
「使徒の全員が根城にいる事はないし、何かの任務で出払っているのかも。ピンチはチャンスと考えようか。リオルドがいない今だからこそ、この部屋から重要な情報を探し出せるかもって」
「宝探しみたなものね。重要な情報か…… ギルドと部屋の構造が同じなら、大事なものをしまっている場所も同じなんじゃない?」
「セラさん、本当に鋭いね……」
リオルドが重要としていた書類などを保管していた場所。アンジェの記憶が正しければ、その場所とはデスクの上から2段目の引出しだ。
「やっぱり、ギルドと同じで鍵穴がある」
リオルドのデスクの引出しは全て鍵付きのものとなっていた。もちろん、どれもが普通の鍵ではなく、引出し自体も大金庫のように強固なもの。ニトの鞘にも似た空気を2人は感じた。
「リオルドの 聖鍵(せいけん) に対応してるっぽいかな。鍵開けするにはかなり難解そう」
「なら、壊す?」
「ううん、私なら関係ないよ」
アンジェは透過した右手を正面から引出しに差し込み、内部に入り込んだ指先だけを実体化。引出しに隠していたものに触れると、それと共に再び透過処理を施す。
「このまま引き出せば――― はい、奪取完了だよ」
「いつも思うけど、その能力狡いわよね!」
「セラさんに言われたくはないかなぁ…… で、問題のものなんだけど」
「それって?」
「本だね。几帳面に日記でも書いてたのかな?」
デスクの上に本を置き、パラパラとめくっていく2人。どうやらアンジェの予想の通り、リオルドの日記のようであった。アンジェは仕事柄慣れたものであるが、他人の日記を覗く背徳感にセラはそわそわしている。だがその落ち着きのなさは、次第に別のものへと変わっていった。
「「これって―――」」