軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第421話 問答無用

―――邪神の心臓

トリスタンがその言葉を口にした瞬間、高速で動いていた戦場が止まったかのような錯覚を、ムドファラクとボガは覚えた。背に乗せたシュトラから、ただならぬ気配が放たれ出したからだ。殺気とは違う。どことなく落胆しているような、そんなニュアンスのネガティブな空気。これは決して幼いシュトラが放つようなものではなかった。

「おやおや。面白半分に話してしまいましたが、まさか正解でしたか?」

「……ハァ、そのまさかです。ケルヴィンお兄…… ケルヴィンさんにも悟られぬよう振舞っていたつもりでしたが、まさかトリスタン将軍に悟られるとは思いませんでした。自分の無能さが嫌になってしまいます。それとも流石と褒め称えるべきでしょうか? 貴方は昔から観察力が優れていましたからね、トリスタン将軍?」

「……案外、すんなりとお認めになられるのですね」

それは幼い少女の声ではなく、美しい女性の声だった。失意の感情を含み、暗い雰囲気を醸し出してはいるが、紛れもなく暗部将軍であった頃のシュトラ・トライセンの声だった。

本当に記憶が? 首を振り向いてこの目で確かめたい。ムドとボガはそんな思いで一杯になるも、仮にも今は使徒を相手にした戦闘中。敵から視線を逸らすそのような行為は、主から叱られてしまう事柄であった。

『シュトラ様、マジで記憶が!?』

『それに何で今まで黙っていたの? アズグラッドが心配していた』

妥協案として念話を飛ばす。これであれば時間が掛からず、瞬時に状況を把握できる為だ。

『申し訳ありません。自分の気持ちを優先してしまった結果とでも言いましょうか…… 詳しくは後で説明致します。今はどうか、戦いに集中してください。トリスタンは侮れない相手です』

偽装の髪留めが淡く光り出し、幼いシュトラの姿を包み込んでいく。光は直ぐに消えていき、次にそこへ現れたのはトライセン城でよく目にしていた、あの頃のシュトラの姿だった。白地を基調とした生地に金の装飾を施したディサンドレス、その気品溢れる佇まいを忘れる筈がない。もしムドファラク達が振り向けば、そう考えた事だろう。

気品だけでなく、王者然とした力強い雰囲気も漂っている。ケルヴィン達と長い時間共に過ごした事で、人間の枠を超えて進化してしまったのが原因だろうか。それは実の父、ゼル・トライセンのかつてのそれよりも気高く、威厳に溢れていた。

「ええ。貴方が私如きに注目してくださったお蔭で、準備が整いましたから」

「―――っ!」

ぐんと、飛行する神竜の体が何かに引っ掛かった。巨体である竜がもがくも、そこには何もない。だというのに、宙に停止したまま一向に動けそうにないのだ。

「これは……!?」

如何に使徒になろうと、トリスタンの魔力ではそれを見抜く事は叶わないだろう。問答を仕掛けたシュトラの目論見は、報復説伏によるトリスタンの行動制限。そして、この仕掛けを悟らせない為のものでもあったのだ。神竜の進行を邪魔する不可視の正体は、シュトラの魔糸であった。

以前悪魔四天王の1人であるベガルゼルドに敗れたシュトラは、扱う人形の他に自身にできる事はないかと模索していた。その際に行き着いた1つの答えが魔法である。これまでシュトラは魔力の全てを糸に込めていたのだが、その割合を下げる代わりに糸へ魔法による付加価値を加える事にしたのだ。魔王城での滞在中に、メルフィーナより密かに教わるは青魔法。3000オーバーを有する莫大な魔力と、魔糸を扱う並外れた操作能力で、彼女はこの短期間に凄まじい成長を見せたのだ。

今魔糸に込めている魔法は、メルフィーナも得意としている 虚偽の霧(フォールスフォッグ) 。対象を視認できなくする幻影の霧は、彼女ほどに魔法に精通した者でもない限りは見破る事ができない。しかし、いくらトリスタンを出し抜き神竜を捕らえようとも、シュトラの力では神竜を押さえ付ける事など不可能だ。やるならば他から力を持ってくる必要がある。そして、シュトラはその力を維持する原動力を既に用意していた。

「戦場での一秒は金貨をいくら積もうと、買えるものではありません。それでも私のお喋りに付き合ってくださるとは、トリスタン将軍もお人が良いのですね」

シュトラの後方には、魔糸と同じく 虚偽の霧(フォールスフォッグ) で偽装されたゴーレム達がいた。神蟲、神蛇の相手をしていた筈のロイヤルガード、その4機である。ロイヤルガード達にはシュトラの魔糸が幾本も結び付けられており、4機がそれぞれ網を引くような形で神竜に対抗していた。その様子は網漁業のようである。

「それは、押収されたジルドラさんのゴーレム…… 確か、最初に10機全てを出していた筈ですが?」

「その様子を見るに、トリスタン将軍から神々に命令はできても、神々から意思疎通を使っての連絡はないようですね」

「………」

ロイヤルガード達はボガとムドファラクが神竜を追い掛けた後、4機のみ早々にその場を放棄してシュトラを追い掛けていたのだ。単純なスピードならロイヤルガードも相当なもので、こうして密かに合流し、静かに機を窺っていたという訳だ。もちろん、神蟲レンゲランゲと神蛇アンラは離脱したロイヤルガード達を見ていた。だが、彼らはトリスタンの亜神操意で半強制的に従っている気高き神柱の一柱達だ。命令にあったロイヤルガードと戦いはしても、逃げたところで連絡はしない。

「召喚術で神を従えようとも、そこに確かな絆がなければ真なる強さは発揮できません。それこそ、トライセンで貴方が用いた首輪がそうであったように」

「懐かしいお話しですな。そして民に慕われるシュトラ様からそのような言葉が出てくるとは、実に嘆かわしい事です。トライセンとは人を至上とし、他種族を迫害する事で栄えた国なのですぞ? ゼル国王がこれを耳にしたら、どれほど悲しまれる事か」

「それは魔王となってしまった後の話です。お父様はもとより中立的な立場でした。腐敗した制度を見直し、時間を掛けようとも民草を導くのが王族貴族本来の務め。尤も貴方にとってはそれさえも、自らの人生を楽しむが為の口実なんでしょうね、トリスタン将軍。これより問答は無用、悪しき風習に囚われたまま死になさい。下種め」

シュトラが手をかざして合図を送る。既に受け手であるムドファラクとボガが 息吹(ブレス) を放つ準備は整っていた。糸の中で暴れ続ける神竜も、苦し紛れに 息吹(ブレス) を放とうと大きく息を吸い込んでいるが、竜王2体が相手では勝負にならないだろう。

「ふむ、確かに今の私は退路を断たれた袋の鼠。さて、どう切り抜けましょうか…… おっと、そういえば私は召喚士でしたね」

顎に手をやり芝居がかった仕草をした後、トリスタンはシュトラに振り向く。

「これは読めましたか? 起爆大王蟲」

ボガ達が 息吹(ブレス) を放とうとする眼前に、魔法陣が浮かび上がる。そこから出でたのは風船型の虫であった。ムドファラクは大きく目を見開く。このモンスターを見た事があったのだ。かつてトライセン城でエフィルとトリスタンが戦った際に、突如としてエフィルの背後に現れ自爆した、あの虫だ。しかも、その時よりもかなり大きく凶悪なフォルムに変貌している。恐らく、自爆の威力も以前と同じという事はないだろう。これほどの至近距離、自分達の 息吹(ブレス) に誘爆すれば、状況は悲惨なものとなる。

だが、それでも、シュトラが表情を崩す事はなかった。

「読んでますし、自害も自爆もできませんよ。生きたまま有効活用する、貴方の信条に反しますものね、将軍?」

「む、確かに。なぜ私は起爆大王蟲を召喚させ―――」

竜王の 竜咆超圧縮弾(サジタリア) と 活火山創造の息(ラーバクレータブレス) が、虫と竜もろともトリスタンを呑み込んだ。