作品タイトル不明
第420話 口争
―――邪神の心臓
神話世界から誤ってこの世に降りて来てしまった。邪神の心臓の東側では、そう思わせるほど現実離れした生物達が対立していた。古き神々である神竜ザッハーカ、神蟲レンゲランゲ、神蛇アンラを率いるは使徒第十柱『統率者』のトリスタン・ファーゼ。対峙するは火竜王ボガと光竜王ムドファラク、そして―――
「久しぶりね、トリスタン将軍。今の私には全然覚えがないけど、おっきな私がお世話になったみたいね」
「これはこれは。可愛らしいお子様が現れたかと思えば、シュトラ様でしたか。申し訳ありません。不肖、このトリスタン。僅かばかりに見抜くのが遅れてしまいました」
黒き騎士型ゴーレム、魔改造シュバルツシュティレ改め『ロイヤルガード』10機を引き連れたシュトラが、ムドの背に乗る形で現れた。全てのロイヤルガード達には風を生み出す風牢石がふんだんに背と足裏に装着されており、ムドのいる空までシュトラを乗せて飛んで来たようだ。
『シュトラ様よ、別に応援は必要なかったぜ? おでらだけで片付けちまうからよぉ!』
自分の背に乗られなかった事をちょっと残念に思いながら、ボガが念話でまくし立てる。ボガなりのアピールなんだろうが、これにシュトラは待ったを掛けた。
『ストップ。ボガ、倒す順番をちゃんと考えて。あの虫さんと蛇さんを先に倒しちゃったら、神柱の特性でトリスタンが乗る竜さんが強くなっちゃうわ。その時点で逃走されたら最悪よ?』
『私達が取り逃がすとでも?』
『可能性は0じゃないでしょ? 現に貴方達、生還者のニトさん逃がしちゃってるし』
『『う……』』
2体の竜王、痛いところを突かれ声が詰まる。
『事前の報告通り敵を圧倒しているなら、召喚士であるトリスタンを第一に倒すのが定石でしょ。使徒の中でもアレは1番逃がしたら面倒な類の人間よ、きっと』
『だ、だがよ…… そんな弱い奴から倒すなんて、ケルヴィンの兄貴に幻滅されねぇかな? 相手が全力で戦った上で、それをぶっ壊す。それがうちらのポリシーだろ?』
『うんうん。主はきっとそう言う』
『言う訳ないでしょうが! ケルヴィンお兄ちゃんは確かにそんな愚かなところもあるけど、仲間を危険に晒さない範囲で趣味に興じているのっ! 或いは別の事情があったりするのっ! その辺り、勘違いしないようにっ!』
『『は、はい……』』
今日のシュトラ様、ちょっと怖い。ムドとボガは内心ドキドキだった。
『さっきも言ったけど、トリスタンもしくは竜さんを最優先で倒す事。召喚士が死ねば、配下との契約も途絶えるわ。そうなれば向こうの連携も瓦解するし、上手く事が運べば無駄に全部と戦う必要もなくなるの。術者との絆が余程深まってない限り、配下は敵討ちをしようとも考えないと思うわ。少なくとも、トライセンに仕えていた頃のトリスタンは人間至上主義でそんな風ではなかった。なら、答えは簡単よね?』
『い、いや、理屈は分かるんだが…… 何かしっくりこねぇ』
『シュトラ様、本当にいいの? 敵大将から倒すなんて勿体ない事をしても? やっぱり主なら、相手が本気を出すまで無駄に引き伸ばしたりする思う』
『良いの! 私が許しちゃいます! トリスタンの首をあげたら、私からケルヴィンお兄ちゃんに説明します。責任も取ります。シュトラ・トライセンの名のもとに、今ばかりは全身全霊で私の命に従いなさい!』
バッと一息に手を空に掲げ、有無を言わさぬ王女の威厳を振りかざすシュトラ。外見は幼い子供なれど、その威風は国を担うまでの気迫が備わっていた。少女ならざる凄味を間近で受けた若き竜王達は、一言でその名に従う。
『『ハ、ハッ!』』
……若干ビビりながら。
これまでの会話は念話を通してのものだったので、向かい合うトリスタンとしては唐突にシュトラが手をかざしたように見えただろう。しかし、トリスタンもまた召喚士であり、意思疎通を可能とする者。相手が不意に動こうとも、こちらも一斉に命令を下す事を可能としている。神蟲レンゲランゲ、神蛇アンラがトリスタンを守護するように立ち塞がった。
『私が手前の邪魔者2体を引きつけるから、その間に全速前進! あれは無視していい!』
『りょ、了解!』
『な、なあ、シュトラ様ってこんなんだったか?』
『若干、セラ姐さん成分も混じってる気がする』
『あー、子供って親兄弟の影響受けやすいからなぁ……』
『2人とも、無駄口はあとっ!』
『『サー!』』
シュトラが糸を操作してロイヤルガードを5機ずつ神蟲、神蛇の前に押し出すと同時に、ボガとムドファラクは最高速でその横を通り過ぎる。ロイヤルガードを操りつつ、シュトラの視線は眼前のトリスタンを見据えていた。
「やはり私を狙ってきますか。相変わらずシュトラ様には無駄がない。しかし多少なりは遊びがなければ、人生つまらないものですぞ?」
自らが騎乗する神竜ザッハーカを全力で後退させながらも、トリスタンの余裕に満ちた表情が変わる事はなかった。お得意の口上も健在だ。その様子を確認したシュトラは、僅かに口元を緩めていた。
「トリスタン将軍、信頼できる仲間とは多いほど良いものよ。自害させるなんて以ての外、生きたまま有効に活用させるべきだわ。命あってのものだもの、大切にしなくちゃ」
「……? ええ、そうですね?」
トリスタンはシュトラの何気ない言葉に、当たり障りのない言葉で返したつもりだった。だが、今のシュトラを相手にしてそれは致命傷になり得た。
(うん、肯定を確認。『報復説伏』を発動。仲間の自害を封殺)
この時シュトラは自らの固有スキル、報復説伏を使って理詰めを行っていた。とはいえ、これは一般論を述べただけの言葉で誰でも頷いてしまうような話だ。しかし、能力の作動中に一度でも頷いてしまえば、その者にとって覆す事のできない世界の 理(ことわり) となってしまう。これによりトリスタンは如何なる時も神柱を自害させる事ができなくなり、頭数を減らすという手荒い手段による神柱の強化が図れなくなってしまった。
ケルヴィンはシュトラのこの力を外交面で暴力的なまでに活躍すると評価したが、その実態は戦闘においても機能する。何せ、会話をするうちに選択肢が減っていってしまうのだ。事前にシュトラの力を知っていれば対処の仕様もあるが、そうでなければ知らず知らずに丸裸にされ、あらゆる手を封殺されてしまう。それも、当の本人は何の疑問にも思わないのだ。事情を知るムドファラクとボガは仲間でありながら、冷や汗ものだった。
「それとね、トリスタン将軍。貴方はトライセンが没落した原因であり、間接的にとはいえ父を殺したようなものだわ。言わば、貴方は憎っくき父の仇。おっきな私だったら、「自害せよ」とこの場で言っていたでしょうね。国を裏切ったと知った民達だって、皆そう思うでしょう。トリスタン将軍、貴方は自ら死を選ばなければならないほどの業を背負っていると思いませんか?」
「………」
ここでシュトラの言葉を肯定すれば、トリスタンは躊躇する事なく自ら死を選ぶだろう。シュトラの言葉は、一歩間違えれば死の宣告ともなる凶器なのだ。
「今日はやけに饒舌ですな、シュトラ様。よろしい、本心からお話し致しましょう! 全くそのようには考えておりません! 生とは楽、即ち楽しんだ者勝ちという奴です。亡き人を憂うよりも、今を生きる者が優先されるは当然の事。人生を骨の髄まで味わい尽くす私が、他人を考慮して死ぬ? 面白い冗談です!」
心の底から笑いがこみ上げるのか、トリスタンは腹を抱えている。この問いに対しては最初から期待薄としていたシュトラであったが、その反応にはやや眉を吊り上げてしまった。そして、彼女の表情はより冷酷なものとなる。
「……ところでシュトラ様。貴女、記憶が戻っているのでは?」