作品タイトル不明
第410話 刹那の苦難
私は今、大渓谷の中を天歩を使って駆けている。夥しい瘴気が舞う中、私がこうして無事に移動できているのは刀哉が魔法を施してくれたからだ。私に纏うこの輝かしい聖気が、普通であれば触れただけで毒気に侵されてしまうであろう、この過酷な環境から護ってくれる。
「でも、何でこんな事してるんだろ、私……」
「そりゃあ修行さぁ。おじさん、ケルヴィン君から刹那ちゃんを鍛えるようお願いされているからねぇ」
私の腰に差した鞘、 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう) の隣、そのもう1つの鞘からそんな声が聞こえてきた。そう、この鞘に収まった刀はさっきまで戦っていたおじさん、生還者ことニトさんの正体。刀身は確かに私が真っ二つに斬った筈だったんだけど、あのくらいのダメージでは死ななかったらしい。それどころか、こうして鞘に収まっていればそのうち刀身も復活するという。本当にふざけた話だ。
ニトさんの固有スキル『 帰死灰生(きしかいせい) 』は自身を超再生させる能力ではなく、刀として転生したニトさん自身を操る仮初の分身を作る能力だったらしい。作り出せるのはあの姿のみで技量も均一、1度に作り出せる数にも限りがあるらしく、限界以上に作り出そうとすると、前の分身は綺麗さっぱり消えてしまう。唯一調整できるのが記憶で、分身の記憶を弄ってセラさんの強制自白から情報を偽装していたり、ああ見えてニトさんはなかなかにやり手だった。尤も、ケルヴィンさんにはそれも見破られていたみたいだけど。
「いやはや、創造者から貰ったこの馬鹿みたいに頑丈な鞘の中は安全だと思ったんだけどねぇ。抜き身になる時だって、おじさんの抜刀に付いてこれる人は暗殺者くらいしかいないと思ってたし。ええと、何でも斬って良い権利だっけ? おじさん、それは反則だと思うなぁ」
「少し黙ってください。いくらケルヴィンさんの紹介だからって、さっきまで敵だった人を直ぐに信用できるほど、私はお人好しじゃありません」
なぜ、私は刀だったニトさんを腰に差して、こんなところを駆けているのか? 発端はケルヴィンさんからの連絡だった。ニトさんを倒し、その正体を雅を通して伝えたら、そのニトさんを持って私だけ追いかけて来いと言うのだ。理由を聞けば、私達の中で唯一聖域での戦いに付いて来れるから、だと言う。いやいやいや、何で私が。と否定しようとしたら刀哉が―――
『やったな、刹那! 師匠に認められるなんて、幼馴染として俺も嬉しいよ! あ、でも悔しくもあるな。クソッ! でも安心してくれ。使徒の一角を破った俺達なら、3人でも何とかここの防衛はできそうだ。安心して師匠を追ってくれ!』
刀哉、遂に頭が腐ったの!? 思わず心の中でそう叫んでしまった。奈々は刀哉の意見に反対できないし、ケルヴィンさん嫌いな雅も、なぜか面白そうな顔をして送り出してくれた。送り出してしまった。ああ、そうだ。雅は未だによく分からないところのある子だった。
……でも、何でケルヴィンさんは私を選んだんだろうか? 戦力的には刀哉達とそう変わらないと思うし、とてもじゃないけどニトさん並の敵とは1対1では戦えない。まあ、確かに刹那に起こる戦いはちょっと楽しいかもしれないけど。あ、別に私の名前と掛けて言った訳じゃないから! 冗談じゃなくて、たまたまだからっ!
「刹那ちゃん、何で百面相しているんだい?」
「だから、冗談じゃないわ!」
「そ、そこまでおじさんを嫌わなくて…… シクシク」
あれ? 今、ニトさん何か言ったかしら?
「でもね、おじさんのメンタルはその程度では折れないよ。イライラするのは欲求不満さ!」
あれ? 今、私セクハラされてる? ぶった斬っていい案件?
「そこでおじさんは提案しよう。虎狼流剣術の奥義、この場で練習していこう」
「何でそうなるんですか……」
「体を動かして良い汗をかけば、自ずと気分は軽くなっていくものさ。そうだなぁ、斬撃を飛ばす術は知っているようだし、まずは燕あたりから会得を目指そうか。ほら、刹那ちゃんの斬鉄権におじさんの虎狼流剣術が加われば、そりゃあもう敵なしさ! おじさんの正統な後継者もできて一石二鳥、これはやるっきゃないねぇ!」
「だから、勝手に話を進めないで―――」
「おっと、前からモンスターが迫って来るよ。さあさあ、抜刀に集中して」
「ああ、もうっ!」
結局、その後は近づいて来る凶悪なモンスターを相手にした抜刀術の特訓になってしまった。なぜだろう、物凄く誰かの思い通りになってる気がする。
「いいねぇ、抜刀の速さと同速で進む防御不可の斬撃……! これは将来おじさんを超える逸材だ」
「はぁ、はぁ…… し、死ぬかと思った……! あれ、絶対S級モンスターだった……!」
死に物狂いで刀を振った。死に物狂いでモンスターを斬った。それでも奴らはどこからともなくやって来る。何よここ、化物の巣なの? いつの間にか私はニトさんの教えを実践して、モンスター達に立ち向かっていた。そのお蔭か、少しだけ斬撃が速くなった気がする。いや、速くなってる。人間、死地に立つと成長するもんなんだなぁ……
「だ、第一、ニトさんは私を強くしてどうするんですか? 虎狼流の後継者なんてなりませんよ?」
「いやぁ、同じ剣を志す者として、どうしても勝ちたい子がいてねぇ。おじさん単独だと絶対勝てないから、この際弟子でも良いかなって」
「弟子じゃないですから!」
「その意気その意気。目には目を、歯には歯を、勇者には勇者だっ!」
もう、本当に何を言ってるのか分からない。熱血コーチじゃあるまいし――― っ!
「おっと、また何か来たみたいだね。しかも、もっと強いのが」
そんな気軽に言わないでもらいたい。でも、確かに強い気配がどんどんこちらに近づいてる。数は2つ。あれ? だけどこの気配は……
「あっ、刹那さん!」
「ん、刹那」
やっぱり。エマさんとシルヴィアさんの反応だ。激戦を繰り広げていたさっきの音を聞きつけて来たのかもしれない。
「2人とも、どうしてここに? って、それよりも瘴気! 見たところ結界を張ってる様子もないですけど、大丈夫なんですか!?」
私と同じく天歩を使ってるのは分かったけど、2人は邪神の心臓を取り巻く瘴気の対策をしている様子が全くなかった。これでは毒沼に素手を突っ込むようなものだ。
「大丈夫。エマの力で状態を固定してるから」
「固定化……?」
「シルヴィア、迂闊な事を言わない」
表情を変えないシルヴィアさんに対して、エマさんは呆れたように戒めている。エマさんの固有スキルか何かで、この瘴気を免れているのかな?
「えっと、お2人だけですか?」
「はい。コクドリは兎も角、ナグアとアリエルはここを越えられないと判断して、置いて――― 大空洞から這い上がって来るモンスターの処理を任せてきました。今頃は北側を護っていたジェラールさんと交代しています」
「ん、私達は聖域を目指す。ケルヴィンが入り口は開けたって、ジェラールさん越しに連絡が来た」
「そ、そうでしたか……」
それなら、目的は私と同じになるのかな? 運が良い。2人の実力は一緒に 奈落の地(アビスランド) を旅した私も知っている。本当に心強い味方だ。
「実は、私も聖域を目指していたんです。同行してもいいでしょうか?」
「刹那さんも? ええ、戦力が増えるのは大歓迎です。一緒に頑張りましょう」
「頑張ろう、刹那」
「おじさんも頑張るよ、刹那ちゃん」
「「えっ?」」
刀の柄を小突いてやる。唐突に会話に入ってきてビックリした……
「そ、それじゃ、行きましょうか。あはは……」
取り敢えず、進みながらニトさんについて説明しないと。うーん、何と説明したらいいものか。
「おじさんの周りに、美少女が3人も……! 苦労不幸を重ねて続け、この歳になって漸く幸せを掴みましたっ!」
やっぱり捨てよう。