作品タイトル不明
第409話 抜刀
―――邪神の心臓
「そいじゃ、おじさんも改めていきますかね」
例え相手が持ち直そうと、駆け出した足は止められない。それが足を斬り落とすまでの一瞬だったとしても、奈々の魔法は確かにおじさんを足止めした。これが最大のチャンスである事に変わりはないのだ。
「2人とも、先頭を代わる」
悪鬼に乗った雅が、乗り場所を肩から背中に移りながらそう言い放つ。これにより、先頭を悪鬼(背に乗る雅)、次に私、最後尾を刀哉が進む順番となった。
「へえ、その鬼さんを盾代わりにするのかな? まあ、おじさんのやる事は変わらないけどねぇ」
悪鬼より前から漂う殺気が、攻撃が来る事を予期している。
「抜刀・ 椋鳥(むくどり) 」
「させない! 氷結晶の盾(アイシクルシールド) !」
おじさんが刀を抜く寸前に、奈々が悪鬼の目の前に分厚い氷晶の盾を出現させる。この魔法は対象と共に移動が行え、鉄壁の盾による突貫攻撃をする際に用いる。突破力に優れた雅の悪鬼に施せば効果は絶大、最強の矛であり、最強の盾でもあるのだ。だけど―――
「―――駄目、もたない」
飛来する斬撃は無数だった。鷹とかいう幾重にも重ね掛けした強力な斬撃ではなく、まばらに分散させてショットガンの弾みたいに飛ばす、面での斬撃。1つ1つの威力は弱い筈。それでも刀哉の聖剣がある中で、奈々の氷盾を剥がしていくには十分な威力を保っているようだ。斬撃が当たる度に盾の節々が砕け散っている。もしかして、私が斬ったあの斬撃ってかなりやばいやつだった?
「もう盾が壊れる。この分だと、その後に 大黒屍復讐鬼(グレイブデスオーガ・リベンジャー) が耐えられるのは、ものの数秒。刀哉、キャッチして」
「ああ、早く来いっ!」
雅が悪鬼の背から飛び降りて、1度剣を収めた刀哉に受け止められる。
「これが数多の婦女子を惑わせた刀哉の抱擁……!」
「雅、悪いけど今は冗談言ってる暇はないんだ!」
たぶん、雅は冗談ではなく本気で言っていると思うけど、余裕がないのは同意したい。もう斬撃は悪鬼の身にまで到達しているんだ。一向に止まる気配もないし、一体何連射する気なんだろうか?
「分かってる。 大黒屍復讐鬼(グレイブデスオーガ・リベンジャー) 、最後の力を振り絞って、全力疾走」
雅が手に持った杖を悪鬼に向けて命令する。すると雅を降ろしてフリーとなった悪鬼は、それを受けて走り方を変え出した。前傾姿勢での全力疾走はまるでオリンピック選手のそれのようにしなやかで、彼が鬼なのかと忘れてしまいそうになるほど。そして速い。
「だけど、それでも届かないねぇ」
見透かしたように、おじさんが言った。確かにそれはその通りで、もう悪鬼の体は瓦解寸前。速くなったとはいえ、とてもおじさんの所まで行ける状態ではなかった。無数の斬撃の最中に、強力な斬撃を放たれでもしたら一巻の終わり。
「それも分かってる。 ――― 終焉無き責め苦(デッドエンドクラッシュ) 」
逞しい悪鬼の体を膨らませるように、黒きエネルギーが辺り一帯に爆発した。リオンちゃんを相手にした時も使った自爆技だ。
「ひゅー、目眩しか……!」
そう、私達は始めから悪鬼がそこに届くとは思っていなかった。彼の役割は私達から距離をとり、できるだけおじさんの近くで自爆する事。飛来する斬撃は相変わらず止まる気配がないけど、これでおじさんは私達の姿を見失った。
「「飛ぶ斬撃!」」
何も斬撃を飛ばすのはおじさんの専売特許ではない。爆発の中から刀哉と一緒に、リオンちゃんに教えてもらった斬撃を放つ。刀哉が4発、私が3発の計7発。おじさんのものより速さも威力も劣るけど、特性上、私の斬撃は何でも斬って良い権利がある。だから、問答無用で突き進む。
「これは―――」
おじさんの抜刀が、僅かに止まった。目眩しの爆発の中から飛び出た斬撃に、少し面食らった?
「怖いから、おじさん避ーけ、たっ?」
黒き煙幕の更に奥、そこで隠れていた奈々が再び 這い寄る氷(フロストバウンド) でおじさんの足を凍りつかせる。雅の爆発と合わせて詠唱して、上手いタイミングでおじさんはまた引っ掛かってくれた。そして、少なくない動揺を引き出してくれている。
「またこれかいっ!」
すかさず、おじさんが足を斬り落とす。だけど、その隙に私達が放った斬撃はおじさんに迫っていた。
「―――くうっ!」
斬撃の合間を縫う様に、おじさんが咄嗟の回避行動を取る。というよりも、おじさんではなく、鞘に収まった刀を斬撃の合間に追いやった。再生する自らの身よりも、侍の命である刀を優先した? いえ、そうじゃないわよね。不自然にまで、身を挺してまで刀を護っているのは普通じゃない。
「バラバラになろうと、こんなのは直ぐに―――」
「ギュアァーーー!」
「ぐえっ!」
上空からのムンの急降下、そして踏みつけ。斬撃を食らった直後のおじさんがこれを避けれる筈もなく、ムンの強靭な足はおじさんの腹部から下、その下半身と右腕を巻き込んで踏み潰し、残ったおじさんの上半身が宙に舞った。そして、ムンの背後には私がいる。
「どうして、そこにっ!」
左腕で辛うじて刀を避難させたおじさんが、目を見開く。私は斬撃を放った後、爆発の影から密かに天歩を使って上空へと移動していたのだ。行先は、下から見上げても見る事のできないムンの背中。奈々達の機転もあって、おじさんは私が移動していた事に気が付いていなかった。尤も、面の斬撃は払い切れなくて体中に無視できないダメージもあったけど……
「それも、これで終わりっ!」
「面白い、おじさんと勝負しようかっ!」
もう皮下の肉体まで再生を終えているおじさんの右手が、刀の柄に触れる。潰した下半身は何事もなかったかのように、そこにある。 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう) 、ここからが一番の正念場。天歩で足場を固定し、おじさんよりも速く、あの刀を斬る。お互いに抜刀体勢、明らかに格下で負傷している分、私は不利。だけど―――
「 大回復(ライトヒール) !」
「 涅槍埋葬(ベリアルランサー) 」
―――私には、仲間がいる。
刀哉の白魔法が私の傷ついた体を完全に癒し、雅の黒魔法で生成された何十もの黒色の槍がおじさんを貫き、その動きを制限する。体を破壊するのではなく、おじさんの体内を貫きその場に残る槍であれば高速再生も意味を成さない。それは拘束したものと同義で、抜刀しようとするおじさんの抑止に繋がるからだ。一方で私は刀哉の支援で万全の構えとなった。
これならいける。この一刀に、全てを掛けるっ!
「ぬぅうっ!」
体に刺さった槍など御構い無しに、肉を切らせたおじさんが抜刀。だけど、私の全精神を研ぎ澄ましたこの一撃は、呼応した 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう) に更なる速さを与えてくれた。
「ハァッ!」
一瞬の鍔迫り音が奏でられた後、おじさんの刀が刀身の真ん中から2つに分かれ、その刃先が地面に突き刺さる。私の眼前にはもうおじさんの姿はなく、彼の壊れた刀だけがそこに残っていた。