作品タイトル不明
第406話 うわぁ……
―――邪神の心臓
邪神の心臓を中心に、西側に隠されたグスタフの転移門が起動する。開かれたゲートの光、その中から4人の人影が現れた。
「ここが邪神の心臓、か……」
「う、邪気が酷いわね」
「ここはまだ秘匿された祠の中、外はもっと酷いらしい」
「ええっ……」
ゲートから足を踏み出したのは、刀哉ら勇者パーティだった。ケルヴィンの指示を受け、ムドとボガが現在戦っている方とは逆側の転移門から援軍として参戦したのだ。この区画ではアレックスが陽動として戦っており、それを引き継ぐ形で集まる敵と戦う予定になっている。
「兎も角、まずはここから出よう。雅が言う通り、外の瘴気は更に酷いと思う。きついと感じたら白魔法で回復するから、俺か奈々に言ってくれ」
「それじゃ、外に出ましょ。先頭は刀哉、次に私が出るわ。雅は出たら直ぐに鬼を準備して」
「了解。今こそ 大黒屍復讐鬼(グレイブデスオーガ・リベンジャー) の真の力を見せる時」
「き、気を付けてね」
薄暗い祠を抜けると、外から不気味な光が射しているのが見えた。太陽光ではない。もっと、血のように紅い光だ。このような光景はシルヴィア達と 奈落の地(アビスランド) を旅して多少は慣れただが、やはり生理的に受け付けない感覚に陥ってしまう。それでも、ここを抜け出さない訳にはいかない。自分達は、厳しい地獄の如き特訓をやり切ったのだ。それに比べれば、怖くも何ともない。刀哉達は皆そう思い、祠の外へと進み出た。
「「「「うわぁ……」」」」
振り絞った勇気はどこにいったのか、4人は揃って言葉にできない気持ちを、その言葉に篭めて洩らしてしまった。外には数え切れないほどの瓦礫の山が、否、ゴーレムの山が築かれていたのだ。いったい、何機のゴーレムがここにいたのだろうか? すっかりスクラップになってしまった人形達は、そうなる前はさぞ恐ろしいモンスターだったのだろう。どの機体を見ても、地上のゴーレムとは異なる造形をしており、構造も複雑。明らかに重火器のような砲身があるし、パーツの一部分だけを抜き取っても、自分達より大きいものまである。
「グルルルゥ……!」
そんな瓦礫の山々を縫うようにして、黒毛の巨体が顔を出した。ケルヴィンの配下である大狼、アレックスだ。口に見た事もない巨剣を咥え、心から恐怖を煽るような唸り声を上げていた。魔王城で見たリオンやシュトラと遊ぶシーンでは、大き過ぎるペットといった印象しか受けなかったのだが、この場面では怖過ぎた。それはもう、ピカピカに打ち直した勇気を叩き割りに来る勢いだった。
「ア、アレックス、だよね……? ほら、私、奈々だよ!」
「ワゥ?」
固まる勇者の中で最初に動き出したのは、意外にも奈々であった。大きなリュックと大きな胸を揺らしながら、戦闘態勢に入っているアレックスに近づいて行く。
「ええっと、分かるかな? 遠目で見てただけだったけど、私達も魔王城にいて…… そう、ケルヴィンさんの弟子の!」
「……ワォ! グオォン、ウォンウォン!」
「そうそう! ベルさんの特訓で生死を彷徨った、その4人だよっ!」
「「「………」」」
『動物会話』の固有スキルを持つ奈々は、アレックスと会話ができているようだった。奈々の言葉にアレックスはすっかり警戒心を解いたのか、咥えていた巨剣を地面に突き刺してちょっとした地響きを引き起こす。今は奈々との会話に夢中な、少しばかり大き過ぎる愛玩動物、といった雰囲気に戻っている。
「神崎君、状況が呑み込めたよ。ここに積み上がったゴーレムの山、全部アレックスが倒した敵なんだって! 私達が転移する少し前に片が付いたばっかりで、ちょっとだけ私達を警戒しちゃってたみたい。おっちょこちょいだよね、アレックス」
「クゥーン……」
「そ、そうか。うん、そういう事もあるよな……」
会話を通じてアレックスの内面を知った奈々は朗らかに微笑み、アレックスは叱られた後の犬のようにしょげているが、残された3人は先ほどとのギャップにまだ追い付けていなかった。頬を引きつかせ、無理に笑顔を作る事しかできないのだ。
「ガウ、ガーウガウ、ウォン」
「うん、そうだね。私達も何とか頑張るから、よろしくね」
「……奈々、今度は何だって?」
「えっとね、今は一区切りついたけど、一定間隔でそこの大穴からゴーレムが這い上がって来るんだって」
奈々の言う大穴とは邪神の心臓、大空洞の事だった。崖かと思い込んでしまいそうな底の見えない奈落は、地図上で見れば円の穴になっているらしい。そんな広大な底から、ゴーレムの軍勢が現れる。恐らくはこれまでに体験した事もない戦いになるだろうと、刀哉と刹那は改めて決意を固めた。
「あと、ケルヴィンさんの所に行くまでにまだ時間はあるから、それまで頑張って共闘しようね。って言ってる」
「ウォン!」
「僕も頑張るよ、だって。ふふ、アレックス可愛いなぁ」
「クゥーン……」
「「………」」
片や、緊張感の欠片もない様子で、アレックスの首元の黒毛に抱きつくように、わしゃわしゃと撫でまわす奈々。よほど心地好いのか、双方至福の顔をしている。3人は、黙ってそれを見て―――
「わ、私も触りたい!」
―――いや、雅も参戦の意思を示したようだ。
「……まあ、下手に緊張するよりは良いのかな?」
「そうだな。師匠がアレックスが護るここを選んだのも、こんな意図があったのかもな」
2人と1匹が戯れる光景に、刀哉と刹那も良い感じに心を落ち着かせる。ちなみに、当然ながらそんな意図は全くなかった。
「―――ガウ? グゥルルルゥ……!」
「えっ?」
地面にゴロゴロと転がっていたアレックスが、急に立ち上がって大穴の方を向き出した。地面に突き刺した巨剣を咥え直し、唸りを上げながらそちらを睨み付けている。
「どうしたの?」
「う、うん。邪神の心臓から、強い臭いがこっちに向かってるって」
「ゴーレムか!?」
「ううん。ゴーレムの鉄の臭いじゃなくて、もっとこう、か、加齢臭、みたいな? 瘴気に隠れて上手く嗅ぎ分けられないけど、そんな感じみたいだよ」
「「か、加齢臭……?」」
奈々の言っている事はよく分からないが、アレックスは警戒している。その事実が自然と刀哉達を戦闘態勢へと導いた。
「グゥル……!」
「来る……!」
襲撃を確信したアレックスと、それを翻訳する奈々の声。アレックスと刀哉を先頭に、刹那、雅、奈々が武器を構える。
「―――とうっ!」
大穴から、勢いよく飛び出した人影。大きく跳躍したそれは、刀哉達の前に着地しようとする。
「あっ……」
そして着地際に足を挫き、情けない呟きと共に転んでしまった。転んでしまったのだ。
「……よいしょ、っと」
「「「「「………」」」」」
何とも言えぬ空気の中、古ぼけた衣服に付着した土を払い、何事もなかったかのように男は立ち上がる。つやがなく乱れた頭の中年男は、わざとらしい咳払いを何回かして、改めて刀哉達に向き直った。
「……そこの下げ髪の子」
ふと、中年男が刹那に向かって指を指し出した。そのギラついた目に一瞬萎縮してしまいそうになるも、刹那は睨み返す気持ちで足を踏み締め、刀の柄に手を当てる。
「君が噂の『女子高生』だねぇ! うんうん、不思議と心が豊かになる響きだ。それに、噂に違わぬ綺麗な黒髪は、如何にもトラージの女性らしい美しさを感じちゃうねぇ。いやはや、おじさん年甲斐もなくハッスルしちゃいそうだよ。ハッハッハ!」
(((((うわぁ……)))))
思いもよらぬ中年男、生還者の発言に一同は一歩後退したという。