作品タイトル不明
第407話 変質し、生還者
―――邪神の心臓
「えっ? ちょっと、何でそこで後ずさりするの? おじさん、何か変な事言った?」
皆が皆、自分から離れているのを見て、生還者は少し焦り出した。後退しているのもそうなのだが、なぜか表情までもが、変態を見るような目付きになっているのだ。この対応には不死のおじさんも心に大きなダメージを負ってしまう。
「な、何でと言われましても、えと、その……」
その中でも、一番怖がっていた奈々が言葉を淀ませた。彼女にとってデラミスで鍛えた精神力とは、また別ベクトルからの精神攻撃だ。こういった事には、まるっきり耐性がないんだろう。
「貴方の言葉には過分なセクハラが含まれている。と言うか、台詞全てがセクハラ。もっと言えば、貴方の存在自体がセクハラ。是非とも滅されてほしい」
雅が適確な指摘をしてくれた。他の皆々もうんうんと首を縦に振っている。
「いやいや、セクハラって何なのさ!? だって、君は『女子高生』なんでしょ? おじさん、間違った事言ってないよ? ただ、彼女を『女子高生』のそれに掛けて褒めただけで―――」
「―――自覚がないとは万死に値する。やはり滅されるべき」
「ええっ……」
ただ、こちらではそういった文化がないのか、生還者はセクハラの意味を理解していないらしい。最早、雅の嫌悪の視線はケルヴィンに向けるそれ以上のものになっている。刹那と奈々も同様だ。おまけに刀哉とアレックスなんて、まるで変質者から女子を護るように、彼女らを隠すような形で前に立ち塞がっていた。おじさんの焦りは頂点に達する。
「……ワゥン?」
そんな一触即発の雰囲気の中、アレックスに念話が届いた。ケルヴィンからのようだ。
「……ガゥ、ガーウガウ?」
「ア、アレックス、どうしたの?」
何やら不思議がっているアレックスに、奈々が戸惑いながら聞いてみた。今は少しでもアレックスと触れ合って、この荒んだ心を癒したい心境のようだ。ちなみに、おじさんの心もズタズタに切刻まれている。
「クゥーン、グゥル……」
「え、何で!?」
申し訳なさそうに話すアレックスに、それを受けて驚く奈々。刹那はこの時、とても嫌な予感がした。
「奈々、どうしたの?」
「そ、それが…… アレックス、もう行かないといけないって! この場の死守は私達に一任するって!」
「「「―――っ!?」」」
衝撃、勇者達に途轍もない衝撃が走る。 変質者(これ) を相手するの? と。
「ちょ、ちょっと、だから何でそんな反応するのさぁ。流石の温厚なおじさんも、我慢に限界があるよ?」
「遂に正体を現した。きっと我慢できなくて私達を襲う気、絶対そうする気……!」
「いやぁー!」
「くっ、それ以上近付いたら斬る……!」
「おい、アンタもいい歳なんだから、やって良い事と悪い事の区別は付けるべきだぞっ! 大人だろっ!?」
今となっては何を言っても後の祭りである。ベルやエストリアの(生還者的には心地好い部類の)罵倒とは違い、本気で避けられている分、おじさんのショックはとてもリアルなものだった。
「フ、フフッ……」
(((何か泣きながら笑ってる!?)))
ストレスは限界を超え、生還者に重くのしかかる。ゆっくりと、その右腕は自身の刀の柄へと伸びていった。
「躾のなってない子供には、大人が教育してやらないとねぇ。おじさん、ちょっと頭にきたよ。弟子云々の話は一端取り止めだ。先に君らを、 斬(たた) き直すっ……!」
生還者は抜刀術に長けた逸材がいる事をケルヴィンから教えられ、ここにやって来た。それも美少女で剣の道を真剣に志していると聞いたものだから、それはもうワクワクしながらやって来たのだ。『女子高生』という言葉の意味は分からなかったが、不思議と更に心躍るエッセンスとなり、尚更虎狼流を継がせたいという想いが強まった。なのに、来てみればこの反応だ。これはもう、自分の剣術で平伏させるしかない。生還者は心を半泣きにさせながら、それを実行に移そうとしていた。
「グルルル……」
「う、うん。こっちは何とかするから、アレックスも頑張ってね?」
「ウォン!」
アレックスの巨体から眩い光が放ち出し、光の粒子となって消えていく。召喚が解除されて、ケルヴィンの元へ戻ったのだろう。
「ふーっ…… 皆、油断するな。こいつ、強いぞ……!」
聖剣ウィルを二振りの剣に変化させながら、刀哉が戒める。刹那、雅、奈々は恐怖を喉奥に押し込んで、戦う決意を固めた。
「ムンちゃん、来てっ!」
「 大黒屍復讐鬼(グレイブデスオーガ・リベンジャー) 」
「斬鉄権、常時執行状態……!」
最初から全力である。赤き火竜が奈々のリュックから飛び出し天を舞い、雅の黒魔法によって地獄の悪鬼が蘇る。そして刹那がケルヴィンから託された刀、 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう) に絶対の権能が備わった。
「そうか、君らがデラミスの勇者様かい。うちのお嬢さんよりも弱い事を願いたいねぇ」
対する生還者は左手を鞘に、右手を刀の柄に当てた居合の姿勢。その瞳に今や涙はなく、宿るのは侍としての眼差しだった。
「ギュアー……」
空より様子を窺う火竜のムンが、低い唸り声を地上に降らす。生還者からには、先ほどのような茶化した雰囲気は感じられない。一歩でも動いてしまえば戦闘が開始されるかのような緊張感が場を支配し、ムンの鳴き声が地面に染み渡るくらいに、辺りは静かだった。
「刹那、無暗に近づくな! まずは動きを止めるっ! 栄光の聖域(グローリーサンクチュアリ) !」
「私も続くね。 氷天神殿(フローズンテンプル) 」
先に動いたのは刀哉と奈々だった。今の時点で判明している使徒の能力は、刀哉達にも資料として渡されている。背格好からして、この男は第9柱の生還者だと刀哉達は判断した。手にする刀による高速抜刀術と、エフィルの爆撃でも死なない不死能力者だ。そこで勇者達はまず、師匠であるケルヴィンから習った拘束魔法と奈々が得意とする範囲凍結魔法で、生還者の動きを制限しようと試みた。
詠唱の終了と同時に戦場一面が氷漬けに、更に10柱の氷柱が青いオーラを天辺に灯しながら地面より突き出され、生還者の周囲には3つの輪が顕現する。
「―――片っぽは、経験した事があるねぇ」
生還者の刀に掛けた手が、一瞬ぶれた気がした。かと思えば次の瞬間、 栄光の聖域(グローリーサンクチュアリ) による拘束輪が、3つ纏めて斬られてしまった。
栄光の聖域(グローリーサンクチュアリ) には拘束効果の他に、パーティ内のステータスを上昇させる力もあるが、その期間は対象が輪に囚われている間だけ。しかし、この魔法は発動さえしてしまえば、捕縛された後に輪を破壊する事でしか、逃れる術はなかった筈だった。できたとしてもアンジェ並の超スピードが絶対条件であり、輪が出現して収縮するまでの、ほんの僅かな時間を使って斬れるものではないのだ。
「……っ!」
刀哉は表情には出さないよう努めたが、内心では心臓がバクバクと動いていた。そもそも、刀を鞘から出した動作が見えなかった。あの刀がどんな刀身をしていて、どのような軌道を描いて自分の魔法を斬ったのか、全く認識できなかったのだ。
(これが、師匠の敵……!)
これまで戦ってきた敵とは別次元の、未知の領域。生還者が自分達よりも上手である事は明らかだ。
「すまないねぇ。おじさん、刀を振るう速さだけなら、暗殺者にも匹敵するから――― おじさんの射程圏内に入らないよう、気を付けないとねぇ」
忠告でもするかのように、生還者がそう口にする。そして一気に駆け出し、前に出た。体勢は変わらず居合の構え。いつでもどこでも、あの斬撃が飛んで来そうだった。
「くっ! 皆、気を付け――― て?」
「……あり?」
生還者は勢いよく前に飛び出した。飛び出したのは良かったが、その速力はとてもとても遅いもので、生還者本人も途中で疑問に思うほどだった。
「か、神崎君! 私の魔法、効いてるよっ!」
「―――攻撃、総攻撃!」
「ちょ、待っ―――」
生還者の頭上に、ムンの炎やら何やらが降り注いだ。