作品タイトル不明
第404話 餅は餅屋
―――邪神の心臓
「おっと、彼らを倒し掛けたからといって、油断しているのではありませんか? それはいけません、何事にも油断は禁物、安穏としていては勝てるものも勝てなくなってしまいますよ?」
トリスタンの大仰な身振り手振りを交えた紹介に、正直なところムドファラクは辟易としていた。この男はいつもそうだ。わざと芝居めいた口調で大げさに話し、場の雰囲気を支配しようとする。もちろん、そんなトリスタンに付き合う気は毛頭なく、エフィルに倣って無関心のまま倒してしまおうとムドファラクは考えている。
「生還者は無事に生還できたようですね。竜王2体を相手に逃げ遂せ、生き長らえるとは大したものです。貴方方もそうは思いませんか?」
舞台上の台詞が続くも、トリスタンの言葉にムドとボガは反応を示さない。2人はトリスタンではなく、その配下である神蟲レンゲランゲ、神蛇アンラを見ていた。
『会話に絡まれると面倒、ここからは念話に移行する。理解に要する時間も短縮』
『了解だ。で、どうやら相手は下級の神様らしいが、作戦は?』
『作戦? 手負いの 格下(・・) 相手に、作戦なんて要らない。主が好む力押しで十分』
『だよなぁ! おうし、見解の一致って奴だ、トリスタンの野郎が面倒を起こさないうちに、盛大にやっちまおうぜ!』
『承知した。もうすぐ主達も来る頃合い。盛大に花火で出迎えよう』
意思疎通を終えた偉大なる竜王。山のような巨体のボガが前へ、ムドファラクはその後ろへと下がる。ボガの黒岩からは絶えず黒煙が上がり、今にも噴火しそうな火山口を思わせる様子に。ムドの3つの口の前には、色とりどりの 息吹(ブレス) が圧縮され始めていた。
「……ふぅむ。あのメイドと同じく、よく教育されているようだ。竜騎兵団の頃とは違うようですな」
「は! あの頃からてめぇの混成魔獣団は大した事なかったけどな! アズグラッドの兄貴に竜騎兵団を新設されて、軍の戦力を落としやがったトリスタンさんよぉ!」
「ボガ、無駄話は駄目。まあ、事実だけど」
ボガとムドの煽りは事実を基にした叫びだ。過去にアズグラッドはトリスタンと方針を違え、混成魔獣団の団員と竜を別部隊に移し、新たに竜騎兵団を立ち上げた。当然ながら戦力を割かれた混成魔獣団は権威を失墜し、後にトリスタンの取り計らいで戦力は補充されはしたが、一時は最弱の戦闘部隊とまで呼ばれていたのだ。これはトリスタンにしては珍しい、輝かしい人生における唯一の汚点であった。
「ああ、確かにあれは心苦しく、辛い時期でした。私の為に残ってくれた部下達、モンスター達も憂いていた事でしょう。ですが、その苦難を乗り越えた私達には恐れるものはありません。人は試練を突破する事で、更なる成長を遂げるのですから!」
「「………」」
だが、それに動じるようではトリスタンはここまで警戒されるような人物ではなかっただろう。全く意に介する様子もなく、それどころか喜劇悲劇を執り行う演技に拍車が掛かっている。
『―――ボガ、もういい。ぶっ飛ばそう』
『だなぁ……』
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ムドボガから事前の連絡を受け、あいつらが邪神の心臓に到着した丁度その頃。邪神の心臓、大空洞周辺。義父さんから転移門を借りた俺達は、最寄りの場所から一気にここまで駆け上がっていた。かつて 奈落の地(アビスランド) を統一寸前にまで至らせた義父さんは用意周到な事に、各地に緊急用の転移門を隠し持っていた。数回分の魔力を自動で補充するガーゴイル型充電器を門の両端に設置して、いつでも脱出、または敵に奇襲できるよう備えていたのだという。そのどれもが未だに発見されていなかったのだから、どれだけ入念に準備していたんだと驚愕してしまった。邪神の心臓周りにも、何と東西南北の近場にそれぞれ4門もあったのだ。
その理由を口ではああ言ってはいたが、たぶんセラとベルの為にせっせと頑張ったんだろうなぁ。そのお蔭で比較的容易に使徒の根城へと攻め込めるのだから、義父さんには感謝せざるを得ない。親馬鹿子煩悩も極まれば、世の為になるのである。
『―――ムドとボガがトリスタンと接敵したみたいだな。敵は神柱と見られる竜、虫、蛇が3体。何れも前に戦った神獣に毛が生えた程度の力。まあ、今のあいつらなら勝負にすらならない相手だ』
『でもお兄ちゃん、神柱は仲間が倒されたら強くなる特性があるんでしょ? そこは注意しないと!』
『分かってる。だからシュトラを増援に送るんだからな。頼んだぞ』
『うん! トリスタンを懲らしめるね!』
念話越しに、シュトラの可愛らしい声が耳をくすぐる。元々トリスタンと対話なんてするつもりはないが、俺らの中で真っ向から勝負するならシュトラが最も適任だと思う。昔からの因縁もあるだろうし(俺もありはするが)、ここらで過去のしがらみを是非とも清算してもらいたい。ただ本音を言えば、比較的非戦闘員であるシュトラを使徒の根城真っただ中に行かせたくないという気持ちもある。恐らく、真の強敵は聖域の中枢にいるのだから。
『陽動組の方はどうだ?』
『良い感じにゴーレムが集まってきたわ!』
『ワシの方も同様じゃ。シュトラのゴーレムに似ておるか?』
『ウォン!』
セラ、ジェラール、アレックスには大空洞の周囲で暴れ回ってもらっている。東側でムドボガがトリスタンと戦っているとすれば、セラ達は北、西、南にそれぞれ散らばっている感じだ。役割は文字通りの陽動、聖域への突入を目指す俺達の目眩しという訳だ。ここでポイントになるのが単独での戦闘力が高い事と、後に本隊である俺達と合流させる為に召喚可能である事だ。適当なところで切り上げて、改めて聖域内部で召喚する手筈である。
ある程度安全を確保したら、後続としてシルヴィアと刀哉の2パーティが転移門より出撃する。状況を見て転移場所を俺達が決め、もはや携帯と化してしまったペンダントを持つ刀哉に伝える算段だ。短期間ではあるが、ベルに鍛えてもらった甲斐はあった筈だ。なぜか途中で義父さんも参戦していたが、大丈夫な筈。うん、たぶん。
一方で、俺と共に疾走中なのが本隊+1に組するエフィル、リオン、アンジェの3人。メルフィーナとクロト戦闘体は緊急時に備えての待機組で、今は俺の魔力内にいる。特にメルフィーナは使徒達がやたらと気に掛けていたからな。できるだけ居場所は探られたくないのだ。
……本隊+1の+1は何かって? ハハハ、何を言ってるんだ。俺達の最終兵器であるコレットさんに決まってるじゃないか。そのまま走ったら俺達に追い付けないんで、俺がお姫様抱っこしながら運んでる最中だよ。
「ハァ、ハァ……!」
いや、冗談ではなく、本当にコレットには大役を任せているんだ。今だって巫女の秘術を使い、俺達の気配は全く探れない状態となっている。デラミス大聖堂でメルとやった結婚式の予行練習の時、コレットが隠れていたあの秘術だ。俺達に施された透明な結界は、姿を視認する以外の方法では察知できず、アンジェやセラの域だろうと無効化する。今更ではあるが、神はデラミスの巫女に過ぎた力を与え過ぎな気がする。そりゃ巫女側も妄信するわ。
『っと、こっからが邪神の心臓か。深っかいなー』
『私も外側から眺めるのは初めてかな。巨大な落とし穴、ううん、冥界に繋がる黄泉への道?』
大空洞は下部へ下部へと底が見えない程に穴が伸びており、壁面は刺々しい岩で覆われていた。この辺りまで来ると瘴気も凄まじく、岩肌の1つ1つが呪われた剣のようになっている。穴のサイズも規格外で、ここからでは対岸が見えない。 飛翔(フライ) で飛んで降りるとか、何らかの手段を講じないと危険だな。
「ベルの話じゃ、聖域への入り口は数カ所あるらしい。ただ、その場所は毎回変化して 聖鍵(せいけん) がないと正しいルートが分からず、聖域にも入れない。そこでコレット、お前の出番だ。同じデラミスの巫女であるコレットなら、秘術が施されている場所に違和感を覚えるだろう。俺が魔法で瘴気からお前を護るから、その間に入り口を探してくれ。 ……できるか?」
「スゥ、ハァ――― いけます!」
うん、期待してる。信頼もしているが…… できるなら、この瘴気が溢れる大空洞内では深呼吸しないでほしい。