作品タイトル不明
第387話 逃亡戦をしたかった
―――魔王城最下層・月の館
背後からの一閃。ジェラールの魔剣は生還者を確かに捉え、肩から腰にかけて深々と太刀を浴びせた。セラの帰郷作戦でこれといった活躍がなかった鬱憤を払うかのように、怒涛の勢いのままお次は蹴りが炸裂。騎士が蹴りとかどうなのよ? なんて些細な疑問はさて置き、重量のある全身鎧から放たれるヤクザキックはなかなかに侮れない。鎧の重さにジェラールのパワーが上乗せされ、生還者はそのまま大穴へと突き落とされてしまった。
「あばっ、だっ、ぎっ、ぐおっ!」
大穴の側面部に所々でぶつかり、その度に痛々しい声を上げる生還者。階層の境である凹凸のある壁に腰を盛大に打ち付けたりと見ているだけでも不憫になる落ち方に、指示を出した張本人の俺も気の毒な気持ちになってしまう。ちょっと前まで格好良く立ち去ろうとしていただけに、とても不憫だ……
それでも転がり落ちながら斬られたダメージを完治させている辺り、リオンやアンジェの話は確かだったようだ。もとから疑ってはなかったが、やはり自分の目で見るのが一番だからな。
―――ズガァーン!
「ぐふぉうん!」
頭から落ちるとは、これまた大胆な着地方法だな。俺にはとてもできないし真似もしたくない。したら死…… ぬ事はないかもだが、やっぱりしたくないな。さて、貴重な情報源が向こうからやって来たんだ。歓迎もなしに帰すなんて無礼にもほどがある。
「ぬぬぬ、っと! ふぅ、死ぬかと思ったねぇ……」
瓦礫の山から埋まった頭を抜き取り、生還者がボリボリと頭をかき始めた。酷く疲れ切った声を出すも、実際のダメージは皆無に近いだろう。ざっと観察した感じ、掠り傷も見当たらない。
「これまで出会った使徒と比べれば、かなり慈悲深い奴なんだな。生還者のおじさん?」
「いやいや、おじさんは小心者でね。当たり障りのない振舞いをするので精一杯なんだよ。下手に断罪者を処理したら、お父さんめっちゃ怒りそうじゃない? 少なくとも、おじさんは相手したくないねぇ」
「……まあ、そうなるか。絶対に義父さんキレるな」
「あれ、お父さん? 君、魔王グスタフの息子さんだっけ?」
「そこら辺は結構複雑なんだ。ついさっき不遇なる愚息になって―――」
「―――あなた様」
「ああ、悪い。話が逸れたな」
意見が合致したせいか話が弾みかけてしまった。方向修正。
「寛大なおじさんには悪いけどさ、あのまま黙って帰す訳にはいかないんだ。 ……分かるよな?」
セラが拳を鳴らし、メルが聖槍を構え、俺が大鎌を肩に担ぐ。背後ではベルを抱える義父さんがあまり直視したくないプレッシャーを放ち出し、生還者を威圧し出した。
「はっはっは…… おじさん、弱いもの虐めには反対だなぁ。でもね、本気で逃げるおじさんはなかなか強敵だよ。生還者って名を貰ったくらいだしね!」
そんなどこかで聞いたような台詞を叫びながらおじさんが立ち上がろうとした瞬間、真上から3つの人影が舞い降りて来た。着地音にして、トン…… ズゥーン! ズガァーン! である。
着地順に、髪から靴に至るまで全て青色な小柄な少女、つい先ほど生還者をたたっ斬った黒騎士、ゴツゴツとした筋肉で全身を覆われた大男だ。
「主、エフィル姐さんの指示で応援に来た。甘味を約束された私は正に無敵。さっさと片付けて至福の時間に至りたい。まる」
「ふぅーむ。やはり高所からの着地は腰にくるのう。まあ、あの落ち方よりはマシじゃが」
「……加勢」
現れると同時に言いたい放題ではあるが、これでも頼もしい援軍だ。何と言っても我がパーティの中でもトップレベルの実力を誇る騎士に、竜王が2体だからな。前2人はお察しの通り青ムドとジェラールなのだが、最後に参上した大男は仲間内でも今初めて見る者が多いかな。
「あら、もしかしてその姿がボガの人型なの? 何気に初めて見たわ」
「う、うす……」
セラもこんなだし。大男、もとい人型となったボガは下手をすれば義父さんよりも巨大。が、今の返事がそうであったように、覇気が殆ど感じられない。この巨躯からは想像もできないほどに声が小さく、直ぐに雲散してしまいそうな印象を受ける。
「セラ姐さん、ボガはこの姿だと酷く臆病になる。あまりまじまじと見てはいけない。緊張で心臓が破裂する」
「何でよ? ボガっていったら、竜組の中では特に獰猛だったじゃない?」
「違う。それは竜の姿であればの話。小さくなった人の姿だと、肝っ魂まで小さくなっている。私の2倍以上に図体が大きい癖に、全く理解できない」
「だ、だって……」
「ふう、まさかあの勇ましいボガがここまで弱気になるとはな。これは鍛え直さんといかんか。これが終わったらワシと特訓じゃ! このままでは火竜王の名が泣くぞい!」
「あわわ……」
ま、まあ姿の割に頼りない感じだが、これでも実力は俺も認めているんだ。人型になれるようになったのはつい最近の事だし、少しは長い目で見てあげても良いんじゃないかな。あと、敵が前にいるんだから無駄話しない。と、注意したいものだが、生還者のおじさんが逃げる素振りはない。なぜならば―――
「ちょっとおじさん聞いていいかな? この氷、何?」
「さっき転がり落ちた時に凍結された壁に触っただろ。その時の氷だよ」
「いや、あの…… おじさんの足とか色々、凍って動かないんだけど……」
生還者が触れてしまった壁はメルフィーナが凍結させ、最下層や魔王城の崩壊を防いだものだ。言ってしまえば、俺たちの家紋にもなっている 氷女帝の荊(セルシウスブライア) である。こいつにぶつかりながら転落した生還者は、その際に氷の荊の欠片を体に付着させてしまった。体の傷は即座に完治できるだろうが、その力では外部の異物を取り除く事はできないだろ? ジェラール達が登場する間にも荊の侵食は進み、おじさんの枷となる寸法だ。生還者を殺す手段は今のところ発見していないが、捕らえる手段に困るなんて事はないからな。
「はい、おじさんタイムします。というか、悪ふざけが過ぎたというか、別に逃げる気はなかったというか…… 実はね、おじさんからちょっとした提案があったり―――」
「まあまあ、弁解は後で聞くから。さ、まずは吐くもん吐いてもらおうか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「本拠地まで案内するだって?」
氷漬けにした上で鞘に収まった刀を没収後、紳士的に話を聞いてみると生還者は意外な言葉を口にした。
「イタタタタ…… そう、だから何度も喋ろうとしたじゃないか。おじさんが君達の前にわざわざ出て来たのはその為だよ。じゃなきゃ、小心者なおじさんは黒の書を回収してコソコソと逃げるさ」
「信用できるとでも――― ああ、そうだ。黒の書とやらも渡してもらおうか」
「あー、それは無理だねぇ。もう 聖鍵(せいけん) の機能を使って本拠地に送っちゃった」
「………」
「無言で得物を構えないでほしいねぇ。ほら、こんなおじさんでも一応は敵同士だし」
ぬらりくらりと生還者が申し開きの言葉を並べ始める。後輩とやらを扱き下ろしていたが、こいつも十分に胡散臭い。
「なら、その敵さんがどうして本拠地まで案内するなんて言い出すんだよ?」
「さあねぇ。おじさんも詳しくは知らないけど、代行者は君達を待っているみたいでねぇ。いや、君達というよりは転生神メルフィーナを、かな? 使命を全うした断罪者のお蔭で時間稼ぎの必要はもうないようだし、できれば回り道せず直行してもらいたいんだ」
「別にお前じゃなくても、こっちにはベルがいる」
「まさか、万全でない断罪者を連れて行く気なのかい? それに根城への道はかなり特殊でね。正しい道を進むには 機能している(・・・・・・) 聖鍵(せいけん) が絶対に必要なんだ。果たして、使徒を抜けた断罪者の 聖鍵(せいけん) は使えるのかな? もちろん、暗殺者のもね。ああ、奪おうとしても無駄だよ。 聖鍵(せいけん) は正規の持ち主でないと力を発揮しないからねぇ」
義父さんに抱えられたベルをチラリと見ると、コクリと首を頷かせた。どうやら生還者は嘘を話している訳ではないようだ。 聖鍵(せいけん) 、めんどい。不死とされる生還者を使者に送ったのはこの為か。
「言っておくけど、おじさんは断罪者が知らされている以上の情報は持ってないよ? 自分で言うのも悲しいけど、下から数えた方が断然早い下っ端だからねぇ。試しに断罪者の美人なお姉さんの力を使ってみるといいよ。あ、でもギフトについては聞かないでくれると―――」
取り敢えず、義父さんの血染で生還者の能力を問い質した。