軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第386話 油断大敵

―――魔王城最下層・月の館

これまでのわだかまりを解消し、義父さんが動けないベルを抱き上げる。さっきも言ったように、ベルはまだ暫く安静にしておく必要がある。魔王城もこの最下層と同じくズタボロの倒壊寸前ではあるが、俺が魔法で補修すれば何とかなるだろう。エフィルやリオンの念話報告によれば、一帯の敵は殲滅し終えている。後は黒ゴーレムの相手をしているアンジェだけかな。

『やっほー。アンジェさん、なんと全機の鹵獲に成功したよ! これは今回のMVPは私なんじゃないかな?』

そう考えたのも束の間、軽快な念話が飛び込んできた。どうやらアンジェも快勝だったようだ。だけど、MVPはセラになりそうだよ。

『アンジェ、お疲れ様。怪我してないか?』

『愚問だね、ケルヴィン君。なるべく破損させないで、っていうオーダーには苦戦したけど、私はこの通り無事だよ。これだけ働いたんだから、シュトラちゃんにプレゼントする役どころくらいは頂戴ね?』

『分かった分かった。シュトラの笑顔はアンジェの欲しいままにしていいよ』

『やったー!』

落ち着いたら、あの黒ゴーレムをシュトラ仕様にチューニングしないといけないか。えーと、シュバルツシュティレって名だったか。持ってた武器は全て違っていたし、機体別に内蔵する機能を変えても面白いかもしれない。ま、それはシュトラが決める事だが。

『喜ぶのもいいけどさ、一応残党がいないか巡回してもらっていいか? もしかしたら、ベルの管理下とは別の使徒がいるかもしれないし』

『うんうん、お姉さんにお任せあれ――― って、ケルヴィン! そっちに誰かいるよ!』

『………っ!』

周囲の気配を探った直後の、アンジェによる警告。この場にいたセラやベル、義父さんも同時に気付いたらしく、揃ってこの最下層から上を見上げる。戦闘によって開けられた魔王城に通じる大穴。その傍らで何者かが身を乗り出し、どこか呑気な様子で口を開いた。

「良かった良かった。やっぱり何事も最後はハッピーエンドで終わらないとね。うん、おじさんは心からそう思うよ」

頭上より、ぬらりくらりとした男の声がした。俺としてはどこかで見たような、そうでもないような…… そんな何とも言えぬ歯痒い印象の、薄汚れた衣類を纏った男だった。腰に長い刀を納めた鞘を差し、親戚に会うような気軽さでこちらを見下ろしている。

「やあ、断罪者」

「……生還者、貴方が来ていたのね」

「そうです、おじさんが来ていたのです。何てね。他でもない断罪者の最後の任務と聞いたからさ、常時おじさんに襲い掛かる眠気と戦いながら頑張ってここまで来たんだよ。ああ、早く帰って寝たい……」

男は欠伸を噛み殺し、口に片手を添える。

そうか。あの男が生還者、ガウンでリオン達と戦ったエレアリスの使徒か。確か、斬っても焼いても即座に復活する能力を持っているとか。

『今日は入れ食いだな』

『あなた様、たぶんシリアスな場面なので少し抑えましょう』

悲しいかな。注意を促すメルフィーナ先生のお腹も限界なようで、空腹のお知らせがさっきから鳴っている事に俺は気が付いている。この時点で俺たちはシリアスから逸脱しているのだよ、メルフィーナ。俺も頑張って抑えるから、お前も抑えような。まずは様子見だ。

「ところで断罪者、使徒を抜けるんだっけ? 本当に?」

「代行者との約束は果たしたから、そうなるわね。まあ、私が生き残ったのは予想外だったけれど……」

「おい、貴様! 我のベルに何という口を―――」

「パパ、黙ってて」

「うむ。パパ黙る」

義父さん、シリアスなんです。空気読んで。

「怖いお父さんだねぇ。断罪者のお婿さんは苦労しそうだ」

「そんなもの、作るつもりないわよ」

「そうなのかい? もったいないねぇ…… ま、断罪者が生きててくれたのは、おじさん個人として嬉しいよ。短い期間だったけど、チームを組んだ仲だったしね。使徒を抜ける件については、おじさんから伝えておくよ。目的は達成した事だし、代行者も許してくれるだろうさ。後は余生を穏やかに過ごす事だ。君にはその資格が―――」

「―――目的? 待って、目的って何よ?」

静寂を保っていたセラが、堪らずに口を挟んだ。目的、目的か。この場合はベルの故郷を護る目的ってよりは、神の使徒としての意味合いになるんだろうな。詰まりは代行者の目的だ。それが何なのかはさて置き、既に達成されていると――― マジか。

「何だ、まだ断罪者は話してないのかい? まあ、話してないよね。さっきの今だ。断罪者、おじさんから話してもいいかい?」

「いつもの事だけど、今日はやけにお喋りね」

「久方ぶりの会話で嬉しいのさ。同僚で話を聞いてくれる子が守護者しかいなくてねぇ。でもあの子の場合、おじさんが話す隙がないし」

「守護者もお喋りだからね」

「で、目的って何よ?」

「ああ、そうそう。そうだった。ぶっちゃけて話してしまうけど、おじさん達は 主(しゅ) の復活の準備を終えている。この黒い本、さっき見えたかい?」

「それは……!」

生還者とかいう男が片手に掲げると、そこにはベルが魔王化する際に使ったとされる黒き書があった。

「姿形は対象とする人によって変わるみたいだけど、これは魔王の種みたいなものなんだ。種が芽生え、実がなり、花が咲く。花の如く魔王が散れば、その特別な魔力は新たな種へと還元される。そして種はまた土へと戻り、数十数百の時を経て――― ま、この辺りは女神様の方が詳しいかな?」

「………」

「メル?」

「すみません。お話できないのです……」

義体の制限に引っ掛かるのか。となれば、今生還者が暴露してる話はかなり不味い内容らしい。この世界の理に触れるような、そんな感じがする。

「ま、代行者はこのエネルギーを利用してると考えてくれればいいよ。で、だ。鞘こそは逃してしまったけど、 主(しゅ) の聖槍イクリプスもあるべき場所へと戻った。魔王ゼルは計算していたよりも良質な魔力を溜め込んでいたみたいで、本来であれば予備タンクとしての役割を担っていた断罪者もお役御免! ……の筈だったんだけどね」

「おい、予備タンクって……」

「そのままの意味だよ。仮に 主(しゅ) の復活の為の力が不足してしまった際の、予備の魔王さ。尤も魔王の種は不完全だったから、魔王に成り切れなかったみたいだね」

「ベル?」

「……その通りよ。私はそれを天秤に掛けて、グレルバレルカを保とうとした」

ベルが首を縦に振り、肯定する。ああ、そうなのか。代行者の目的はベルを魔王にして俺たちを討とうとしたんじゃなくて、俺たちに魔王となったベルを倒させるのが目的だったのか。そして、ベルが魔王となる事で生まれたエネルギーは…… 嵌められたな。

「おじさんもつい最近知ってさ、こんな少女に酷い事をさせるものだよねぇ…… いくら完全な状態で復活させたいからってさ。だから君が使徒を抜けるのに、おじさんは賛成だ」

なぜか生還者の男が言葉を詰まらせ、体を震わせている。ベルの「黙って」という指示に従い、黙ったまま怒りで体を震わせている義父さんと同じ心境なんだろうか?

「賛成なんだ。賛成だけど…… でもね、おじさんは同時に悲しい。とても悲しい! 暗殺者に反魂者、そして更には断罪者まで。何で、何で…… 何で美女美少女が使徒から離脱して行くんだぁ! 特に反魂者の妖艶なお姉さん! おじさんと知り合ってまだ間もないのにっ!」

「「「「「……は?」」」」」

……やべえ、相手からシリアスをぶち壊してきた。

「断罪者にまで抜けられちゃったら、残る女の子は代行者と守護者だけ…… おじさんの後輩も同じくらいおじさんだし、何か胡散臭いし…… おじさんにもう少し幸があってもいいんじゃないかな!? ねえ、神様!」

「すみません、そちらの神に言ってください。私の管轄外です」

「メル、別に真面目に返さなくていいから」

何だかな…… 話の内容は真剣なものなのに、生還者のせいでおちゃらけた雰囲気になってしまった。

「そうかい。それは残念だねぇ…… ま、これからの人生、いや、悪魔生は故郷で幸せに暮らすといいよ。使徒にはおじさんが上手い具合に伝えてあげるからさ。あ、代行者から貰ったギフトもパクっちゃいなよ。おじさん忘れっぽいからって、何とか誤魔化すからさ」

「……生還者。貴方まさか、わざと?」

「何の事だか分からないねぇ。寂しくなるけど、もう2度と会わない事を祈ってるよ。あ、そう言えばおじさん無神論者だったなぁ。これは一本取られた! はっはっは―――」

生還者は黒の書を懐にしまい、笑いながら立ち上がった。これがベルとの今生の別れになると悟っているのか、苦い話よりも笑い話を肴にしようという粋な計らいのつもりなのか、男は精一杯の笑顔を顔に貼り付けていた。

―――情報源となる話も終わって生還者が空気に流されて去りそうな雰囲気だし、そろそろ動くとしよう。これだけ長い時間お喋りされたら、俺が色々と準備するにも十分な時間な訳でして。

「隙ありじゃ!」

「ぐはぁっ!?」

こんな感じで念話を受け取ったジェラールが背後から斬り捨てて、最下層に蹴り落とすなんて手もできる。騎士道? ジェラールの騎士道は孫を愛で、鎧を脱がない事だ。それに、俺たちがみすみす敵を逃がす筈がないだろうに。