作品タイトル不明
第385話 もっちもちやぞ
―――魔王城最下層・月の館
「メル、そっちの除去は終わったか?」
「お待ちください。聖槍で今――― OKです」
「う、う…… ん……」
「大丈夫か? 大丈夫なのか!? 我が愛娘は無事なのかっ!?」
俺の耳元で義父さんが声を張り上げる。ベルが心配なのは分かるが、俺の鼓膜も少しは考慮してほしい。マジで破ける。
「安心してください。俺とメルがタッグで手当てしているんですよ? どうにか一命は取り止めましたよ。休息と軽いリハビリは必要でしょうけどね」
「そ、そうか……」
緊張の糸が切れたのか、ジェラール以上の巨体を誇る義父さんが尻餅をついてしまった。魔王だった時代であれば見れなかったであろう姿だ。だが、今は魔王などではなく1人の父。こんな不格好な姿を晒しても許されるだろう。
「良かったわね、父上!」
「うむ…… 良かった、本当に良かった……」
「お前は存外無事だったな、セラ」
座り込む義父さんの大きな背をバンバンと叩くセラも、結構な重傷だった気がするんだけどな。これも回復力の差、なのだろうか?
俺とメルが逸早くここに辿り着いたのは、セラ達の戦いが終わった直後だった。ベルを抱き締めたセラは動く様子がなく、周りの地下の壁や天井は崩壊する真っ最中。こりゃいかんとメルに周囲一帯を凍結するよう念話で指示し、俺はセラとベルに結界を施しに全速力で駆けたのだ。
セラとベルは意識を失っていたが、幸いにもしっかりと息はしていた。しかし安心はできない。装備は酷い壊れようだったし、体中はどこも傷だらけ。床を見れば、出血もかなりしているようだった。俺たちが到着するのがもう少し遅ければ…… 考えたくはないけど、それくらい危ない状況だったんだよな。それでも、ベルの分まで血を固めてそれ以上の出血を防いでいたのは流石だったが。
「ベル、起きないわねー。つんつん」
「本当に元気だよな、お前…… あと、怪我人のほっぺ突くな」
「……や」
「や?」
「やっ…… わらかいっ! 何これ、リオン級!?」
勝手に人の妹を等級扱いにしないでもらいたい。確かにリオンのほっぺは柔らかいが。そこは譲れないがっ!
「あら。本当にリオン級ですね、これは」
「ね、そうでしょ!」
「おい、メルまで……」
しかし、リオン級か。それは詰まり、至極柔らかなもち肌である事を指す言葉である。セラとメルの間で好き勝手にほっぺを突かれるベルは、不快そうに眉をひそめている。あのツンツンした性格のベルだ。この機会を逃せば、次にそのほっぺに触る隙はなくなる事だろう。リオン級、リオン級―――
「じゃ、ちょっと俺も―――」
「―――愚息よ。何をしようとしているのか、理解しておるな? 我の加護が発動したが最後、ベルに代わって我が断罪を下すぞ?」
「あ、はい。すみません」
義父さん、肩に置いた手にそんなに力を入れないでください。もげてしまいます。あとその殺気、愚息に向けるにはいささか本気過ぎまイダダダダダダ!
そんな俺と義父さんが親子の触れ合いを行う中、セラ達は調子に乗って髪を撫でたりとベルを愛で始めてしまった。くそ、男女平等を主張したい。
「……ちょっと、何してるのよ?」
「「あ」」
あ、じゃないだろ。いくら重傷だったとはいえ、俺たちは本気で治療を施したんだ。うなされ続けて終いには、そりゃ起きる。
「ええっと、おはようベル! 良い朝ね!」
「グレルバレルカはいつも夜よ」
「……撫でて良いですか?」
「ちゃんと許可取ってから撫でなさいよ。もう撫でてるし。ったく、アンタに撫でられたせいで変な夢を見たじゃないの。 ……だから撫でるな」
意識は覚醒するも、まだ体はメルやセラのなでなでのぷにぷにを払い除けるほどは回復していない。ベルは嫌そうにしかめっ面を決めるのみで、口々に文句を言いながら流されるままでいる。
「よう、元気そうで何より―――」
「ベルぅーーー!」
「がっ……!」
軽く挨拶しようと前に出た刹那、感極まった義父さんに猛突進をかまされ、吹き飛ばされる俺。認められたは良いが、こんな愚息の扱いに泣きそうになる。
「痛い所はないか? 大丈夫か!?」
「……父上の髭が痛いわ」
「ううむ、まだ本調子じゃないのかもしれんな。いつものようにパパと! 呼んでくれんし……」
「え、パパ?」
「………」
セラの疑惑の視線に、ふいっと顔を背けてしまうベル。たぶん、そっぽを向いたベルの顔は赤く染まっている。ほら、耳が真っ赤だし。手を動かせたら隠したいだろうな。
「む、やはり熱があるではないか! どれ、パパが運んでやろう、このパパがっ!」
「もう止めてお願い……」
ある意味一番酷い仕打ちをやってるんじゃないかな、パパ。羞恥心で涙目だから、そろそろ止めた方がいい気もしてきた。
「父上、ベルが困ってるじゃない。止めて、嫌われるわよ?」
「そ、それは我も困るな。久しぶりにベルと会ってついつい…… よし、止めよう。我、自粛」
「よろしい! ベルも良かったじゃない、魔王化の後遺症もないようだし」
「魔王、化…… そうよ、何で…… 私は魔王になった筈なのに、何で無事なのよ?」
「それについては、私が説明致しましょう」
「……女神、メルフィーナ」
メルが愛槍をベルに見えるように掲げた。撫でる手は止まらないが、それについてはベルも諦めているようだ。
「え、女神? 彼奴、女神なのか?」
「父上、黙っていて」
「よし、我は黙るぞ」
ホントに娘には頭が上がらないのな、この親父。
「私の所持するこの聖槍ルミナリィには邪を滅し、負を正へと転換させる力があります。以前、魔王ゼルに対してこの力を行使した際は、ゼル・トライセンが魔王となって時間が経ち過ぎていたが為に効力を発揮しませんでした。それに反し、ベルさんは魔王と化してまだ間もなく、覚醒し切っていなかった。更に言えば、あの魔王化は正規のもの、といっては変な話になってしまいますが、自然に起こり得たものではありませんね?」
「……ええ、そうよ」
「配下ネットワークから拝見させて頂きましたが、あの黒い書物が魔王化の発端でしょう。周期を無視した人為的な魔王化、今回はそうであったが為に、ベルさんは完全な魔王とはなれなかったのです。お蔭様でルミナリィでちょちょいでした♪」
ちょちょいと神の槍を振るっちゃう女神様。まあ今回は何も言うまいて。
「セラよ、女神って実は良い神なのではないか? むしろ敬い奉るべきなのでは?」
「リンネ教に入信するの? 丁度そこの聖女が来てるわよ」
おい、誰かそこの親父を止めろ。コレットが発狂してしまう。
「ふん、なるほどね。まあ形はどうであれ、私は最後の任を全うした。後は煮るなり焼くなり、好きにしなさい」
「そう? それじゃあベル、これからは使徒なんて止めて、姉妹仲良くしていきましょうね!」
「……は?」
「は、じゃなくて。ベル、さっき言ったじゃない。最後の任を全うしたって。って事は、ベルはもう自由なのよね? これからはうんと甘えていいからね」
「我にも甘えていいからね!」
「義父さん、今は退きましょう。良い話が混沌になるんで…… あとジェラール臭がするんで……」
「む! おい、放せ、放すのだっ!」
俺とメルとで、義父さんを無理矢理引っ張り出す。
「本当に甘っちょろいわね、セラ・バアル」
「セラ姉様でしょ? はい、もう一度」
「……セ、セラ姉様」
お、このベル、押しに弱いぞ。
「会ったばかりの頃はあんなにセラに突っかかっていたのに、変わるもんだな」
「愚息よ、貴様こそ甘いぞ。ベルの気持ちを全く分かっておらん」
「え?」
「ベルは昔から器用に何でもこなせる天才であったが、心の方は不器用でな。なかなか素直になれないのだ。そこが可愛くもあるのだが、勘違いしやすい面でもある」
「ああ、なるほど。姉への接し方が分からなかっただけですか」
ベルはもとからセラを嫌っていたんじゃない。実際はその逆だったんだ。姉に関心はあるけれども、どう接して良いのか分からない。そして、使徒という立場が尚更それを拗らせた。迷ったが故に選んだのが武力行使、詰まるところ姉妹喧嘩だったと。俺好みではあるが、確かに不器用だな。
「きっかけはできた。後は2人が良き姉妹になれるよう、我が支えるのみよ」
「話を締めようとしているところ悪いんですが、義父さんが極端な箱入り娘にしなければ、もっとスムーズに事が運んだのでは……」
「あれは吸血鬼の王が悪い。我は悪くない」
ふいっと顔を背けても、ベルみたいに可愛い印象はない。むしろ腹立つわ、これ。