作品タイトル不明
第384話 ベル・バアル
私、ベル・バアルは尊敬するパパ、グスタフ・バアルと敬愛するママ、エリザ・バアルの間に生まれた。パパは 奈落の地(アビスランド) において最も勢力の強い悪魔の長らしく、その娘である私は何不自由のない生活を送っていた。尤も、生まれてこの方自分の屋敷周辺からは出た事がないから、それが一般的に言う不自由なのかと問われると、少し困ってしまう。まあ、私は屋敷での生活に満足していたし、パパとママから十分過ぎるほどの愛を貰っていた。うん。やっぱり不自由なんて思っていないし、パパとママを愛していたんだ。
私が成長して遊び盛りになると、パパは私に教育係にとセバスデルという執事を付けてくれた。でも、勉強や運動をするにしても全て壁越し、或いは顔なじみのメイドを伝言役にしての教育は流石に変だと思う。
「パパ、これじゃとても非効率よ。有能な教育係なら直接学びたいわ」
「何と! ううむ、ベルの優しさにパパ感動する事山の如し……! だが、だがな可愛いベルよ。可愛過ぎるお前を男と会わすのはとても危険な事なのだ。男は狼、そう、どんな優男でも男は皆狼なのだ! これ、次のテストに出すから頭に刻み込んでおくように。というか生涯忘れないように」
「分かったわ。パパは狼だったのね」
「パパは例外である事山の如し」
パパはたまによく分からない事を話す。そのフレーズ、ちょっと気に入ったのかしら? それから何年かして、教育係の執事が漸く姿を見せた。 ……なぜか距離が遠かったけど。
「娘に手を出したら、分かっておるな? 八つ裂き拷問なぞ生温い事では済まされんぞ、おおん?」
「や、八つ裂きに拷問ですか!? ほ、ほほう、いえ、何でも―――」
セバスデルと鼻先が触れ合うような距離で、パパが何か彼に何か言っていたけど、この時の私にはよく聞こえなかった。風をもっと上手く操作できれば、もしかしたら聞こえていたかもしれない。
その後、セバスの変態性について知るにそう時間は掛からなかった。それでもセバスは執事として優秀であったし、学ぶべき点もたくさんあった。中でもお気に入りだったのは多彩な蹴り技と、万能な風の魔法。身長の低い私にとって、拳を使った武術はリーチに欠ける。それを補うようにして出会ったのがこの戦い方。セバスから指導を受け、徹底的に基礎を固めた。悪魔は力を持つ者が全てと学んでいたし、私もいつかパパやママの役に立ちたかったから。
「ぐ、もう少し強く、本気で蹴って来なさい!」
げしげしと防御を固めるセバスを蹴る。言っておくけど、これ組手だから。こいつ、私の攻撃をガードできる癖にわざと当たりにくるし、遠巻きに見ているメイドに変な事をしているのかとよく勘違いされてしまう。技の練習にもならないから、この時ばかりは真面目にやりなさいよとセバスを恨む。
「ほら、もっと! 更に強く!」
「この――― ゴミクズっ!」
「その言葉が私の糧となる!」
セバスは真正の変態だ。少し強く蹴ってあげれば何でも教えてくれるし、私は変態なセバスを嫌うというよりは、便利に思っていたのかもしれない。好きか嫌いかと問われれば、気持ち悪いになるけどね。現に、セバスはパパによくぶっ飛ばされていた。
これで実力的にはパパに次ぐのだから、この組織が大丈夫なのかと眩暈がしてくる。やはり私がちゃんとしなければならないようね。早く大きくなって、パパと並んで戦場を駆け巡りたい。そんな願望が強かったからこそ、朝の牛乳は欠かさずに飲んでいた。今はまだ効き目はいまいちだけど、いつかきっと。
異変があったのは、それから更に数年してからの事だった。背? 伸びなかったわよ死ね。私の体に劇的な成長が表れたんじゃなくて、パパの進撃の邪魔をする奴らが現れたんだ。セバスの話によると、地上からやって来た勇者とかいう5人組らしい。1人1人が軍の幹部に匹敵するほどの実力者で、特にリーダーと推測される白い少女剣士、そいつは次元が違い過ぎるとまで言っていた。
「グスタフ様より討伐の任を授かりました。暫くここを留守に致します」
「さっさと倒して来なさい。そんなどこの馬の骨とも知らない奴、セバスの敵じゃないでしょ?」
「お褒めに預かり光栄の極み。ただ、もう少々罵声を交えて頂ければ任務への張り合いが出るのですが」
「死ね」
「ありがとうございます」
外面だけは良いいつもの笑顔で、セバスは勇者の討伐に出発した。
そして、戻ってくる事はなかった。遺品として戻って来たのは、血に塗れた執事服だけ。本当に死ぬなんて、どこまでマゾを拗らせているんだか。 ……ッチ。
分かっている。パパは魔王で、勇者はパパを倒すであろう存在。私の前では変わらぬままのパパだけど、外では暴君と呼ばれているのは耳に入っていた。己の欲求に素直な悪魔の立場であれば、魔王は崇高なる指導者だ。だけど、魔王は世界を滅ぼす。だからこそ、その前に勇者は魔王を討ち滅ぼす。過去の文献を探れば、魔王が勇者に勝てた試しはない。パパも、恐らくは―――
勇者の侵攻は恐ろしく速かった。要所のみを迅速に攻略し、軍を率いる将を優先して倒す。そうする事で魔王軍の統率は著しく麻痺してしまい、最後には少数精鋭である勇者達の行方を見失う。これを短いスパンで繰り返しているうちに、勇者はもう魔王城にまで行き着いていた。
「セルジュ、隠し部屋だよ。いや、ええっと、隠れ屋敷かな?」
「気を付けましょう。どんな罠があるか分かりません」
「わ、ひっろい場所だね。それに綺麗」
「セルジュ、迂闊に顔を出さないでください」
……本当に速い。ここ、パパが最も安全だと豪語していた場所なんだけど。勇者はどれだけの力と幸運に恵まれているんだか。
「あれ、女の子?」
今の私は『偽装の髪留め』の力で角や翼が消え、人間の少女にしか見えない状態。変に動かなければ勇者も攻撃はしてこない、ってパパが言ってたっけ。
「魔王に捕らえられたのかな? セルジュ、保護しようか?」
「うーん、でもこれから魔王戦だよ? 危なくない?」
「……だが、ここに放置は、危険だ」
「ならばこの紳士がお守りしようではないか! 何、心配は不要。銀弓の名に懸けてグフォアッ!?」
「ソ、ソロンディール!?」
いけない。いつもの要領でエルフの顔面に蹴りを入れてしまった。いえ、これは仕方ないわ。だってこのエルフ、どこか邪な気を感じるもの。セバスとはまた別の、その、性的な。ついでに体を捻ってもう一蹴り。
「ドウッファ……! ぐ…… こ、この娘、只者ではないぞ……!」
「ソロンディールがロリコンなのが悪いです。変態は離れてください」
「黙れむっつり! 美少女を口説いて何が悪い!」
「度が過ぎるのも普通に犯罪だからね? 僕、後で告発してあげようか?」
「可愛い顔して鬼か貴様、フィリップ……」
やはり私の直感は正しかった。もう一蹴り追加しておけば良かった。
「私の仲間が驚かせてごめんねー。貴女はお姉さんが責任持って救出するからね」
白の少女が私の頭を撫で始めた。 ……ええと、年齢的には私の方が上の筈なんだけど、何で撫でるのよ? でも、それがいけなかった。勇者の手がたまたま私の髪留めに当たり、たまたま緩んでいた髪留めが外れてしまったのだ。
「あれ? えっと…… 貴女、もしかして悪魔?」
「ッチ!」
何て間抜け。こんな馬鹿みたいな方法で正体がバレるなんて。私は直ぐに臨戦態勢となって、少女に向かって蹴りを放った。
「わっと」
「「「「セルジュ!?」」」」
急に攻撃を開始した私に外野が驚くも、セルジュとかいう勇者に軽い動作で回避されてしまった。
「あ、大丈夫だから安心して。貴女もね。私は敵じゃないよー」
「誰がっ―――」
「―――娘に、何をしておるっ!」
見た事がないくらいに怒りながら、天井を破壊してのパパの乱入。それからの記憶はあやふやで覚えていない。断片的には剣が増えたような、そんな気がした程度。きっと、私の力が足りなかったんだと思う。何が原因で死んでしまったのか分からないもの。
で、気が付いたら、ビックリするくらいに白い空間にいた。
「貴女に、新たな光を与えましょう。 ……貴方は神を信じますか?」
出会い頭にそんな言葉を喋った銀髪の女を、正直私は気が狂っているのかと思った。私が悪魔だから、ってのもあるかもだけど、神とか胡散臭いし、何より悪魔の敵だし。それに、こんなに澄んだ瞳で馬鹿みたいな言葉を話す奴と会うなんて、初めての事だったから。だけど、決してそれを態度に表せなかった。なぜなら、絶対に勝てない相手だったから。
「そんなに警戒しないでください。私は、貴女の味方です」
銀髪の女に、ではない。この女の中に潜む、恐ろしい別の 何か(・・) に対して、私の直感は戦ってはならないと告げていた。
「どうか私に協力して頂けないでしょうか?」
誰もが無条件で従ってしまいそうな、そんな神的な声で女は言葉を投げ掛ける。聞けば、女の目的は真の神の復活と、世界の浄化だという。胡散臭いを通り越して正気なのかと疑うレベルだ。ただ、女からはそれを可能とさせるような、不可思議な気配を発していた。癪だけど、私の直感もそれができるだろうと、そう明白に告げている。でも、世界の浄化って―――
「もちろん、対価はお支払い致しましょう。何でも仰ってください」
「……何でも?」
「ええ、 何でも(・・・) です」
何の迷いもなくこんな台詞を吐けるこの女は本物なのか、それとも一流の詐欺師なのか。尤も、1度死んでしまった私が悩む必要なんてなかった。
「なら、私は私の故郷を護りたい。何者からも、世界の浄化からも」
「……うふふ。なるほど、了承致しました。ならば、手始めに貴女の故郷を救い出さなければなりませんね。過去に栄光を一身に受けたグレルバレルカ帝国も、今では風前の灯火ですから」
「ちょっと、今何て―――」
「ご心配なさらず。貴女が盟約を果たせば、私は約束を必ず守りますから。さて、これから貴女には様々な任に当たって頂きます。まず、貴女に力を授けましょう。エレアリス様よりお預かりしたこの『神の十指』で、この世界をより良きものにしようとする転生者に、特別な恩恵を授けましょう」
銀髪の女が私の頭に手を置いた。あれ、急に眠気が……?
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私、エレアリス様の巫女をしております、アイリス・デラミリウスと申します。他の皆には代行者と呼ばれていますので、そう呼んでくださいね。これからよろしくお願いします。魔王と化した一族の罪を断つ者、断罪者」
代行者が頭を撫でると、私の意識は闇の底へと沈んでいった。