軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第377話 エリザとの約束

遠い、遠い昔の記憶を思い出した。我が悪魔生で最も喜びに満ちていた、最愛の妻であるエリザとの生活の日々。

貴族の出でもなく、何の珍しくもないとある村の生まれである我らはどこに行くにしても一緒だった。エリザは幼い頃から体が弱く、我が寄り添わなければ倒れてしまいそうな、か弱い女だった。しかし、芯の強い女でもあった。無頼漢と匙を投げられた我に、村で唯一分け隔てなく意見を述べ、説教をし、なぜか後ろに付いて来る。そして、体力がないが為に息を切らしたエリザは直ぐに膝をつき、おぶってと駄々をこねた。

村の大人でも我に勝てる者はまずいない。それどころか手が付けられないと恐れられる始末。そんな我に対し恐れるどころか我が侭をぶちかまし、どんな時でも笑顔を振りまく。あと、我より酒に強い。滅法強い。エリザとはそんな女だ。

だからだろうか? 幼馴染という奴だから、というのもあるだろうが、基本的に暴れる事しか頭になかった我が、徐々にエリザに心を寄せるようになったのは。むう、今思ってみれば何と単純なものか。人肌に慣れぬ者が優しくされて、コロッと好意を抱く。思春期の男そのままである。いや、あの頃はそんな年齢であったし、セーフだろう。うむ、セーフ。まあ、我にそのような行動をするような奴は、後にも先にもエリザだけであったのだが。

ややあって、我とエリザは村を出た。言い換えれば、旅に出た。閉鎖的な村の雰囲気に嫌気が差したのだ。相も変わらず我に構うのはエリザだけであったのだが、あろう事かそのエリザにも変な噂をするようになった。当のエリザは全く気にしていない。だが我が気にする。感情よりも拳が先に出る。相手をボロボロに負かすと、エリザが必死になって止める。エリザの頼みならと、我止まる。また良からぬ噂が―――

そんな調子が延々と続いたから、我はエリザの手をとり村を出た。幸いにも我らに親はおらず、止める者もいなかった。ただ、感情に任せて行動してしまったのには若干の後悔がある。エリザに何の相談もせず、気が付いたら一緒に村を出てしまった。この時ばかりは怖いもの知らずだった我も、エリザの顔を見るのが怖かった。エリザは体が弱く、旅なんて辛いだけなのでは? あんな村でも故郷なのだ。もしや、悲しませてしまったか? と。

「ふんふんふ~ん♪ あ、そうだ。ねえねえ。私、海を見てみたいな。どうせ当てはないんでしょ? それなら、珍しいものを見ながら旅をしましょうよ。きっと楽しいわ。お金の心配はしなくていいわよ。道具とか色々と持って来てるから、啖呵を切っておいて村に戻るーなんて必要もないから」

「……マジか、お前」

―――エリザはめっちゃ笑顔だった。そして肩には旅の必需品を詰め込んだバックを背負っていた。我がいつかこうすると予想し、前以って準備していたと言うのだ。村に来た行商人から地図を購入し、観光したい場所まで細かくメモまでしている。

「本当に、いいのか? 今ならまだ―――」

口に指を当てられ、言葉を遮られた。

「はい、お口を閉じる。村に戻ったところで、病人の私を手厚く介護してくれる人なんて、グスタフくらいしかいないしね。それに――― グスタフがいない場所なんて、退屈で詰まらないよ」

そんな事を言いながら、エリザはギュッと手を握ってくれた。ああ、そうだった。ここで確信したのだった。我が、エリザを愛していると。

「……あと、もう限界だからおぶって」

「………」

その後、我はエリザと大きめのバッグを背負い、地図を広げて海を目指す事となる。どうもエリザは我の背に乗るのに慣れてしまったらしく、寝ているよりも調子が良くなるらしい。そんな訳で、我の背にいる限りエリザの機嫌はとても良いものだった。まあ、子供の頃からおぶっているからな。

それから我らは 奈落の地(アビスランド) 中を旅して回った。エリザが海を見たいと言えば血海へ、闇竜王と話したいと言えば住処である暗黒牢へ赴いた。道中は平和なものではなかったが、我の鍛錬にも最適なものであった。特等席にエリザを乗せ、真っ向から敵をぶちのめす。血染の力に目覚め、不覚にも熱を出して倒れる事もあったが、その時はエリザが甲斐甲斐しく看病してくれた。まあ、何だ。この旅で我らは自然と恋仲になる事ができたのだ。

粗方行きたい場所を回り終えると、どこかに腰を据えて暮らそうとエリザが提案してくれた。丁度その話が出た辺りだったか。近場に手頃な城があったから、悪魔らしく武力で奪い取った。押し寄せる兵をなぎ倒し、城の主を締め上げると、そこら一帯の環境が穏やかなものへと徐々に変わっていった。

「わあ、環境の変動よ。私、初めて見たわ。 奈落の地(アビスランド) がこの辺り一帯をグスタフの支配下と認めたみたいね!」

「そうなのか?」

「だって、こんなにも私が過ごしやすい場所になったんだもの。ツンツンしながらも実は優しいグスタフらしいわ」

「おい、何だそりゃ」

色々と不服はあったが、これがグレルバレルカ帝国の始まりであった。他国の侵略なんて興味はなかったのだが、黙っていても他の悪魔共は領土を侵略してくるものだ。我はエリザとの生活を邪魔する者には容赦せず、兎に角侵略者を叩きのめした。いつからか紅髭公などと呼ばれるようになり、旅の最中で高めてしまった武勇を聞きつけて部下になりたいと言う者が多く訪れるようになった。

ぶちのめす程に国は発展し、配下が多くなる。そして国はまた大きくなり、栄える。いつしか我はそれを楽しいと感じるようになり、悪魔らしく率先して国を率いるようになる。暴れる事は昔から好きであったし、エリザには良い生活をさせたかったのだ。 ……腹の子の為にもな。

「もう一層の事、全土支配を目指しちゃいましょうか? なんて」

「それもありだな」

ほんの冗談のつもりで言った言葉だったんだろうが、我は割と本気である。その後もグレルバレルカは快勝を重ね、順調に領土を拡大させていった。

「よう。お前がグスタフ・バアルだな? 私はエストリア・クランヴェルツ。吸血鬼の王だ。悪魔最強とか抜かすその腕前、少し私に見せてくれないか?」

吸血鬼の王と名乗る女が現れたのは、この頃だったろうか。戦場に女が現れる事は珍しくはなかったが、此奴については記憶に焼き付いている。特に強かったのもあったが、やたらとしぶとかったのだ。いくら倒そうとも必ず生き残り、少ししたらまた向かって来る。美しく、勝気で我好みの女ではあったが、ゾンビよりもゾンビらしい変な奴だった。

そんな女と何度目になるのか分からない程に、戦場で出くわしたある日の事。

「おい、どういう事だっ!? エリザって誰だこらっ!」

どこで聞きつけたのか、我とエリザが婚姻を結んだ事を指摘してきた。

「相応しくない……! 絶対に、相応しくないっ! 最強には最強が寄り添うべきなんだっ! 腑抜けたお前なんて見たくない!」

どうも結婚した事で、我が軟弱になったと勘違いしたようだった。戦い好きの奴らしい心配だ。そんな事はないと証明する為にも、我はこの日も女をぶちのめした。あくる日も、あくる日も。しかし、女は決して納得する事はなかった。

「エリザ、死…… クスクス」

いつからか、女は我ではなくエリザを狙うようになった。言動も不安定となり、不気味に笑う。奴の瞳を覗けば、どこかに吸い込まれそうになってしまう。この時になって我は気付いたのだ。国を強大にする程に、敵の狙いは我だけではなくなるという事に。時に敵は手段を択ばないという事に。

それからの我は自分でも驚く程に迅速だった。長らく戦いを共にしていた女との雌雄を決し、エリザの腹が大きくなって目立つ前に彼女を城の中に潜ませた。我に子ができたと知れ渡れば、今度は生まれ来る赤ん坊に危険が迫る。ならば、せめてその事実を隠匿しよう。エリザは病が悪化したという偽の情報を流し、静養しているとの名目で子が生まれるまでは表に出さない。なかなかエリザを説得するのに骨であったが、これは必要な事だ。

何せ、我らの子はエリザに似て、絶対に超絶ぷりちーに決まっておるのだから。そして我の予想通り、双子として生まれたセラとベルは超絶ぷりちーだった。こんな可愛い子を見れば、聖人だって人攫いに化けるだろう。これはいかん。直ぐにも隠れ屋敷を作ろう。可能な限り不自由のない生活を送らせよう。

「ねえ、あなた。子煩悩なのは良いけれど、いつか来る娘の彼氏を殺しちゃ駄目よ?」

「何を言うか! 男は皆狼なのだぞ!? 我は絶対に許さんっ! 絶対にだ!」

「あはは。それじゃあセラとベルは生涯独身になってしまうわ。それは可哀想よ? せめて、何か条件を付けなさいよ」

「駄目だ。こんな可愛らしい娘達を嫁に向かわすなど―――」

「条件、付けなさいよ?」

「……そうだな。まずは一発本気で殴ってやらねば気がすまん。我の拳を受けて尚、生きていれば、まあ」

「まあ、及第点?」

「……う、うむ」

「良かったわね、セラ! ベル! 未来の夫ができる可能性が1%ほど上がったわ!」

「………」

その時は本気で殴ろう。頭が消し飛ぶくらいに。そう決意しながらも、我の心はどこか温かった。魔王となったのは何時の事だったか。日に日に我の理性は戦いを欲し、戦場へと赴いた。されど、我が妻と子の前では不思議とそのような気持ちは吹き飛んでいく。我が魔王として君臨しても、心を穏やかにできる空間は昔と変わらなかったのだ。

「約束よ、あなた。約束を破ったら、酒蔵の酒を全部飲ませるからねっ!」

そんなエリザを声を最後に昔の記憶は遠のき、夢は覚めていった。