作品タイトル不明
第347話 残影
―――魔都グレルバレルカ・魔王城王座
紅の夜空の下、漆黒に染まる魔王城。かつて勇者セルジュと魔王グスタフが戦った決戦の地であり、 奈落の地(アビスランド) の頂点に立つ者が居座っていた場所である。
現在の魔都の様子を見れば分かる通り、命運をかけた一戦の後、グレルバレルカの忠臣、民達は地獄の中心を離れ、地底の各地へと散って行った。されど、何もこの国に愛想を尽かせた訳ではない。 奈落の地(アビスランド) の特性として、その地を治める王が敗れれば環境が激変する可能性があったからだ。様々な種族が住まうこの地が別物へと変わってしまっては、種族によっては生存するのも厳しいものとなる。ましてや魔王を破った者は勇者なのだ。どんな環境変化を起こすのか、分かったものではない。そういった経緯があり、グレルバレルカから悪魔の姿が消えるのにそう時間は掛からなかった。
しかし悪魔達の移民が済んだ後も、一向にグレルバレルカが変化をきたす兆しはなかった。本来であれば徐々に徐々にと対象の周囲から生まれ変わる新たな領土は、この地を離れた以前のまま残るばかり。しかし、これは道理であった。変化が起きない。それもその筈、次の支配者になると思われていた勇者セルジュの目的はあくまで魔王の討伐であり、 奈落の地(アビスランド) の制圧ではなかったのだ。役目を終えたセルジュはとうに元の世界へと帰還し、既に地獄からは去っていた。新たな支配者に放り投げられたグレルバレルカは、前統治者であるグスタフの影響を色濃く残したまま、奇跡的に保たれたのだ。
その後新たに開始された悪魔同士の紛争により、広大を誇ったグレルバレルカの地は次々に奪い取られ、今では首都たる最後の領土を残すのみとなっている。当初はグスタフの魔王城が聳える魔都も、じきに何者かの手に渡るものと考えられていた。他の領土がそうだったように、護り手のいなくなった魔都も容易く手中に収められると皆が思っていた。
―――が、その予想を覆し魔都は決して陥落しなかった。どのような軍の侵攻も打ち払い、城壁の内部にさえ鼠一匹の進入も許さない。偶然にも生き残り、自国へと帰還した者達は揃ってこう述べるのだ。
「魔王の亡霊が出た」
初めの頃こそ各国の悪魔の王達はその話を鼻で笑い、次なる軍勢を編成して再び魔都へと向かわせた。しかし、何度やろうとも結果は同じ。受ける報告も同様だった。笑い話は次第に真実味を帯び始め、自国だけでなく他国も似た状況にあると知れば、もう手を出す国はいなくなる。正式な取り決めがある訳でもないのだが、暗黙の了解としてグレルバレルカの地を侵攻しようと口にする者は存在しなくなったのだ。不落の小国、魔王の怨念が住まう地、呪われし魔都――― このように陰では色々と噂の絶えないグレルバレルカであるが、実際にその実態を知る者、真実を見極めようと勇み魔都の内部まで到達できた者はおらず、全ては闇の中であった。
「……ふわぁ」
謁見の間にて魔王の王座をソファに見立てて寝そべり、欠伸をこぼすこの紅髪の少女を除いて、ではあるが。束の間の昼寝をしていたのかは、空の天気が夜である為に定かではないが、どうやら少女は眠っていたようだ。
『―――断罪者、通達したい事柄がある』
傍らに置いていた白の鍵から男の声が漏れる。少女は気怠そうに鍵に目をやった。『 聖鍵(せいけん) 』が機能している。
「ッチ。何よ、創造者? またゴーレムでも開発したの?」
『違う。が、勘は良いな。そのゴーレム絡みの事だ』
大息をつくように鍵の男、創造者は言葉を発する。
『魔都周辺に設置していた迎撃用ゴーレム『カーディナルレイジ』、358機の内1機が破壊された。急増した量産型とはいえ、アレを破壊し得る存在は限られる』
「……で?」
『随分な態度だな。君が任務に集中できるよう、折角私が手配したゴーレム達だというのに。領土を減らした魔都の防衛、さりとて単独で姿を晒さずに悪魔共を撃滅するのは骨が折れるだろう?』
「別に」
『……まあいい。そちら側の転移門、煉獄炎口から彼らが来ているようだぞ。ああ、彼女と言った方が良いか』
「知ってる」
『何?』
「だから、そんなのとっくに分かってたわよ。使徒の中でも私の察知能力は暗殺者に次いで高いって、創造者も知ってるでしょ? ここは私の領域、侵入者はもちろん待機モードから起動したゴーレムだって把握してる。気配からして黒ローブと…… ッチ、もう1人は気配を消したか。こっちは暗殺者ね、絶対」
サイドポニーに束ねた紅髪を一撫でした後、断罪者、ベル・バアルは王座から跳ね起きる。大雑把な動作から行われたそれだが、床へ着地する際の足音は驚くほどに静かだった。
「ま、どうせ今回は様子見、偵察みたいなものでしょ。魔都に入らない限り、私がどうこうする話じゃないわ」
『だといいのだが。生憎これでも私は忙しい身だ。いざとなっても応援には行けない。代わりといっては何だが、カーディナルレイジを上手く扱ってくれ』
「忙しいって、どうせ妙な研究でしょ? 元から期待してないし。アンタって本当にそればかりね。引きこもってばかりじゃ、いつか足をすくわれるわよ」
『ああ、反論できないな』
軽口を叩こうにも、相手の反応が乏しければ面白味もあったものではない。暗殺者の話であれば、まあそこそこに聞ける内容なのだが、この男は感情の起伏というものを見せない為に本当に詰まらない。ベルは早々に通話を取り止めたい気持ちになっていた。
『こんな私でも感情を疎かにしている訳ではないのだがな』
「……アンタ、私を覗き見してる? 殺すわよ?」
『断罪者の目を盗んで、か? それは誤解であるし困難を極めるだろう。ちょっとした心理学を用いた方が無駄な労力を使わずに済む。ああ、情愛や友愛は時に驚くほどの力を見せてくれるからな、断罪者も留意するといい。私のように思わぬ過ちを犯す事になる』
アドバイスのつもりなのか、創造者は淡々と言葉を口にする。正直、ベルにとってはどうでもいい内容ばかりだ。
「無駄話をしている暇はないんでしょ? 切るわよ。これからもう仕事あるもの」
『例の件か。私としては代行者の考えは理解できんがね。何もそんな事をする必要はもうないというのに、君という貴重なサンプルを―――』
「うっさいわよ! 私はただ、代行者の命令に従うだけ。アンタだってそうでしょうが!」
『ああ、そうだった。そうだった。では、互いの願いの為に精々 主(しゅ) に尽くすとしよう』
その一言を最後に 聖鍵(せいけん) から声が消える。感情の落としどころを見失ってしまったベルは、取り敢えず 聖鍵(せいけん) に蹴りをかます。謁見の間の反対側まで鋭く飛んで行った 聖鍵(せいけん) は、見事に壁へ突き刺さっていた。