作品タイトル不明
第346話 亡霊の正体
―――グレルバレルカ帝国
モンスター相手であれば、この時点で否が応にも戦闘開始! となるのだが、魔王の亡霊と呼称される赤い靄の場合はそうもいかない。仮にこいつがグスタフだとしたら、問答無用でセラの父親に戦闘を仕掛けるという非礼にも程がある行為を働いてしまう事になるのだ。挨拶どころかそれ以前に好感度駄々下がりである。顔合わせと同時に出禁もやむなしになっては困るので、まずは会話を試みる。
「こんな巡り合わせになって言うのも何なんだけど、こっちに敵意はない。隠れて様子を窺っていたのは詫びるよ」
「………」
ジェラールと同じくらいの身長はありそうな、靄を纏う亡霊。百メートルというこの至近距離においても、その実体を掴む事は敵わない。靄の中でうっすらと形作られる人影、その肉体が男のそれである事が分かるくらいか。『鑑定眼』で見ても靄の効果なのかステータスが表示されず、やはり情報は引き出せそうにない。ってか返答もなく突っ立ったまま微動だにしない。
『えっと、聞こえてないのかな?』
『無視しているようにも思えるが…… どっちにしろ城壁から俺たちを発見できるような奴だ。察知能力や他の器官が発達しているのかもしれない。油断大敵、即断即決戦闘開始な』
『……ケルヴィン君。戦いたくてワクワクするのは良いけど、もう少し我慢だよ? あの紅い靄、本当にグスタフだったら大事だからね』
『分かってるよ。言わばこれば、自分との戦いでもある』
『はいはい、その自分との戦いで新しい境地を開拓しない事を祈ってるよ。あっと、あちらさん動くかな?』
『ああ』
静寂を保っていた魔王の亡霊が、ギギギと耳障りな音を鳴らしながら動き出した。赤き靄が亡霊の右手に集まり出し、奴の身長と同様の長さもありそうな長物、薙刀らしき得物を作っていく。 ……訂正しよう。薙刀にしては刃が大き過ぎる。柄の先に長大な青龍刀を埋め込んだが如くの迫力、あれではまるで青龍偃月刀だ。亡霊は武器を頭上で円を描くように回し、威嚇にも似たプレッシャーを放ち始めた。
『俺たちに敵意はない。が、これは仕方ないよな? 奴さん、敵意むき出しだ。うん、仕方ない』
これはれっきとした正当防衛他ならない。
『ケルヴィン君。私の調査した情報の中に、魔王グスタフは身の丈もある大薙刀を扱っていたって伝承があるけど、良いのかな?』
『あれがグスタフを騙る偽物って可能性も捨て切れないだろ。それにグスタフだったとしても、向こうがやる気なら話し合いは成り立たない。いや、魔王相手に話し合いでどうこうしようとしていた俺がそもそも間違っていたんだ。語るなら拳で語れ、グスタフもきっとそう思ってる』
『ええー…… あ、でもセラさんのお父さんなら、その可能性も無きにしも非ず? ま、いっか。ケルヴィンが楽しそうだし。いいねー笑顔が可愛いねー』
笑っている自覚は全然ない。しかし、格好良いは兎も角可愛いは初めて言われたな、戦闘時の笑顔。そろそろどんなものか確認したいが、戦闘時に鏡を見ろというのも無理な話だ。んー、獣王に俺の姿に変身してもらって、笑顔を真似してもらうとか――― ああ、駄目だ。レオンハルトは女性にしか変身しないんだった。くそっ、変態さんめ!
『来るぞっ!』
俺の並列思考が無駄な思考を巡らせている間にも、魔王の亡霊は駆け出していた。偃月刀の刃先を地に付けながら、引きずるように携える。土を抉り、草々を舞い上がらせながら奴が俺たちに接近。大柄であると思われる亡霊だが、速い。恐らくは同サイズのジェラールよりも。
―――ブォン!
瞬く間に詰められる距離。鋭い斬撃が横払い気味に放たれ、俺とアンジェは後方へ跳躍して躱した。そして丁度奴が武器を振るい終わり、隙を見せたところでお返しをしてやる。
『 煌槍(レディエンスランサー) 』
『粉砕沈子!』
無詠唱により生み出される光の槍と、アンジェの袖下から分銅の塊が放たれる。俺が狙うは得物を持つ右手、アンジェは軸足だ。今の疾走で魔王の亡霊の瞬発力、スピードは把握した。あれが全力であるとすれば、この距離から繰り出した攻撃は当たる。俺がそう確信していると―――
―――ゴウッ!
奴の偃月刀が、突如火を吐き出した。放出される炎の力に押され、奴はそのまま横にスライド。紙一重で攻撃を回避してしまった。威力は著しく下回るが、あの運用の仕方は火竜王がして見せた移動法と同じ発想か。刃の裏面に放出口を付与する事で、回避行動以外にも武器の威力増加にも使ってきそうだな。
偃月刀に炎を灯した亡霊は靄の残滓を拡散しながら、速度を上げて再び接近。駆ける、というよりはホバーに近い。あれだけのスピードで、あの特殊な偃月刀で広範囲を攻撃できるとなれば、確かに普通の悪魔では対抗できそうにない。視認さえできず、できたとしても紅い靄と人影が瞳に映るだけ。得物の炎はさしずめ火の玉か。確かにこれでは亡霊だ。どう見積もってもS級モンスター程度の実力は秘めているだろう。だが―――
『こいつ、俺たちの攻撃を避けちゃったもんな。姿を消すでもなく、無理やりに回避した』
『百歩譲ってケルヴィンの魔法はいいとして、私の攻撃まで躱したもんね。幽霊の線は薄いかなー。少なくとも、あの一瞬で移動する能力は短時間で使えるものではないみたい』
『ああ、残念だな……』
非常に残念なお知らせだ。たぶん、このモヤモヤさんはグスタフではない。確かにこいつの機動力は目を見張るものがあり、ジェラールを凌ぐだろう。炎を使い出したら更に速い。
……まあ、だから何だという話になるんだよな。そもそもジェラールの持ち味は全く別のもので、奴の攻撃なんて盾で防ぐ必要もない程に頑丈、却って攻撃側の武器が粉砕されるかもしれない。そしてその速さだってセラやリオンに遠く及ばず、俺にさえ劣ってしまう。唯一期待した瞬間移動らしき力も使う気配がない。これが元魔王? グスタフ? お前、それは愛娘であるセラに失礼ってもんだ。
『って事で、アンジェ』
『うん、了解。終わらそっか』
向かって来た亡霊に、今度は真っ向から向かってやる。炎で威力と速度を増加させた偃月刀を即座に放ってきたが、振り払われた長物の軌跡を追うようにして近づいたアンジェの鎖が、瞬時に偃月刀の柄に巻き付いてギリギリと拮抗。攻撃が停止する。
『あ、やっぱ実体はあるのね』
確認が済んだところで、何時ぞやに真似たセラの戦法応用編。白魔法を拳に纏わせ、靄が渦巻く亡霊の腹部へと叩き込む。メキメキッ、と鈍い音が体内で響く。次いで纏わせた 神聖天衣(ディバインドレス) の効果により、紅の靄が一気に四散。局部に集中させた分、効力も高まった感じかね。
『どれ、亡霊さんの正体は……』
紅で埋め尽くされていた阻害要因が消え去ったところで、モヤモヤさんのお顔を拝見タイム。
『ってこれは―――』
『ゴ、ゴーレム?』
魔王の亡霊の正体、それはゴーレムであった。ご丁寧に頭部には紅で染まった髪が、顎下には髪と同様に紅色で髪以上に長い髭が付けられていた。この立派な髭がグスタフを『紅髭公』と呼んだ由来だったか。アンジェが言った大薙刀の件といい、部下悪魔君から聞いていたグスタフの特徴といい、このゴーレムは魔王グスタフを似せて作っているとしか思えない。
『むっ。ケルヴィン君、このゴーレムまだ動くみたいだよ。大薙刀を振るおうとしてる!』
アンジェが持つ鎖が未だギチギチと鳴っている。グスタフ型ゴーレムが作られた経緯は分からないが、まだ動く元気があるようだ。
『一先ず、再起不能にするか』
鎖で強制的にゴーレムを地面に倒してもらい、俺がその場に生成した数本の 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) で串刺しにする事で、ゴーレムは機能を停止した。