作品タイトル不明
第336話 ラミアなミノさん
―――ドクトリア城
ドクトリアの祖先は無限毒砂より流れ出でる過酷な環境に適応する為に、独自の成長を歩んで来た。生まれながらにして毒の類に耐性を持ち、少量であれば毒薬にも耐えうる力を備えたのだ。古より彼の一族は毒見役や薬師として重宝され、一定の成果を上げていた。そんなドクトリアが軍事に注力するようになったのは、先代の王からの事であった。
「禁忌の地に踏み入れ、地上を目指す。さすればまだ見ぬ資源が、富が、幸福が、我らを待っているだろう」
まるで神から啓示を授かったのかの如く、その時の王は言い放った。臣下達はこの言葉に不安を覚えはした。しかし地下世界に長らく続く戦乱の情勢、砂漠に隣接し資源に乏しい国の有様は、否が応にも軍備強化をしなければならない状況にあった。あくまで将来の選択肢の1つとして考えるのであれば――― 消極的ではあったが、当時の臣下達はそのような考えで軍備を強化し始めた。
同時に先代国王は地上へと繋がる無限毒砂の調査を命じた。より多くの兵を地上へと送る為、安全なルートを確保しようとしたのだ。如何に彼の一族が毒に強くとも、地獄の砂漠から滲み出る猛毒は明確に害でしかない。長時間浴び続けでもすれば、確実に死に至るだろう。その上、砂漠を徘徊するのは猛毒を餌とする為に住み着いた、恐るべきモンスター。毒に対する耐性も、地力も、全てが化物染みている。そんな奴らを相手していては、とてもではないが地上になんて辿り着ける筈がない。だからこそのルート確立だ。毒の濃薄を直に調査し、比較的毒のない道を探し出す。何十にも変化を重ねる広大な毒砂漠での、気が遠くなるような地道な作業。調査は国王が変わるまで続き、近頃になって遂に転移門への道を発見したのだ。
―――ケルヴィンが路地裏に向かう頃より時は遡り、ドクトリア王国の城へと移り変わる。
「よろしかったのですか? 軍の半数を遠征に出してしまって」
臣下の声に反応したのは、紫色の巨体である。大蛇の下半身がラミアのように床を這いずる。主たる上半身は美女、ではなく獰猛な牛の姿をしていた。王座に座るこの蛇の足を持つミノタウルスこそ、ドクトリアの現国王であった。
「先代の願いであったからな。それにだ、グレルバレルカが衰弱して他国との休戦の狭間にある今でこそ、次の戦に向けて力を養なわなければならない。恐らく次は、どの国もグレルバレルカの地を避けての戦いになるだろう。あそこには正体の分からぬ亡霊がいるからな。となればそれ以外の戦線は広がり、物資が必要となる。周囲を戦国で囲まれたこの国に貿易を選択する余地はない。だからこその地上だ」
「……前国王は、この状況を見越していたのかもしれませんな」
「野心に溢れ、先見性のあるお方だった。魔王グスタフが亡き後に立国された国は多く、このドクトリアもまたそうだ。ドクトリアを更なる強国へと押し上げなければ、遅かれ早かれこの国に未来はない。グスタフが先にしたのと同じく、地上を取る事で余は新たな魔王となろう」
「ふふ、あの小さかったガリア様が立派になられて…… おっと、目にゴミが入ったようです。少しの間、席を外させて頂きます」
「……ッフ、爺よ。ゆっくりと目を洗って来るといい」
王座から爺と呼ばれた臣下が出て行くと、広い部屋の中は国王のガリアのみとなった。ドクトリア王は瞳を閉じ、過去を想う。
「小さき頃より厳しく、余が恐れていた筈の爺が涙を流す、か。此度の遠征、必ずや成功させなければならないな」
「あ、ごめんね。それは無理だなぁ」
「―――っ!?」
突然背後より聞こえて来た女の声に対し、ガリアの反応は随分と速かった。王座の横に立て掛けた大斧に手を伸ばし、王座ごと斬り捨てようとしたのだ。にも関わらず、王が声を発する間もなく口を紐で括られ、両手蛇足までもが拘束されてしまったのは相手がそれ以上に、尋常でないレベルで速い事を表していた。
「さっきの会話から察するに、貴方がこの国の王様で合ってるよね?」
「………っ」
喋ろうにも口は紐で閉ざされ、力づくでこじ開けようにも女の怪力には及ばず、どういう訳か足の感覚がない。王は瞳を動かす事しかできなかった。視界の外側に僅かに見えたのは、黒猫の耳のような何か。状況が状況でなければ癒しをもたらす存在である。
「あ、今動揺した。動揺したよね? いやはや、警備があまりにチョロ過ぎたから、影武者かとも考えたんだけど。私、昔から運がないから一発で当てるって珍しいからさ。それにしても大きいね。3メートルはあるかな?」
驚きの言葉を上げるが口調は軽快。されど言い得ぬ凄味を帯びた女の声に、ガリアは嫌な冷や汗を自然と流してしまっていた。
「ま、何とかなるでしょ。たぶん」
女が気軽そうにそんな事をいう頃には、下半身だけでなく全身の体が脳の命令を受け付けようとしなくなっていた。自身の体によくよく目を落とすと、小さな針が幾つも肌に刺されている事に気が付いた。尤も、その直後にガリアは意識を失ってしまう。
「袋に入れてー、これ担いでー、誰にも見つからずー…… ああ、うん。余裕か。でも少し疲れた姿を見せた方が―――」
そんな独り言を耳にしながら。
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―――ドクトリア王国
「……牛だな」
「牛ね!」
「王様だよぉ」
失礼な! とでも言いたげなアンジェ。でもな、思った感想を素直に言っただけなんだ。アンジェの担いでいた袋を解いたら牛の顔がこんにちは。これがこの国の王様ですと言われても、「う、ううん?」としか反応できない。
「セラ、王族ってのは人型に近いとか言ってなかったっけ?」
「全部が全部、って訳ではないわ。私も勉強した知識から話しているだけだしね」
「大丈夫だよ、ケルヴィン。見方によってはミノタウロスは人型に似てるから。 ……足は蛇だったけど」
袋に隠れている部分は牛でもないらしい。俺はもう気にする事を止めた。
「む、う……」
「おっと、口に紐を付けたままじゃ話す事もできないよな。 ……あれ? アンジェ、何か薬でも使った? 意識が微妙に朦朧としているけど……」
「うん、睡眠薬と痺れ薬をかなり。毒に耐性があるって話は聞いていたけど、加減が難しくって」
「かなりって、お前……」
さっきビクッとしたのは生命本能か何かだったんかね? それとも痙攣か?
「大丈夫だよ、ケルヴィン君の白魔法に期待していたから!」
全て計算済みさ! とでも言いたげなアンジェ。本当か? 本当なのか!? 牛の王様大丈夫なの!?
「 全晴(ベネディクションキュア) 」
「ッハ!? こ、ここは……?」
大丈夫でした。
「だから言ったのにー」
「ケルヴィンは少し天然なところがあるものね! アンジェ、私たちがしっかりしましょ!」
「そうだね、セラさん!」
「その流れはおかしい、おかしいぞ。ってか、これから真面目な話するからな」
「分かったわ!」
「はーい」
たぶん反省していない2人は一先ず置いておくとして、袋から顔だけを出した状態で未だ困惑いている牛さんと向き合う。
「こんにちは。ドクトリアの国王、ガリア・クド様ですね? 突然の、それもこのような形での謁見となってしまい、大変申し訳ないのですが、本日はガリア様にお願いしたい事がありまして―――」
ガリアの首に顕現させた 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) の大鎌をあてがい、笑顔を作る。
「―――地上に侵攻して来た責任、取ってくれますよね?」