作品タイトル不明
第306話 仲直り
―――デラミス宮殿・転移の間
コレットが台座に手をかざすと、転移門が眩い光を発してゲートが開かれる。やがてゲートより現れる人影は4つ。それは俺にとって見覚えのある奴らの姿で、以前の別れからそこまで月日は経っていないというのに、どこか懐かしくも感じられた。
「あ、ケルヴィンだ」
「よ、久しぶり」
軽く手を上げて挨拶すると、向こうも同じように返してくれた。先頭を歩いていたのもあって、まず声を掛けてきたのはシルヴィアだ。んん? シルヴィアって寒がりだったっけ? シルヴィアの首には長いマフラーが巻かれていた。本日のデラミスはぽかぽかと暖かい春日和、薄着でも丁度良いほどの温度だ。昇格式での試合では氷の魔法を使っていたし、意外と寒がりだったとか、そんな様子はなかった筈だけど。かなり寒い地域からやって来たとか?
「ああん!? ケルヴィンだと!?」
ああ、その線はないなと確信する。大きな足音を鳴らしながら次にゲートから現れたのはナグアである。ナグアが着るのはインディアンのような民族衣装で、上半身はほぼ裸に近い服装となっている。いくら屈強な獣人であるナグアでも、雪山などでその恰好はないだろう。
「こら、ナグア。またそうやって喧嘩腰で…… あー、酒場の悲劇を思い出しちゃった」
「あれは見事な負けっぷりだったからな。あっしも目に焼き付けているぞ」
「忘れろや! 今直ぐ忘れろ!」
「ナグア、大丈夫ですよ。誰にだって恥の1つや2つはあるものです。ナグアの場合、今更それが増えようとも誰も気にしません」
「ん、そうだね。ナグアはやればできる子」
「………」
仲間達に引き続き、シルヴィアにまで肯定されたナグアは放心状態になってしまっている。それにしても懐かしいなぁ。酒場でセラに1発で、ん、4発だったかな? まあいいや。兎も角、自分が売った喧嘩でセラに瞬殺されてしまったナグアは自業自得ではあるが、少しばかり可哀想なほど見事に敗北したんだった。あの負けっぷりは俺もよく覚えている。
しかし、続いてぞろぞろとお出でになった。シルヴィア、ナグア、エマ、コクドリ、アリエル。皆あの時と何ら変わっていないようで何より。 ……でもないな。西大陸で何をやっていたんだか、一様にレベルが上がっている。ナグアでも刀哉と良い勝負ができそうなくらいだ。特に気になったのはシルヴィアとエマだが―――
「……ルノア。アシュリー」
俺の背に隠れながら、シュトラが小さく声を出した。
「……! おい、今何て―――」
シルヴィアとエマの本当の名前を呼んだシュトラに警戒したのか、ナグアが食い付く。立ち直りの早さが素晴らしいな君は。
「シュトラ!?」
「嘘、シュトラなの!?」
「ぐわっ!」
しかし残念なことに、シュトラへの関心はシルヴィアらの方が高かったようで、ナグアは無残にも押しのけられてしまった。「またか」とばかりに後方でコクドリとアリエルが額に手を当てている。どうやら西大陸でも相変わらずだったようだ。
「……あれ? 何か小さくなってない?」
「……可愛い」
ああ、そうか。まずはその説明もしなきゃいけないのか。
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―――デラミス宮殿
転移の間から客室に移動した俺たちは、シルヴィアらが離れた後のトライセンの話をし、エマからこれまでの経緯についての話を聞くこととなった。
「―――ということがあってね、トライセンから身を引いたの。仮にも魔法騎士団の将軍だったルノアと、その副官だった私。軍から抜けると素直に言えば引き止められることは分かり切っていたから、できるだけ勘付かれないように去ったんだ」
エマの話を纏めるとこうだ。孤児院でシスター・マリガンから聞いていた通り、孤児院を立ち上げたシスター・エレンの行方を捜す為に2人はトライセンの地位を捨て、冒険者となった。シスター・エレンは2人にとって母も同然の存在、その彼女が突然に手紙を寄越さなくなったのが原因だ。文通での最後のやり取りには、こう記されていたそうだ。
―――持病が悪化してきました。孤児院からお暇を頂いて、治療に専念しようと思います。手紙での連絡も、これ以降はできなくなります。でも、心配しないで。私は必ず貴女達のもとへ戻って来ますから。それと、ここからは私個人からのお願いです。私を探そうとしないこと。できることなら、東大陸から離れること。立派に成長した貴女達にこう言うのもおかしな話ですけれど、良い子にして待っていてください。私の心はいつも貴女達と一緒にいますから。ルノア、アシュリー。どうかお元気で。
急いで書き記したのか、いつも書かれていた丁寧で綺麗な字はやや崩れ、文章も必要最小限のことしか伝えようとしない内容だったそうだ。しかしながら、この文章は不味いだろう。自分を捜させないように、そして東大陸から離れるようにするのが目的だったんだろうが…… シスター・エレンの意図は違うかもしれないが、これでは自身の余命があと短い。東大陸のどこかで治療しているけれども、治る見込みは薄い。でも、気に掛けないでほしいとも捉えることができる。そりゃあ、シルヴィア達だってトライセンを飛び出すってもんだ。実際、冒険者となってからは東大陸中を捜し回っていたようだし。
「シュトラ、その、ごめん……」
後ろめたい気持ちで一杯になってしまったのか、シルヴィアとエマは揃ってシュトラに頭を下げる。シュトラは静かに、ジッとその様子を見詰めていた。記憶を失ったシュトラが、その時の状況をどう思っているか、俺には計れない。親友に裏切られたと憎んでいるのか、それとも許そうとしているのか。魔王ゼルの都合の良いように記憶を弄られ、ひょっとしたら、その時の記憶と幼い時の記憶が混同してしまっているかもしれない。
エマの言い分は理解できる。武力を第一としていたあの頃のトライセンのことだ。辞めると言ったからと「はい、分かりました」なんて了承が得られる訳がない。ましてや軍部の頂点の一角となったシルヴィアなど、機密の1つや2つを知っていた可能性もある。2人はその時のトライセンの空気を間近で感じ取っていたんだろう。最悪、裏で消される可能性だってある。将軍の力を使って捜索するも見つからず、これ以上の成果を上げられる見込みもない。となれば、後は自ら動くしかないのだ。かくして2人はトライセン失踪後に名前を変え、経歴を偽り冒険者となって各地を回ると。
うん。後はシュトラがどう思うかだが―――
「2人とも、私の目を見て」
「「……?」」
頭を上げたシルヴィアとエマの視線が、シュトラのものと交わる。
「えっとね、さっきケルヴィンお兄ちゃんの話にもあったんだけど、私、記憶があやふやなの。ルノアとアシュリーと遊んだ日々が昨日のようにも思えるし、消えちゃったショックも覚えてる。とっても悲しかった。寂しかった。でもね、たぶん…… 私も友達にしちゃいけない、利用するようなことをしていたんだと思うの。だから、その…… また、私と友達になってくれますか?」
シュトラがその白く小さな手を、2人の前に差し出す。大粒の涙を一杯に溜め込んだ蒼き瞳からは、懇願するような視線を送っていた。
「それは、私たちからお願いする言葉だよ」
「うん。そうだ、そうだね。シュトラ、私たちと仲直り、してくれるかな?」
シュトラの小さな手を優しく覆う少女達の抱擁。触れた瞬間、ビクリと手を震わせたシュトラであったが、やがて溜め込んだ涙を吐き出して、屈託のない笑みを浮かべる。
「うんっ!」
シュトラがテーブルを飛び越え、シルヴィアとエマを抱き締めた。 ……影でコレットが涙で頬を濡らしていたが、今ばかりは巫女らしく、本物の聖女のように見えた気がした。