作品タイトル不明
第300話 新たなる旅立ち
―――英霊の地下墓地・第8層
「……おい、これは何の冗談だ?」
ケルヴィンはあからさまに不機嫌であった。視線の先にいるセルジュは答える。
「何って、予定調和だよ。シスターを担いで逃げるのは、どうやら虫が良過ぎたみたいだね。あーあ、 十字大橋(クルスブリッジ) までは行けると思ったんだけどなぁ」
「違う。俺が聞きたいのは、何で全力を出さなかったのかってことだ。お前、本当に死ぬぞ?」
セルジュはケルヴィンが放った無数の剣を、その身に全て受けていた。研磨された鋭利な剣は防御することを止めたセルジュを貫き、壁に磔にされる形で彼女は座り込んでいる。魔法の効果が残っているのか、その傍らでシスター・アトラがセルジュの腕を掴んでいた。怪我人を静かに労わるかのようなその姿は、普段の粗暴な彼女とは打って変わって本物の聖女のようである。
「ふふっ、そうだね。このままだと、私は確実に死んじゃうね」
ケルヴィンとは裏腹に、セルジュは血を吐きながらも心地良さそうな表情をしていた。
「なぜ俺の攻撃を防がなかった? 致命傷を逃れるくらいの余力はあった筈だろ。それに、あの白い盾だって使ってない」
「あ、見えてたの? 目敏いなぁ、流石はメルフィーナの使徒。 ……まあ、そうだな。こっちの方が確実だと思ってね。鞘である彼女を連れ帰れなかったのは残念ではあるけれど、最低限の仕事をしたことにはなるでしょ?」
セルジュは腕を掴むアトラをチラリと見る。
「……聖槍イクリプスの鞘、か」
「何だ、知ってたの?」
聖槍イクリプス。前神エレアリスの愛槍であるこれは、力を消失させられた状態で英霊の地下墓地に封印されていたと、ケルヴィンはメルフィーナより聞いていた。その力を取り戻す方法はただ1つ、デラミス継承者の正統なる血筋を引く者に内包するというものだ。詰まり、聖槍を内包していたシスター・アトラは教皇フィリップ・デラミリウスの実の娘であり、コレットとは腹違いの姉妹に当たる。実際のところは他にも血を引く子供達はいるようで、最も濃く巫女としての力を受け継いだコレットがその任を引き継いだという訳だ。アトラは母方の血が濃かった為に候補からは早々に外され、赤ん坊の頃に孤児院に預けられた。勿論、自分が教皇の娘であることは知らない。
「いや、シスター・アトラがデラミスの血を引いていたことは結果的に知っただけだ。 聖槍イクリプス(そいつ) の鞘になるってことは、そういうことだろ?」
事実、メルフィーナもアトラがそうであることは知らなかった。アトラにかかった呪術を取り除いた時点で彼女の中にある聖槍の存在に気付きはしたが、その時にはセルジュが姿を現してしまったのだ。フィリップはこのことを余程内密にしておきたかったのだろう。神を信仰するリンネ教、そしてデラミスのトップである教皇が、何人もの女性と子を作っていた。そういった話が漏れるのは何らかのタブーに引っかかり、世間の風評にも関わるのかもしれない。かといって巫女の力は後の勇者の力にも関わる事柄。妥協はできないと、政治的要因が絡まった案件だけに面倒な経緯がありそうだ。
「本当は巫女コレットが理想的だったんだけどねー。でも、あっちは護りが堅いし」
「こんな大規模な誘拐劇をしたのはその為か。だが、大昔に実際の巫女だったアイリス・デラミリウスがいるだろ?」
「代行者? うーん。代行者はどういう訳か、鞘として機能しないみたいでさ。半神になったせいかな?」
この勇者、満身創痍な割によく喋る。ケルヴィンが試しにと問い質してみた事柄も、ペラペラと暴露してくれた。
「っと、そろそろ限界みたいだね。暗殺者、一体何の毒を仕込んだのさ? もう殆ど体に感覚がないよ」
コロコロと笑うセルジュは、とても今にも死んでしまう人のようには見えない。しかし、彼女の体を突き刺した刃からは大量の血が滴り、床には血だまりが作られている。流れ出る血の量からして、限界が近いことは間違いない。
「おい―――」
「最後に1つ」
ケルヴィンの言葉を遮り、珍しく強い口調でセルジュが言い放った。
「私が代行者から貰ったギフト、固有スキルの名前は『新たなる旅立ち』。クールダウンに掛かる時間はひと月。クスッ、勇者が死んでしまうとは情けない限りだね。まあ、これも反魂者から聞くといいよ。それじゃ、今度こそ――― またね(・・・) 」
胸に貫通するは勇者の聖剣。自らの心臓を突き刺したセルジュは変わらぬ笑顔のまま、その身から出でた光と共に消えていった。
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―――デラミス宮殿
事を終えた俺たちはデラミス宮殿に戻り、フィリップ教皇、サイ枢機卿、そしてコレットと対面していた。英霊の地下墓地で起こったことの報告をする為だ。
「ふんふん、なるほどね。大方の出来事は理解したよ」
「ええ。ですから聖槍イクリプスは、恐らく奪われたかと……」
セルジュは消え去りはしたが、シスター・アトラはその場に残り無事に助け出すことができた。が、アトラの体には既に聖槍はなく、抜き取られた後であったのだ。セルジュが言っていたギフト『新たなる旅立ち』。その力について捕らえていたエストリアに尋ねたところ、あっさりと答えてくれた。
セルジュはその能力で場所を指定することで、所謂死に戻りをすることができるという。俺の『転生神の加護』に生き返り場所を設定できる機能が付いたもんだと思ってくれればいい。今頃は本拠地に到着していることだろう。鞘としての役割を終えるアトラを残したのは、自分しか能力の対象にできなかったから、らしい。クールダウンが何たら言ってたのも、ひょっとしたら早く来ないとまた生き返っちゃうぞ、という脅しだったのかもな。しかし考えようによっては、用法用量を守って戦えば無限に戦えるんじゃないか? 何度も何度も何度も何度も何度も―――
「おーい、ケルヴィン君やーい」
「あっと、すみません。見す見す敵を取り逃がしてしまった悔しさで、つい」
うん、別に急がなくていいかもしれない。
「何言ってるんだい。大戦果じゃないか! エレアリス様の使徒を相手に、その1人を捕縛。反対派は全滅し、彼らの人質になっていた子供達は全員無事だった。更にはデラミスの守護竜であった光竜王ムルムル様をも生き返らせてくれたんだから。しかもまた守護竜となってくれるって、凄いことだよ!」
「はい! メル様とケルヴィン様の戦果は素晴らしいです!」
軽いなぁ…… ああ、そういえばダンジョン内で俺と戦った崇高じゃなくなった我さんが、この地の守護竜として住み着いてくれるらしい。迷惑をかけた詫びとか生き返らせてくれた礼とか、そんなことを言ってた気がする。正確にはもう竜王じゃないんだけど、それでも上位の古竜だ。
「それに、僕とサイの戦友であったソロンディールとラガットまで…… 何で氷漬けなの?」
「教皇、細かな些細なことなどどうでも良いのです! 古の勇者様まで助け出されるとは、メルフィーナ様は何と慈悲深き方なのでしょう……!」
「色々あったのです。外の日に当てておけばそのうち溶けます」
「えー……」
そうそう、帰り道の途中で氷塊を2つほど持って来ていたんだった。氷塊の中で凍っていたのは、セルジュやフィリップ教皇と共にパーティを組んでいたという古の勇者だった。まだ会話もしていないからどんな奴かは知らないが、見た目はエルフのおっさんと筋肉騎士である。残念ながら、そこまで強い感じはしなかった。
「エフィル、適度に炎で熱を加えて溶かしてあげて」
「承知致しました」
「助かるよ。それで、次は捕らえた使徒について聞きたいんだけど。ああ、処遇はメルフィーナ様に任せるから安心して」
教皇がジェラールにウインクを送る。美少年なだけに決まっているが、当のジェラールは「何でワシ?」と、困惑気味だ。ちゃんと報告を聞いてくれている証拠じゃないかな。
「それよりも教皇。シスター・アトラが教皇の子供というお話は、どういうことでしょうか?」
「コ、コレット。今はその話は―――」
「どういうことでしょうか? 事細かに、正確に、包み隠さず、私にお教え願えますでしょうか?」
親子喧嘩はコレットに分がありそうだ。優秀なコレットは俺たちに迷惑をかけたお礼は必ず教皇から最高の形でもぎ取ると、心強い約束までしてくれた。まあそんなこんなで長い報告を終えた俺たちは、教皇の部屋を後にする。割り当てられた部屋に戻ろうとする間際、サイ枢機卿に呼び止められた。
「戦ったケルヴィン様方に、こんなことを聞くのはおかしいのですが…… その、セルジュは元気そうでしたか?」
俺ら全員と鬼ごっこができる程度には元気だったよ。とは言えない雰囲気だったので、普通に元気だったと答えておいた。