作品タイトル不明
第295話 最強
―――英霊の地下墓地・第10層
クスクスと笑うセルジュ。嫌味のようなものは感じられず、心の底から本当に可笑しそうに表情を緩めた。背丈や年齢は丁度エフィルほどだろうか。祭壇に座りながら足をぶらぶらさせるその様は、どこかそれ以上に幼い印象を受けてしまう。そのようなセルジュであったが、アンジェは気を緩めようとしない。まるで、少しでも目を逸らせば見失ってしまうかのように、白き剣士を凝視する。一方でリオンは急いでメルフィーナに念話を送っていた。
『メルねえ、大丈夫!?』
『ええ、何とか致命傷は避けています。が、これは規格外ですね……』
聖槍を杖代わりにして立ち上がるメルフィーナ。体は白魔法で回復させることができるようだが、防具はそうもいかず、早くも傷だらけの状態となっていた。場所によっては完全に破損している。
「役目を終えた? どういう意味?」
「言葉通りの意味さ。『代行者』の聖域、『揺り籠』を護る必要はなくなったってこと。ここまで話せば暗殺者にも理解できたかな?」
「それは……」
それは使徒が仕えるべき神、エレアリスが復活した。アンジェは言いよどみながらも、セルジュがこんな所にいる意味を少なからず察していた。しかし、これはアンジェ達にとって最悪を意味することでもある。
「気を、付けた方が、いいわよ……」
力なく横たわるエストリアが呟く。
「……助言でもする気?」
「私は、おじ様に、言ったのよ……」
この条件下でエストリアの言葉に耳を貸すアンジェではなかったが、残念ながら意見は一致していた。
『皆、気を引き締めて。彼女は序列第4柱のセルジュ・フロア。セラさんのお父さんである魔王グスタフを倒した先代の勇者だよ。そして…… たぶんこの世で最も強い人物が彼女』
その強さを強調するかのように、アンジェは十分に間を溜めて 全員(・・) に忠告する。
『こ、この世でって、メルねえやプリティアちゃんよりも?』
『少なくとも、使徒の中では間違いなく最強だよ。しかも私やジェラールさんは万全じゃないし、私たちの最大戦力であるそのメルフィーナさんでも……』
『正直、歯が立ちませんね。あの場を動かすことも敵いませんでした』
そう言葉にするメルフィーナは、配下ネットワークにセルジュとの戦いのデータをアップした。意思疎通により伝達は一瞬。リオンらに流れて来た映像は、メルフィーナがシスター・アトラを助け出したところから始まった。意識のないアトラを操る 不死の王(ノーライフキング) を聖槍にて滅したメルフィーナは、祭壇の上に寝かせた彼女の治療を開始。呪詛を取り除くことに成功する。後は目覚めるのを待つのみ、だったのだが―――
「転生神メルフィーナ、ちょっと失礼するよー」
出会い頭に挨拶をするような、軽々しい台詞と共に現れたセルジュ。現在と同じ場所に、詰まり眼前の祭壇、アトラの横に腰かけた状態のセルジュに、メルフィーナは声を投げ掛けられる寸前まで、毛ほども察知することができなかった。
「―――!」
瞬きの間に距離を離された。と、そう錯覚した。正確には無意識のうちにメルフィーナ自ら後退してしまったのだが、この段階でメルフィーナはそれに気付いていない。
その後、メルフィーナは青魔法による氷の攻撃で、魔王をも打ち倒した 聖滅する星の光(ルミナリィバースト) で、と間髪入れず攻撃を放った。最初のうちはアトラを配慮する程度に加減はしているようだったが、徐々にその加減は微塵もなくなっていった。何をどうしてもセルジュに当たらないのだ。 氷女帝の荊(セルシウスブライア) を動かすも、荊はセルジュの振った剣で切り取られる。星々の煌めきを宿した光線はセルジュ目前で湾曲し、威力を殺された上で背後の壁へと直撃を繰り返す。他にも試みた方法は幾つかあったが、そのどれもがセルジュには通じなかった。その場に立たせることもできなかった。
逆に攻撃をすればするほどに、メルフィーナは不幸な形でダメージを負っていた。セルジュが薙ぎ払った氷の破片や偶然にも崩れた石柱に襲われ、時にはメルフィーナ自身の魔法が暴発することもあった。起こり得る現象のレベルに恐ろしく差はありはしたが、この現象もまた、刀哉が模擬試合でエリィ、リュカと戦った時に酷似している。そして映像はここで終わり、現在に至る。
『もう分かってると思うけど、セルジュもデラミスの勇者と同様に『絶対福音』を持ってる。もたらす幸運の規模は段違いだけどね』
『ふむ。きっついのう』
『前情報は伺っておりましたが、まさかここまでとは……』
『ううん、彼女に剣を抜かせただけでも偉業だよ。セルジュに攻撃を当てるには、外れる要因を残しちゃいけないんだ。ほんの少しでも可能性があれば、セルジュの幸運は容赦なくそれを引き当てる。点じゃくて面での攻撃がベストかな。もしくはセルジュの幸運を上回る何かで対抗するしかない』
『アンねえ、戦ったことがあるの?』
『……前に本人から聞いたの。彼女、結構暇を持て余していたから、お喋りの延長で自分から教えてくれたっけ』
慢心ではなく、教えても一向に構わないような姿勢。まあ、単に細かいことを気にしないお喋りな性格なだけなのだが、セルジュをそのように形成したのは功績の山があるからでもある。知ったところで、どうすることもできない理不尽な力、それが『守護者』セルジュ・フロアの力なのだ。 ……誰かが聞いていたら、泣いて喜びそうな内容だ。
「そんなに身構えないでよー。私は戦いに来たんじゃなくて、ちょっと話をしに来ただけなんだからさ。神様に対しては、えっと…… うん、自衛みたいなものだよ!」
親指と人差し指を立て、セルジュは良い考えを思い付いた! とばかりにそれを前に突き出す。
「話……?」
「そ。私の目的の1つ目がそれ。暗殺者がいなくなってからさ、気軽に話せる相手が『生還者』と『断罪者』しかいなくって。新しく入った『統率者』はちょっと嫌な感じがするし、代行者は今とっても神経質になってるからさー。ま、久しぶりに自由になった訳だし、こうして足を運んで暗殺者の様子を見に来た訳さ。いやー、反魂者を倒せるほどに強くなったみたいだし、何より元気そうで良かった良かった! うん! あ、反魂者、大丈夫?」
息つく間もなく身振り手振りの仕草を織り交ぜ、次々と言葉を織りなすセルジュ。とても重要そうな単語も混じっていたりするのだが、彼女は全く気にする様子もなく言葉を続けている。旧友と久しぶりに会ったかのように楽し気なのだ。歳相応の女の子、そう思えば違和感はないが、状況がそれを許さない。
「ちなみに暗殺者、彼氏ができたんだって? 今度会わせてよー。そっちの小っちゃくて可愛い子は、もしかして私と同郷かな? うん、きっとそうだ! ねえねえ、何県出身!? 私はね―――」
「「「「………」」」」
しかしセルジュはそんな状況を容赦なく打ち壊す。容赦なく捲し立てる。目を輝かす。
『……アンねえ、この人が世界最強?』
『うん。たぶん…… おそらくは……』
アンジェは自信がなくなってきた。だが、これも油断させる為の作戦かもしれない。だとすれば、なかなかにセルジュは策士である。そう考え直す一同。
「あの、お姉さん」
「フーちゃんって呼んで良いよ。もしくはせっちゃんで」
「じゃ、せっちゃんは別の人と被ってるからフーちゃんで」
「先客、だと……!?」
しかし、その可能性は限りなく低いかもしれない。何とも言えない感覚が脳裏をよぎった。志賀刹那、意図しない形で世界最強に衝撃を与える偉業を成す。
「1つ目の目的がアンねえとの再会なら、まだ別の目的があるんだよね? 2つ目は?」
「おー、そこに勘づくとは目敏いね。私の2つ目の目的はね、これ」
セルジュが、隣で横たわるアトラの髪を一撫でする。
「もしもの為の、聖槍イクリプスの回収だよ。反魂者の保険って感じかな? これを忘れたら、私が代行者に怒られちゃう」
「それって―――」
リオンが聞き返そうとする。が、アンジェが念話にてそれを止めた。
『リオンちゃん、そろそろだよ』
『あ、うん。時間だね』
そろそろ、そう告げられたリオンは背後の階段に一瞬意識を集中させた。大きな力が2つ、猛スピードで近づいているのが分かる。意思疎通で確認すれば、それはより明らかになるだろう。なぜならそれは―――
「 重風圧(エアプレッシャー) ・ Ⅲ(トリプル) 」
「 飛矢極蒼爆雨(メルトフルミネーションレイン) ・直打ち」
最強の勇者の名を聞きつけやってきた、どうしようもなく戦闘狂いな死神と、そんな彼に心酔する爆撃メイドだったのだ。