作品タイトル不明
第294話 激戦の果てに
―――英霊の地下墓地・第10層
「アンねえ、大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと喉が焼けちゃってるけど、ケルヴィンに治してもらうから」
リオンに差し出された手を取り、立ち上がるアンジェ。氷の荊の護りがない今、エストリアが放った魔法は無防備な地表を深く、深く抉った。大聖堂の広間の殆どは瓦礫で埋もれてしまい、まともに歩く箇所も残されていない。そんな中、瓦礫の1つがひとりでに動き出した。
「……ブハッ! おー、いたた…… やっと抜け出せたわい」
ひょいっと自分に被さった瓦礫を退けて、ボロボロになったジェラールがその中から現れる。魔剣に溜め込んだ魔力を使い切り、鎧がところどころ潰され変形してしまっているが、見た目以上には元気なようだ。
「ジェラじいもお疲れさま。大丈夫?」
「おお、リオン! 大丈夫じゃけど、大丈夫じゃないかもしれん! ……肩車していい?」
「それは怪我人にさせることじゃないと思うんだけどなー」
リオンは難しい顔をしながらもジェラールの肩に跨る。ジェラール、ご満悦。
「ごめんね、本当はもっと早くに助太刀したかったんだけど」
「いーのいーの。リオンちゃんのお蔭で何とかなったもんだしね」
リオンは改めて周囲を見回す。空の敵はアンジェの爆炎で全て焼け、 千眼巨人(スタンビートアルゴス) を形成していた者達もエストリアに血を取られてしまったことで全滅した。地上にいた敵もまた、ジェラールの活躍により制圧済み。問題のエストリアの無力化も完了した。アンジェとジェラールのダメージは無視できないものであるが、この戦いは十二分に勝利したと言えるだろう。
「そうじゃのう。全くもってリオンは素晴らしい」
「えっと、何が?」
「孫力が」
兜の上からではあるが、これ以上にないほどにジェラールは真顔である。兎も角、孫成分は取り終えたようで、リオンを肩から降ろす。丁度その時、小さな、本当に小さな掠れた声が投げ掛けられた。
「ず、るい、わねぇ…… 暗殺者はとも、かく…… もう1人、隠れていた、なんて……」
声の主はエストリア・クランヴェルツ。リオンの『絶対浄化』を直に受けた彼女は、本来であれば不死たる吸血鬼の末路よろしく、全身が灰になる筈だった。だが、神へ信仰を捧げたせいか、はたまた加護を受けている為か、衰弱するばかりで一向に灰になる気配はない。このまま始末するのは容易いが、考えようによっては貴重な情報源に成り得る。何せ、彼女はアンジェが神の使徒を抜けた後の話を知っているのだ。一先ずはケルヴィンに判断を委ねることとなった。意思疎通で連絡は既に終わっており、もうすぐこちらに到着する手筈となっている。
しかし相手は吸血鬼の王。放っておけば自力で復活しかねない。やるだけはやっておこうと、劇剣リーサルで3度突っ突き視覚までを奪い、最硬度で金属化させた分身体クロトで拘束しつつ、MPを随時吸収。これによりエストリアの魔力は常に底を突いた状態となり、魔法を使えなくした。MPが枯渇することで何らかのバッドステータスにもなっていることだろう。念には念をとリオンの影にいたアレックスに登場してもらい、影を操ってクロトの上から2重の雁字搦めに縛ってもらう。
後は彼女の杖と胸元に隠し込んでいた『保管』機能のある巾着袋を没収。リオンは中身を覗こうとしたが、その瞬間に中身が凄い勢いで浄化され始めたので直ぐ様に締めた。おそらくは蘇生させる用の遺品やモンスターの亡骸が大量に入っているのだろう。
「でも、甘いわねぇ…… 私を、早く殺した方が、良いと思う、けれどぉ……」
「それを判断するのはケルにいだよ。僕らはそれまでここを死守するだけ」
「まあ、これも何かの縁じゃ。それまで他愛のない話でもしようではないか」
ジェラールは倒れ伏したエストリアの隣まで移動し、そのまま腰を下ろした。
「………(キュン)」
「え? ちょっと、反魂者。何顔を赤らめてるのよ?」
「な、何でもないわよぉ…… さっきの、火傷の熱が疼くだけぇ……」
エストリアは顔を逸らそうとするが、少しも動かないので視線のみを逸らした。しかし、そちらを向けばジェラールの視線とかち合ってしまう。エストリアの視覚は確実になくなっている筈なのだが、あたかも本当に見えているかのように動揺している。もしかすれば、見えない何かを感じているのかもしれない。
「………」
「………」
「そ、そうじゃ! 姫様はどうなった!? ワシ、そちらに参戦しなくては!」
微妙な空気に押されてか、堪らず立ち上がるのは見えてる方のジェラール。メルフィーナの作り出した氷壁に向かってグルリと回る。
「メルさんの戦闘ならもう終わってるよ。 不死の王(ノーライフキング) は無事倒したってさ。ログ見てないの? 今はシスター・アトラの回復に専念してる筈だよ」
しかし、アンジェの抉るような鋭いツッコミによって立ち止まる。
「あはは、ジェラじいにも春が来たのかな? プリティアちゃんに思わぬライバルの出現だね」
「違うのじゃ、リオン! ワシは妻一筋だと何度言えば……!」
「もう十分に面倒臭い三角関係があるっていうのに…… はぁ。私も人のこと言えないけどさ、反魂者の惚れっぽさも大概ね」
「う、うるさいわねぇ……」
わいのわいのと突然の盛り上がりをみせる談笑。長らく本気の恋を忘れていたエストリアであったが、ほんの僅かに、その心に秘めるものが出来てしまったらしい。慈愛の精神によって薄れていたその性質は、文字にすれば狂愛と書いてしまうのだが。
―――ピシッ。
広間を分断していた氷壁に亀裂が走る。ピシピシと立て続けに鳴り響き、それは氷壁全域にまで横断。やがて密集した荊の壁が、氷塊となって崩れ出した。
「むっ、姫様の凱旋じゃな」
「良いタイミングで話を逸らされちゃった感があるけど」
「じゃから、そんことないって」
「メルねえ~」
崩れ落ちる氷壁越しにメルフィーナの名前を叫ぶリオン。しかし、返答の声はない。
「あれ? 聞こえてないのかな? じゃ、念話で……」
リオンは再度念話にてメルフィーナを呼ぶ。
「……おかしいな。返事してくれないや」
「そうなの? 確かにメルさんの気配はあるんだけど―――」
リオンの提示した疑問を解決すべく、アンジェは壁の向こう側の気配を探る。あちらにいるのは、やはりメルフィーナとアトラの気配のみ。 ―――ではなかった。
「!?」
「えっと、アンねえ?」
「皆、大至急戦闘準備! ああ、もう! 何で!?」
珍しくアンジェが慌てふためいている。その様子にリオンとアレックス、ジェラールはただ事ではない事態が起こっているのだと悟り、武器を抜く。次いで配下ネットワークに転送されるアンジェのデータ。その情報が指し示すのは、神の使徒・序列第4柱。
「何でアンタがここにいるのよ、『守護者』!?」
崩れ切った壁の先。そこにあったのは膝を地に付け満身創痍のメルフィーナと、祭壇に腰かけ満足そうに笑みを浮かべる神の守護者、またの名を勇者セルジュ・フロアの姿であった。その隣にはメルフィーナが助け出した筈のアトラが横たわっている。
純白の外装に身を包み、腰に吊り下げる得物が剣であることから、少なくとも剣士であると推測される黒髪の可憐な少女。但し、その剣は普通の剣ではない。リオンらはこの剣を見たことがあった。それもごく最近に。 ―――現デラミスの勇者、神埼刀哉の持つ聖剣ウィルがそれに当たる。厳密にいえば、刀哉の聖剣が大剣寄りの長剣であるのに対し、セルジュのものは細身の長剣である。だが剣に施された装飾、流動する魔力の質。そのどれもが聖剣ウィルに類似していたのだ。直接剣を交えたリオンは尚更そう直観した。
広間を形成する氷の形もまた異様だ。部屋全体で荒々しく波打つ氷の牙が、セルジュの座る祭壇へと迫ったのだろう。その象徴たる歪な氷像が至る所に出来上がっている。だが、その全てが直前で祭壇を迂回するように曲がっていたのだ。その為、祭壇周囲3メートルほどは平坦で、その周囲に刺々しいクレバスが創造されている。またセルジュの背後の壁は崩壊し、何らかの強烈な攻撃の爪痕が残っていた。
「つれないなぁ、暗殺者。折角役目を終えて来たっていうのに」