作品タイトル不明
第293話 あまねく光
―――英霊の地下墓地・第10層
巨躯なる集合体が腕を振るう。ゴウッ、と反動に振るい落された者たちも幾からいるようだが、意に介する様子はなく、それどころか地上へと降り立ち矛先をジェラールへと向かわせた。アンジェは巨人の迫り来る一撃を悠々と躱す。
『鈍いっ! けど、ジェラールさん、そっちにかなりの数が向かったよ!』
『分かっとる!』
ヴァンパイアロードの残りは3体にまで減っていた。そこに空より補充されるは、虚ろな瞳の人間やモンスター。着地に失敗し、そのまま苦しむ者もいることから、その全てが手練れではないだろうとジェラールは察する。しかし、問題は数だ。エストリアの棺からは今も敵が出で、巨人に群がろうと飛び移っている。
『周りを相手しながら ヴァンパイアロード(こやつら) を倒すには、ちと時間が掛かるか…… アンジェ、そちらは大丈夫か―――』
ジェラールが念話を返そうとする。が、上空には巨人をすり抜け宙を舞う竜や悪魔を秒殺しながら、エストリアの棺へと今正に突貫する瞬間のアンジェの姿があった。
「ちょっとちょっと…… 折角の 千眼巨人(スタンビートアルゴス) を無視しないでよぉ」
「暗殺者が一々全部相手する訳ないじゃん!」
そうは言うものの、エストリアが生み出した 千眼巨人(スタンビートアルゴス) には起爆符付の剣が何本も繋がれた鎖が巻き付いていた。突貫する道中、アンジェが巨人に向かって鎖を投擲して巻き付けたのだ。剣の刃にはいくつもの棘が付いており、一度刺されば簡単には抜けない凶悪な構造となっている。等間隔に繋がれた剣は運悪くそこに居合わせた者に突き刺さり、無慈悲に固定。そして―――
―――ドゴォーン!
起爆を開始する。括られた鎖の道に伴って連鎖する爆発は凄まじく、 千眼巨人(スタンビートアルゴス) は供給される以上の数の生命を消失させてしまう。体中はそこらかしこが大きく陥没し、立つこともままならない。
(……創造者からは聞いていない武器。この子もただ恋に舞い上がってただけじゃないのねぇ)
エストリアが白き杖を掲げる。
「 治癒天陣(リカバリーインボウク) ―――」
「遅いって」
エストリアが回復魔法を施そうとするも、アンジェは既に 安息の棺(ユーサネイジア) の境を通り抜けていた。何者の侵入をも拒む絶対の結界も、『遮断不可』を持つアンジェの前には意味を成さない。
「 棺の中(ここ) なら、誰にも邪魔されないよね?」
「ええ、そうね、ってぇ……!」
アンジェの両手には先ほどの起爆符付&棘付き剣、更には黒衣の中にまで同様のものを仕込んでいた。神速の動きで棺の内側を放った鎖で幾重にも覆い、エストリア自身にも同じく投擲する。
「暗殺者ぁ、自爆する気ぃ?」
極楽天(シオン) を振るい攻撃を弾きながらエストリアが叫ぶ。通常の刀剣による攻撃であれば、蝙蝠に変化することで大部分を躱すことができる。毒であろうと彼女であれば一瞬で治癒させてしまうだろう。だが、蝙蝠になろうが広範囲に広がる爆発は回避しきれない。分散する蝙蝠の一匹が瀕死になろうと大したダメージにはならないが、それが全てともなれば話は別。
「大丈夫だよ。私は食らわないから自爆じゃないし。あはっ♪」
キンッ、と新たに懐から取り出した2本の剣の刃を合わせる。マッチ棒を擦るような軽い動作から、金属が奏でる甲高い音。しかし、これに関しては爆発スイッチの代役となっている訳で。
棺内で炸裂するは集中爆発。棺が半透明であることから内部の様子は窺える筈だが、ただただ眩いオレンジ色が表面上に見えるのみだった。直後、ほん僅かに爆発に遅れて解除される結界。破壊されたのではなく、エストリアが自ら解除したのだ。同時に、轟々とその領域の侵食を拡大し始める爆炎。橙色はやがて空に残っていたモンスターらをも飲み込み、大聖堂に大打撃を与えるのであった。氷に包まれたり炎に焼かれたりと、この大広間も随分な迷惑を被っている。
「くっ……」
爆炎の中から落下するように抜け出すエストリア。白く滑らかであった肌は煤で黒く染まり、翼にまで酷い火傷を負っている。それでも回復魔法で一命は取り留めたようだ。
「待っておったぞ、ハニー!」
地上より聞こえる雄々しい声。渋い咆哮を上げながらエストリアを迎えるはジェラールだった。床には斬り伏せられたヴァンパイアロードらと、その取り巻きが転がっている。
「む、待たせたな、じゃろうか? かなり時間を食ったからのう。じゃが、お蔭でワシも 調子が良い(・・・・・) 」
魔剣ダーインスレイヴは吸血鬼を斬ったことで強化され、またジェラール自身も『栄光を我が手に』の効果で底上げされている。正に絶好調な剣翁は刃に黒く渦巻く魔力を御し、最大火力になる瞬間を見計らっていた。
「やだわぁ、ダーリン。私、本気になったら結構尽くすタイプよぉ。でも、ちょっと予想外かもぉ……」
なぜか頬を染めるエストリア。しかしながら、その手にはしっかりと杖が構えられている。
「 救済の罰光(セルベイションレイ) !」
「 天壊(テンガイ) !」
あまねく降り注ぐ破壊の光。臆することなく立ち向かうジェラールは、渦巻き、集約した魔力を刀身に乗せて全力で魔剣を振り払う。 天壊(テンガイ) と名付けられた漆黒の斬撃は光をもその身に飲み込み、威力を殺されるどころか逆に引き上げた。
(これは、私まで届くわねぇ)
エストリアは逸早く危機を察知し、蝙蝠化で分散を計ろうとする。だが唐突に背中からの痛みを感じ、変身に一歩遅れが発生してしまった。背中というよりも、その痛みは左胸、心臓にまで達している。その証拠に、彼女が感じる激痛の発生源、胸元を見れば鋭き剣先が出ていた。それも吸血鬼の弱点のひとつである銀製のものだ。
「暗殺、者ぁ……!」
「けほっ、これでも死なないかぁ」
上空の炎の中から、咳き込みながら飛び出るアンジェ。どうやらあの燃え盛るオレンジ色の炎の中で、銀の剣をエストリアへ投じたようだ。固有スキルの効果時間以上にいた為か、アンジェも無事とはいえない状態である。が、爆炎の目隠しとアンジェの隠密。そしてジェラールの攻撃に警戒心が移っていた為に、生身のエストリアへ一太刀浴びせることに成功した。更に蝙蝠化が遅れた事実も決定因子となった。
「さて、耐久勝負といこうかの」
そう言葉を残し、エストリアが放った 救済の罰光(セルベイションレイ) の中へ消えていくジェラール。剣を振るった直後である為、満足に盾も構えていない無防備な態勢での言葉である。であるが、それがどうしたと言わんばかりの力強さがそこにはあった。そして、エストリアに向かうはそのジェラールの置き土産、 天壊(テンガイ) 。
(……いやん、やっぱり素敵)
漆黒の中にエストリアが消える。 天壊(テンガイ) は 救済の罰光(セルベイションレイ) を、エストリアを、空の爆炎を、大聖堂の天井をも斬り裂き、自身が開けた大穴の中へ潜った後も破壊を続けているようだ。穴の奥から何かが崩れる音が鳴り響いている。
『エストリアは……?』
視覚的には何も腕の一本も残っていないが、油断はできない。首を裂いても心臓を貫いても死なないエストリアの生命力は脅威だ。アンジェは察知スキルでエストリアの気配を探る。
「……キィ」
「発見っ!」
確認できたのは3匹の蝙蝠。恐らくはエストリアの分身であろうそれらが、別々な方向から蹲る巨人の方へと向かっていた。アンジェは痛む体の悲鳴を無視して最後の狩りへと飛び出した。1匹、2匹と始末していくが、最後の3匹目は巨人へと辿り着いてしまう。
「くっ!」
「はぁ、はぁ…… 惜しかったねぇ、暗殺者」
元の姿に戻ったエストリアの姿は酷い有様だった。息は切れ、半身がなく、あったとしても血みどろ。そのような無残な有様の彼女は、 千眼巨人(スタンビートアルゴス) から血を集めていた。一度譲り渡した自らの血を、利息と共に取り立てるように。巨人を形成していた一端であった者達は痩せ細り、みるみるうちに骨と皮の状態になっていく。代わりに、エストリアの唯一残った手の目先には、大量の血が集まっていた。
「私を成す蝙蝠が一匹でも残っていればぁ、何とか生き延びれる…… 『生還者』ほどじゃないにしても、生命力には自信があるのよぉ。そしてぇ、この徴収した血があれば―――」
「―――全快するのかな?」
エストリアの眼前にて声を発するは、リオン・セルシウス。隠密状態で機を窺っていたリオンは、エストリアが集めた血を彼女の手と一緒に電撃で消し炭に。同時に固有スキル『絶対浄化』を解き放った。