軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第289話 暗躍

―――英霊の地下墓地・第10層

英霊の地下墓地、最下層である第10層。前神エレアリスの愛槍『聖槍イクリプス』を安置するこの最重要区画は、これまでの階層を潜り抜けて来た者にとっては驚くほど手狭に感じることだろう。階段を下った先はひとつの空間が広がるのみ。地上のデラミス大聖堂と相似的な白と銀の聖域は神々を祀るには相応しく、熱心なリンネ教信者であれば喜びのあまり失神してしまうべき場所なのだ。

最奥の壁に掛けられるは神を模る神像。メルフィーナとは異なる外見からまったく別の女性であることが理解できる。その下にあるは純白の祭壇。何もかもを飲み込んでしまいそうなその白は、見る者を癒し、同時に畏怖してしまうような不可思議な感覚に陥れる。

しかし、真に注目すべきはその祭壇の上。仰向けに倒れるシスター・アトラの姿だろう。怪我や衣服の損傷はなく、その身を拘束するものは何もない。ただ、祭壇に寝かされている。そのような状態だ。

「アトラ…… 良かった、無事みたいです」

ホッとその豊か過ぎる胸を撫で下ろすのは、第8層にてメルフィーナとジェラールに救出されたシスター・リーア。本当であれば救出した非戦闘員を連れて行くことなどしないのだが、彼女が口にした"生贄"という言葉がそれを許さなかった。

彼女らを攫った人物がそのように口を滑らせたところを、こっそりと聞いていた。シスター・リーアはそう話した。彼女の言葉を信じるとすれば、事は一刻を争う。そして最下層の最も近くに居たのは自分たちの組。助け出した彼女を地上に送り届ける暇などありはしなかったのだ。ということで、ジェラールの肩に乗せられたリーアは道中酷い揺れの体験こそはしたが、何とか五体満足の状態でここまで到達することができた。

周囲にアトラ以外の人影はなく、また誰かが隠れているような気配は感じられない。アトラを助けるならば今しかないだろう。これはまたとないチャンス……!

「罠、でしょうねぇ……」

「罠、じゃろうなぁ……」

「え?」

口裏を合わせたかのように同じ言葉を言い放つ2人。自らの考えと対照的な反応を示したメルらに、リーアは戸惑ってしまった。

『何体か、この場にそぐわない方々がいらっしゃいますね。シスター・アトラに近づいた瞬間に不意をつくつもりでしょうが、殺気が駄々漏れです。使徒にしてはお粗末な気もしますが……』

『じゃが、このまま待つ訳にもいくまいて。ワシが行くとしますかの?』

『……いえ、私が行きましょう。ジェラールはシスター・リーアの護りに集中していてください』

聖槍ルミナリィを携え、メルフィーナがゆっくりとした足取りで前に出る。メルを信じ、ジェラールは守護すべき 対象(リーア) の安全を第一とし、また男の夢と希望が詰まったところからいったん視線を外し、その質をより高度なものへと高めるのであった。シスター・リーアはあわあわと神に祈りを捧げることしかできない。

階段より祭壇へ近づき、大よそ半分の道のりを歩み終わった。ここまで来ればアトラの顔までよく見える。その表情は穏やかで、まるで優しい夢でも見ているかのよう。ゆっくりと胸が僅かに上下していることから、呼吸も問題なく行っている。

『……襲撃、未だなし。視線は感じますが、まだ来る気はないようですね』

『姫様、もう魔法でズバーンとやっちゃった方がいいのではないか? ほれ、王がいつもやってるではないか』

『それも手ですが、アトラの安全が確保できるまでは避けたいですね。それにこの場所はデラミスに置ける重要な聖地のひとつ、無暗に破壊はしたくないのです。死者を弔う尊き場を荒らす不届き者は、この手で確実にやると致しましょう……!』

『おお、こわ。くわばら、くわばら』

今日のメルフィーナは何に触発されたのか、珍しくも神様らしさに満ちていた。しかし、そんな女神の未来の旦那さん候補が、第6層にて重要な墓碑と霊室のひとつを完全粉砕してしまった事実を忘れてはならない。まあしかし、仮にそれが露見したところでこの女神は手のひらを返して笑って許すことだろう。恋は盲目、なのかもしれない。

『さて、そろそろですかね』

メルフィーナはあと2歩3歩でアトラに手が届く距離にまで近づく。瞬間、取り囲むように隠蔽していた殺意が膨れ上がり、柱や装飾品の物陰、その八方から炎や雷といった別種の魔法が飛来。殺意をむき出しにした魔力の塊はメルどころかアトラをも巻き込まんと、なりふり構わぬ出方をしてきた。

急接近する全てがA級相当の攻撃魔法によるもの。発射数からして隠れている数は8。同時に放つ統率された動き、詠唱までの時間が僅かであり、実力も申し分ないものと推測される。

「 氷女帝の荊(セルシウスブライア) 」

だがそれも一般の認識で語った場合の話。メルフィーナが相手では分が悪いにも程がある。メルフィーナが生み出した美々しい氷の荊は小型のドーム状に彼女らの周りに張り巡らされ、属性の異なった過激たる攻撃から内部へ伝わる衝撃を完全にシャットアウト。攻撃を受けた茨自体も傷ひとつ付けられていない有様なのだ。

「「「……!?」」」

氷女帝の荊(セルシウスブライア) はそれだけでは終わらない。攻撃を受ける合間にも床より稼働領域を拡げ続け、飛来する魔法を防ぎ切った時には身を隠した者達の足元にまでその手を伸ばしていた。荊に足を取られたら最後、瞬く間に荊は襲撃者の体に絡み付き、指先を動かすことさえも禁ずる枷と化す。

『はい、戦闘終了です♪』

『……のう、姫様。無暗に破壊はしないのでは?』

ルンルン気分で荊のドームを解くメルフィーナの周囲、というよりも床や壁、天井に至るまでが 氷女帝の荊(セルシウスブライア) で覆われてしまっている。これでは荘厳な大聖堂の氷漬けである。ジェラールとリーアの直前で止まってはいるが、室内の殆どが埋め尽くされてしまっている。

「あわ、あわわわわ……」

シスターであるリーアなどは声と体を震わせている。寒いのか恐れ多いのか、どちらの理由で震えているのかは不明だ。

『この青魔法をジェラールに見せるのは初めてでしたね。ふふ、セルシウス家の紋章の原型ともなった私の荊を舐めないでください。きっちりと敵味方を区別していますので。むしろこの空間を護っているのです。魔王戦でも大活躍の働きでした』

『ほう、便利なものじゃのう。して、敵は?』

ジェラールの疑問に答えるように、8つの氷の荊がパキパキと影から何かを持ち上げる。それは人が入った氷の塊、メルに攻撃を行った者達の成れの果てであった。

『皆高位の魔導士のようですが、恰好や人種が異なりますね。まるで別の国々の者達を寄せ集めたかのような、そんな感じです』

『またか。8層の奴らの仲間じゃろうか?』

『どうでしょう。使徒の姿も結局ありませんし……』

『うーむ』

「あ、あのう……」

念話での考察が続く中、シスター・リーアが我慢できない様子でジェラールに声を掛ける。

「も、もう大丈夫、なんですよね? シスター・アトラを助けても……?」

「む? それもそうじゃな。では、早速起こしてやると―――」

ジェラールが肩に乗せたリーアに振り向く。

―――ドサッ。

振り向き様に何かが横切り、何かが落ちた。ジェラールの振り向いた先からは血が舞い、あるべき顔がなかった。修道服は鮮血に染まっている。詰まり、床に転がるはリーアの……

「あはっ♪」

背後に声。暗殺者と化し、血に酔うような笑みを浮かべたアンジェの姿が、そこにあった。