作品タイトル不明
第231話 赤面
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
「 魔人蒼闘諍(スクリミッジディビリテイト) 」
セラと相対するような蒼き魔力がバールの脚部に集中し、純白の脚甲の隙間からその中へと潜り込んで行く。膨れ上がる膨大な魔力量に耐え切れなくなり、やがて脚甲がはち切れるだろうと言うのは想像に難くない。だが、その脚甲は蒼き魔力と調和し適応するように、新たな姿に変貌していった。セラの 魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ) が拳を中心に赤き魔力の鎧を纏う魔法とすれば、バールの 魔人蒼闘諍(スクリミッジディビリテイト) は脚を中心に蒼き魔力の鎧が纏う魔法。禍々しくも洗練された優美なる形状のそれにより、元々リオン程の背丈しかなかったバールが、今では成人男性の目線よりも高みから見下ろすまでに及んでいた。脚部程堅牢ではないが、頭部には悪魔の角、背には翼、更には尻尾まで顕現して蒼き鎧が覆っている。
「 神聖天衣(ディバインドレス) 」
対してメルフィーナが纏ったのは神聖なる白き天使の翼。 神聖天衣(ディバインドレス) により翼からメルフィーナの各装備へオーラが波及し、浸透する。対峙する2人は正しく天使と悪魔の姿を体現しており、奇しくも以前メルフィーナとセラが戦った光景に似ていた。
「その技、やはり貴女は悪魔なのですね。セラの妹さんですか?」
「これ以上の会話は不要。そう言った筈よ」
その言葉を皮切りに、メルフィーナの聖槍とバールの蒼脚がぶつかるのであった。うーむ…… 意思疎通と並列思考の同時処理でメルフィーナの視点から2人の戦いを覗き見ていたが、バールが悪魔なのは確定だな。そしてセラと類似した技も使うと。セラの 魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ) は固有スキルである『血染』と『血操術』を練り込んだもの。だとすれば、バールのあの蒼いのも何か特殊な効果を秘めている可能性が高い。よし、情報を整理してメルフィーナに送っておいて――― さあ、俺は俺で正念場だ。
「私の想いに応える? 何を? ケルヴィンの首をくれるの? 私と一緒に組織に来てくれるの? それなら歓迎するよ。エフィルちゃんも、リオンちゃんも! あ、でもメルさんは駄目だけど……」
アンジェは気まずそうに答える。
「残念だけどどっちも却下だよ。とてもじゃないが了承できない」
「なら―――」
「だけどアンジェを俺の屋敷に、仲間に迎え入れることはできる。アンジェ、俺と一緒に暮らそう」
「……へっ?」
「今になってアンジェの魅力に気がついたんだよ、俺。それに首をやるのは駄目と言ったが、それはただでは駄目と言う意味だ」
「………」
「時と場合は選んでほしいが、基本は日常のいつでも取りに来ていいぞ! まあ、こっちもただでくれてやるつもりはないから、その度に全力で戦ってもらうけどな。どうだ!? あ、でも狙う首は俺限定に―――」
「ちょ、ケ、ケルヴィン。ストップ、ストップ!」
気がつくと、アンジェの顔が真赤になっていた。あたふたと両手を前に押し出している。
「どうしたんだ? まだ首取りから我が家のルールまで全然説明が終わっていないぞ?」
「私が暮らすのは決定事項なの!? そ、それにその条件なら別に首はいらない……」
アンジェは黒のフードを深く被り、顔の上半分を隠してしまった。しかし下半分は目を凝らさずとも赤くなっているのが分かってしまう。
「……ほ、本気?」
「ああ、本気だ。アンジェが来れば、エフィルやリオンも喜ぶ。何よりも俺が嬉しい」
「………」
長きに渡る沈黙。その間にも背後から奏でられる剣戟が俺の耳に入ってきていた。
「ちょっと、暗殺者! 貴女―――」
「貴女の相手は私ですよっ!」
「ッチ!」
アンジェに視点を合わせつつも、俺の並列思考のひとつはメルフィーナの状況を把握している。メルフィーナの聖槍から放たれる刺突をバールが右脚の蒼脚を折り曲げて受け止め、直ぐ様に反撃に転じている場面だ。息つく間もなく両者から繰り出される白と蒼の連撃の嵐は、更なる狂想曲を闘技場内に奏で続ける。
苦戦しながらもメルフィーナと渡り合っているバールであるが、実はこれ、結構凄まじいことをしている。メルフィーナは自身の固有スキル『絶対共鳴』の効果に従い、俺のステータス値を等分した数値のステータスとなる。ここで重要になるのが人間から魔人に進化するに伴い大幅強化された俺の最大MP値。これを考慮してメルフィーナのステータスを割り出せば、その各数字は優に3000を超えるのだ。これはクライヴと合体した魔王ゼルの能力をも上回る。メルフィーナはまだ様子見といった感じだが、バールも全ての手を曝け出しているようには見えず、底が知れない。
そして気になることがもう一点ある。メルフィーナの 神聖天衣(ディバインドレス) についてだ。自らのみならず相手の能力上昇・減少効果、果ては状態異常をも解除する神聖なるオーラは、本来であればバールの蒼脚、 魔人蒼闘諍(スクリミッジディビリテイト) にも効果を及ぼす筈。しかし、バールの攻撃を受ける度に実際に削り取られているは 神聖天衣(ディバインドレス) の方であったのだ。これがバールの能力に関係しているのかは分からないが、そう言えばセラとの試合の時も――― っと、アンジェがそろそろ返事をしてくれそうだ。
「―――ケルヴィン。私も嬉しい、かも」
長い沈黙からアンジェが口を開き、ポツポツと言葉を紡いでいく。
「私ね、何度も何度も機会を作ろうとしたんだ。でも、なぜか毎回上手くいかなくて…… だからね、ケルヴィンがそう言ってくれて、本当に嬉しい……」
「ならさ、こっちに来いよ。アンジェ。俺たちはアンジェを歓迎する」
「……ありがとう」
アンジェは黒フードを被りながらも、必死に気持ちを伝えようとしている。やがて左手を軽く振るい、何かを投げた。
―――カッ!
唐突に放たれた激烈な閃光。アンジェが放り投げたのは閃光弾か。だが女神の指輪により目くらましの効果は半減。次いでその中から現れるダガーナイフの刃が、再び俺の首にへと向けられているのは見えていた。沈黙の間に施していた 風神脚(ソニックアクセラレート) で全力回避。それでも刃先が掠るのだから、スピードでは勝負にならないな。念の為、 全晴(ベネディクションキュア) を傷口にかけておく。
「あははっ! でもねケルヴィン、それはないよっ! だって私、ケルヴィンを裏切ったんだよ? そんな甘い話、乗る訳ないじゃん!」
先程の恥じる仕草は演技であったのか。フードの中のアンジェの表情は、この状況を楽しむように笑っていた。続け様にナイフが急所目掛けて振るわれるが、俺は愚聖剣クライヴでアンジェのダガーナイフを弾き返した。が、その衝撃が腕に染み入る。どうやら力も俺より上のようだ。実に良い。
「俺は思ったことを言っているだけだよ。それに俺と長い付き合いのアンジェなら知っているだろ? 俺はいつもやりたいことをやっているだけで、別に正義の味方なんて高尚なもんじゃない。今はさ、アンジェがほしいだけだ」
「……っ!」
俺とてこの程度の言葉でアンジェが心を許すとは思っていない。だが僅かに、極僅かにだがアンジェの心が揺らいだのが感じられた。可能性はまだ0じゃない。
「 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) 」
黒杖に死神の鎌を付与し、両手持ちに変える。ケルヴィンは 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を扱う要領で宙に浮かせ、刃先をアンジェに向ける。
「言いたいことは言った。後は行動で示すだけだ。アンジェ、俺は全力でお前を連れて帰る」
「……勝手だね。なら、私はそろそろ本気でケルヴィンの首を貰おうかな。元々それが目的だったしね」
「そうしてくれると嬉しいな」
元々こうなるのも目的のひとつだった訳だし。