作品タイトル不明
第230話 ともだち
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
野生の本能が危険を知らせるのか、彼方で野鳥の群れが大群を成して飛び去って行くのが見えた。それもやむを得ないこと。肉眼でも2人から放出される禍々しい殺気が見える気がするのだ。災害の前触れに敏い動物などは尚更敏感に感じるのだろう。
『エフィル、リオン、セラ――― 皆聞こえるか? 緊急事態だ』
意思疎通で念話を飛ばすも反応がない。試合とはまた異なる周囲に張られた紫色のこの結界、こいつに魔力が阻まれているのか。召喚術も結界外に対して効果がないらしく、うんともすんとも言わぬ無反応のまま。トライセン城に施されていたものと同種のものと推定、しかし用意周到だこと。誰かしら配下ネットワークが途切れたことに気が付いてくれればいいのだが。今俺の魔力内にいるのはボガとムドファラク。そして俺のローブの中にいる―――
『確かに緊急事態ですね。何よりもあなた様を殺した愚行、例えアンジェであろうと許されるものではありません』
『メルフィーナ、起きていたの――― そうか! お前、俺の魔力内で寝たままだったな!』
寝惚けたメルフィーナは日が悪いと酔ったセラ並にHPが削られるからな。疲れてて起こすのを面倒に思っていたのが幸いした。結界内であれば召喚も可能だ。
『……あなた様、存外冷静なのですね』
『何がだ? 戦闘では興奮はしても冷静であるべきだろ』
『いえ、その…… 友人であるアンジェの裏切り、ショックではなかったのかと』
『………』
裏切り、か。流石の俺だって衝撃ものだったよ。信頼していた友達に殺されたのだから。ショックを受けない筈がない。だが、それ以上に納得してしまっている自分もいるんだよな。理由は自分でもよく分からないが…… アンジェと親しかったセラやリオン、男で言えばジェラールもそうだが、アンジェは俺に好意を抱いていると口々に言っていた。俺だってアンジェに好意を持っている、友人としてさ。でも皆が言っているのはエフィルやセラのような異性に対しての感情だ。俺は以前からどうもそこが分からなかった。
「ケールヴィン♪」
変わらぬアンジェの笑み。あの笑顔でこれまで音もなく背後に立たれたことも多々あったっけ。その度に俺は驚き、ゾクゾクしたものだ。あのステータスで(結果的に偽装していたそうだが)、俺を出し抜く技量があったのだから。レベルを上げ、成長すればどれ程の実力に至るのか、心を胸を高鳴らせたものだ。
『……ああ、そうか』
『あなた様?』
好意の裏に、アンジェは俺の首がほしい程の狂気を孕んでいた。一方で俺は好意の裏に、完成したアンジェと戦ってみたいと感じていたんだ。なるほど、これでは一般的な恋慕と指摘されてもしっくりこない訳だ。似ているようで、全くかけ離れた感情なのだから。しかしだ、ある意味これは―――
『―――俺は、アンジェに恋していたのかもしれないな』
『あなた様っ!?』
そう考えれば自然と鼓動が跳ね、口角が上がってしまう。
『ここ最近で一番良い笑顔なのは良いのですが、その台詞は聞き捨てなりません! 妻の前で堂々と浮気発言はどうかと! どうかとっ! ……むむっ!』
ああ、そうだ。俺たちの関係はこう言った方がしっくり来る。俺たちは元々仲の良い 好敵手(ともだち) だったんだ。どうしよう、アンジェの顔を見るとドキドキが止まらない。これは今直ぐやるしかないではないか。
『……ああ、そうでした。こと戦闘が絡むとあなた様も狂っていたのでしたね』
『だから人の心を読むなといつも言っているだろ。まあ、それなら話が早いか。メルフィーナはバールの相手を頼む。俺はアンジェの想いを受け止める』
『その言い方もまた不満ですが、寛大な心で従いましょう。正妻として!』
よし、念話による高速会話はいったん終了。俺はバールに背を向け、アンジェと対峙する。
「ここが死地になるなんて、戦闘狂の貴方にとっては本望じゃない? ……って、どこ向いてるのよ?」
「ケルヴィン?」
「アンジェ、今まで気がつかなくてごめんな。アンジェの想い、全力で応えようと思う」
亜空間に繋がる『保管』に手を入れ、右手に黒杖ディザスターを、左手に愚聖剣クライヴを構える。
「無視……? ふうん……」
背後ではキィーンと甲高い音が鳴り出しているが、今はそれどころではない。それどころではないのだ。それに俺の背中は心強い女神が護っている。
「無視とは何ですか。貴方が相手しているのは召喚士なのですよ?」
魔方陣の光と共に現れたメルフィーナが聖槍ルミナリィの槍先をバールに向ける。
「―――転生神、メルフィーナ」
「今はメル、もうすぐメル・セルシウスですけどね」
「……享楽に溺れた神、か。やはり貴女は神に相応しくない。いいわ。断罪者の名に懸けて、貴女を裁いてあげる」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――ガウン・大通り
ガウンの街並みを3つの黒き風が奔る。目指す先はガウン総合闘技場、ケルヴィンがアンジェに呼び出された場所だ。
「ジェラじい、さっきの話本当なの?」
「ウォン?(本当?)」
「マジじゃて。こっそり覗いておったこの目で、確かに見たんじゃ! 王が、アンジェが危ない!」
疾走するはジェラール、リオン、アレックス。皆が気を使って配下ネットワークを閉じる中、ケルヴィンが回線をそのまま解放していたのを良い事に、ひとりだけ覗き見していたジェラールが大慌てで全員を呼び出したのが始まりだった。
「アンジェが告白しようとした所に、あの赤髪の女子が現れたのじゃ! しかもその瞬間に視界が閉ざされてしもうた!」
「ケルにいからはそのバールって子には注意しろって言われてるし、それが本当ならかなり危険な状況だよ」
「ガゥガゥ(急ごうよ)」
「うん、そうだね! ジェラじい、僕たち先に行って―――」
「待てぇい! 前に誰かおるっ!」
リオンとアレックスが先行しようとすると、ジェラールが珍しくもリオンに対して声を荒げ、制する。闘技場はもう目前。しかし、その前にひとりの人影が立ち塞がっていたのだ。傷だらけでボロボロの軽鎧を身に着けた、腰に刀らしき得物をぶら下げた男。黒き髪もボサボサであり、長旅から帰ってきた冒険者を思わせる風貌であった。
「やあ、また会ったねぇ」
リオンはその男を見たことがあった。それも、つい最近に。
「おじさん?」
その男は獣王祭3回戦でリオンと戦い敗北した無名の剣士。のんべんくらりな佇まいは変わらないが、どこか油断できぬ雰囲気を醸し出している。
「リオン、気を許すでないぞ。こやつ、強い」
「うん…… おじさん、今日僕と戦った時は手加減してくれたの?」
「いやぁ、おじさん目立つのが苦手でねぇ。君みたいな小さな娘を斬る趣味もないから、つい棄権しちゃったよ。断罪者も頑張ってたみたいだしねぇ」
男は刀の柄に覇気のない瞳を落とす。
「おじさんから、ひとつ忠告しよう。ここから先には行かない方がいい。化物共が戦っているからさ」
男がそう言った瞬間、闘技場の丁度真ん中辺りで凄まじい轟音が鳴り響き、その衝撃がリオンとジェラールを通り過ぎた。
「ほら、ね? 良い子はもう寝る時間だし、回り右してくれると嬉しいねぇ。おじさんもさっさと帰って寝たいから」
「それは聞けないかな」
「グルゥウウウゥ……!」
「うむ。何者かは知らぬが、立ち塞がるならば押し通るまで」
各々が剣を抜くのを見て、男は大きく溜息を吐いた。
「やっぱりこうなるかねぇ…… 自己紹介くらいはしておこうか。第九柱『生還者』だ。適当によろしくしてやってよ」