作品タイトル不明
第229話 告白
―――ガウン・総合闘技場
獣王祭の喧騒が幻だったように、深夜の闘技場は静まり返っていた。明日のチケットの販売が別の場所で行われているせいか、はたまた流石の獣人達も今日の疲れが出てしまったのか。まあそんな訳で俺はアンジェの手紙を優先してやって来たのである。だってさ、獣王の手紙とアンジェの手紙だよ? 見えてる地雷を踏み抜く肝っ玉は俺にはない。獣王には明日にでも謝ろう。もう寝ていましたと。それにだ、エフィルらにもこう言われた。
「ご主人様、これは行くべきかと……」
「悩む要素がないわね。どっちに転んだとしても、けじめはつけないと!」
「僕はケルにいの想いを尊重するよ。グッドラック!」
「ガゥガゥ!(ぐっどらっく!)」
もう行かなければならない空気が出来上がっていたのだ。いつものようにプリティア探しの旅に出ていたダハクや、仮孫と戯れるジェラールも同様。
「兄貴、マジぱねぇッスね! どんだけ甲斐性あるんスか!」
「うむ、やはりワシの目に狂いはなかったのじゃな! 王よ、ワシは初見から見破っておったぞい!」
こんな感じなのである。一体あいつらは何を言っているのか。 ……まあいいか。ええと、闘技場の裏口、裏口はっと…… あった、本当に誰もいないのな。警備の兵も置かないのは無用心だと思うのだが。
今日で通いなれてしまった選手入場口の通路を歩くと、セラとプリティアの試合後に交換された真新しい舞台が俺を迎えてくれた。そして、月夜の光を浴びながらその上に立つ人物がひとり。エフィルと一緒にしたデートの時と同じ服を着たアンジェだった。
「ケ、ケルヴィン! 来てくれひゃんだねっ!」
めっちゃ噛んでる。噛んでますよアンジェさん。
「ああ、この手紙を貰ったからな。ついさっき別れたばかりなのに、どうしたんだ?」
「ええええええっとね、その、何と言うか、本日は是非に伝えたいことがありまして……」
さっき以上に挙動不審になっているアンジェ。なぜか敬語も混じり収拾がつかなそうだ。
「落ち着け、焦らなくても俺は逃げないって。ほら、深呼吸深呼吸」
「う、うん。ひい、ひい、ふう……」
それはラマーズ法…… またベタだな。仕方ないのでアンジェが落ち着くまで待つしかないか。アンジェを舞台の淵に座らせ、俺も隣に座って待つことにした。
「ううっ、ごめんね…… こんな筈じゃなかったんだけど……」
「いいって、そんなこと気にするなよ」
「……うん、大丈夫。落ち着いた」
暫くして、アンジェが意を決したかのように向き直る。
「ケルヴィン。私ね、ずっと前から―――」
「あら、こんな所で逢引かしら?」
「えっ?」
アンジェの言葉を遮る少女の声。振り返ると、そこには真赤な髪を携えた小柄な少女、バールが無表情に舞台の真ん中に立っていた。両手は腰に、長い髪は夜風でなびいている。だが、何よりも際立って見えたのは脚に装着された白き脚甲。神々しい脚甲は月と星々の光を全て取り込んでいるかの如く輝いており、この深夜の暗闇の中では尚更その特徴が強調されていた。
「そんなんじゃないよ。君こそ、こんな所で何をしているのかな? 明日の決勝戦を見る為の場所取り、って訳じゃないよな?」
俺は直ぐに立ち上がり、アンジェを庇う様にして前に立つ。理由は分からないが、彼女は明らかに高ランクの武具を装備している。恨みを買った覚えはないが、そうでなくともセラ絡みで色々ありそうなバールのことだ。警戒するのは当然のことだろう。
「ケルヴィン?」
「アンジェ、俺から離れるな」
「う、うん……」
そう言うと、アンジェがローブの背の部分を軽く摘む。幸いこちらも装備はいつもの一式に着替え直している。状況的に不味いのは、やはりアンジェの存在だろうか。
「私? 私はね、貴方に会いに来たのよ、ケルヴィン」
「俺に、か? セラじゃなくて?」
名指しですか。何かしたっけ、俺……
「そう、貴方によ。私はある組織に所属していてね、今日は貴方をその組織にスカウトしに来たの」
「スカウト?」
「そう、今日の戦いを粗方見せて貰ったわ。まだ荒削りなとこもあるけど、末席を担う力はあると私は判断した。パーティメンバーの強さも含めて、まだまだ成長の余地もある」
バールが髪をかきあげる仕草を取る。胸はないが妙に色気があるように感じる。
「そいつは光栄だが、組織って言うと詳しくは? 何を目的とするんだ?」
「それは言えないわ」
「……おいおい、本当に勧誘する気があるのか? 何の組織かも分からずに付いて行く馬鹿はいないだろ」
「組織に来るにおいてこちらから出す前条件はひとつだけよ」
「無視ですか?」
俺の言葉に構う素振りも見せず、バールは一方的に話を先に進める。
「 メルフィーナとの契約(・・・・・・・・・・) を解除なさい。そうすれば、貴方と他の仲間達は見逃してあげる」
「―――!」
……こいつ、メルフィーナの存在を、それどころか俺と契約を交わしていることまでなぜ知っていやがる? いや、考えられる可能性はひとつか。以前、メルフィーナに相談した際の、あの話。
「組織ってのは、エレアリスの復活が目的なのか?」
「ッチ」
あ、眼を逸らしながら舌打ちした。この子、見た目よりも嘘付くのが苦手なタイプだ。
「成る程な。で、君のお仲間にはジルドラって名前のお仲間もいるのかな? って言うかいるだろ」
「……これ以上の会話は不要よ。選びなさい」
もう聞く耳は持たないと腕を組み、瞳を閉じるバール。否定しないってことは合ってるのか。どうやら前の転生神様は本当に黒っぽい。しかし、これ以上情報は聞き出せそうにないな。
「断る。さっきも言ったが、そんな胡散臭い組織に行く謂れがない」
「……そ。なら、仕方ないわね」
バールがガキンと脚甲で地を鳴らす。来るか、そう俺が身構えると、急に背後へと引っ張られるような力を感じ、気が付くと視界にはアンジェの顔があった。悲しそうな、それでいて口元をニヤけさせている複雑な表情だ。
「残念だよ、ケルヴィン。でも、これでケルヴィンの首は私のものだね」
首元に熱いものが感じた。そして、更にそこから視界がぐるぐると反転する。ん、ゴロゴロか? 兎も角、俺の視界は幾度かの回転を終えると停止し、そこから動かなくなった。体の感覚はなく、寒い。何なんだ、これは―――
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死亡を確認。転生神の加護を発動します。死亡前の状態に復帰致します。
クールダウン残り時間=720:00:00
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見慣れぬメニューバーが表示される。『並列思考』から瞬時に考え出される答えが、俺の脳内に描かれた。
「あれっ? 首、ちゃんと飛ばしたよね?」
「加護の力でしょ。次はないわ」
アンジェが気の知れた仲間と話すように、バールと会話している。その手に持つは鋭いダガーナイフ。ああ、そうだ。俺は護っていた筈のアンジェに、首を刎ねられたのだ。
「もうっ! 駄目だぞ、ケルヴィン! 人の命はひとつだけなんだから、世界の摂理から外れるようなことをしたら!」
「転生したアンタが言っても説得力ないわね」
「全く同じ言葉を君に返すよ」
どこから取り出したのか、アンジェは黒のフードに黒の外套を纏っていた。2人から距離を取り、丁度真ん中の辺りに移動する。
「アンジェ、君は…… 本物か?」
「あ、酷いなぁ。私は紛れもなく、ずっと一緒にいたアンジェさんだよ、ケルヴィン? 確かにステータスはずっと『偽装』してたけど、私は私だよ」
「……もういいでしょ。さっさと済ませ―――」
「ああ、待って! これだけは言っておかないと!」
「ッチ。早く済ませなさい」
アンジェは俺に向き直る。バールが現れる前の、焼き直しをするかのように。
「言いそびれたから、今言うね。私ね、ケルヴィンのこと好きだったんだ。一目惚れかは分からないけど、とにかく好きになったんだ。実はこの外套もケルヴィンを真似て着てるんだよ。お揃いだねっ。うん、何も言わなくていいんだ。ケルヴィンは強いし、優しいし、暴力も振るわないし、笑顔が可愛いし――― だからさ、仲間になってくれないなら、せめてさ、そのままの笑顔で、私にケルヴィンの首を頂戴♪」
彼女はいつも見せていた笑顔で、そう言い切った。
「ハァ…… 第六柱『断罪者』よ。恨むならメルフィーナを恨むのね」
「第八柱『暗殺者』――― は、いっか。いつも通りアンジェって呼んでね、ケルヴィン」
両者から凄まじい殺意が溢れ出した。