作品タイトル不明
第232話 暗殺者
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
闘技場内は荒れていた。何がって? 全てだよ。どうやら舞台を覆うこの紫の結界は俺たちの脱出と魔力領域を阻むものらしいんだが、魔法などの攻撃は普通に通過するようなのだ。衝撃波やら何やら諸々である。
『メルフィーナ、こっちも戦闘に入る』
『あら、振られて見事に玉砕したのでしょうか? 慰めます?』
『まさか。アンジェは俺の想いに応えてくれたよ』
『冗談ですよ。私もあなた様に助太刀したいところですが、こちらはそれ程甘い相手ではないようです。お気を付けください』
『了解。意思疎通は気に掛けといてくれよ』
メルフィーナのありがたい忠告を受けると同時に、俺は自身とメルフィーナの視界双方から闘技場内全ての情勢を把握。メルとバールの状況は変わらず、地上・空中と場所を変え周囲の環境をズタズタにしながら戦っているようだ。当然ながら舞台もズタズタ、それ以上か。言葉では言い表せない程に悲惨な様相を呈している。こりゃ明日になったら獣人の皆さんが愕然とするだろうな。特に舞台交換班が。
一方で 風神脚(ソニックアクセラレート) と 飛翔(フライ) で縦横無尽に結界内を駆け巡る俺をアンジェが猛追。素晴らしき追いかけっこの真っ最中だ。あれだけ大言吐いといて逃げの一手かというツッコミはなしでお願いしたい。それだけアンジェの力はやばい。下手に向こうのテリトリーに入ってしまえば命はないだろう。
「ケ~ル~ヴィ~ン~、待ってよー」
アンジェはダガーナイフを逆手に持ち、首元で構えるようにして俺に向かって来ている。一秒でも立ち止まれば即座に追い付かれてしまう為、生じる隙の少ない 烈風刃(ショットウィンド) や 衝撃(インパクト) をばら撒く。が、当たる気が全くしない。『天歩』を会得しているのか、時折空中にて有り得ない角度で方向転換、更にはその瞬間に加速までしている。細心の注意を払い、察知系スキルを全開にしてやっと捉えられるかという驚異の速さ。魔法の猛攻という名の障害物を乗り越え、こうしてる間にも距離が縮められている。アンジェ、ひょっとしたらうちのパーティ内で最速のエフィルやメルフィーナよりも速いんじゃないか? 鑑定眼で見ようにも、ステータスは一般人と変わらぬ一桁二桁の値。ついさっきアンジェが言っていたステータスの『偽装』とかいう効果だろうか。スキルによるものかは知らないが、獣王の『変身』のようなもんだと思っておこうか。
「これならどうだ?」
無詠唱による 重風圧(エアプレッシャー) を結界内全域に発動させる。速いのならば、まずは機動力を削ぐ。メルフィーナと俺だけが効果が及ばぬよう調整し、これだけで舞台が悲鳴を上げるであろう威力で押し潰す。
「~~~♪」
……この人鼻歌交じりにそのまま突っ込んできたよ。全然堪えてないよ。いやいや、それにしたって 重風圧(エアプレッシャー) の中をあのスピードで駆けるのはおかしい。ジェラールだって多少は怯むんだぞ、これ。
「……ッチ」
バールは不快感を露にしながらも、問題ないとばかりにメルとの戦いを再開している。それでもこっちは僅かなりに速さが落ちているようにも見える、か? 単純なパワーはてっきりアンジェよりバールの方があるかと思っていたんだが。 ……などと考えていても始まらないか。アンジェは最早眼前なのだ。
「クライヴ、行け」
遠隔操作にて宙に漂わせていた愚聖剣に命令を下す。この長剣、通称『綺麗なクライヴ』はお察しの通り魔王戦にて回収した愚剣クライヴ君を俺が鍛え直したものだ。世界の憎悪を閉じ込めたかのように呪いを垂れ流していたこいつを清め、制御するのにはなかなか困難を極めた。巨大であったサイズを使いやすいよう普通の長剣レベルまでに調整したりさ。見た目は黒々しく変わらないが、曲がりなりにも一応は聖剣となった。だから綺麗なクライヴだ。とは言ったものの、今やクライヴの意識なんて微塵も残っていないので綺麗も糞もない。むしろこうなっても内部に呪いを溜め込んでいるので汚い。 ……やっぱり汚いクライヴ君でいいか。まあ、その末に出来上がったこの剣であるが、リオンに使わせるのには色々と抵抗があったので俺が使用することにしたのだ。狙うはアンジェが 衝撃(インパクト) を躱し、天歩を使った瞬間。軌道修正を行った直後の死角からの攻撃だ。
「あっ―――」
タイミングは申し分なかった。連射した魔法群がアンジェを襲い、隙間を埋めるように放たれる。そしてアンジェが急加速した瞬間、背後より愚聖剣クライヴが解き放たれ――― アンジェの体を通り過ぎた。
「―――ぶないな~」
一瞬、俺も何が起こったのか分からなかった。愚聖剣クライヴは確かにアンジェを貫いた筈だったのだ。しかし、アンジェは何事もなかったかのように俺の追跡を再開している。無論これはクライヴの力などではない。考え得るとすればアンジェの能力だが……
「ケルヴィ~ン、こんな女を女と思っていないような奴を私に差し向けないでよ。頭にきちゃうから、さっ!」
頬を膨らませて怒ったような表情をしながら、アンジェは外装の内から小ぶりのナイフを1本取り出し、先ほど自身の体を通り過ぎたクライヴに対しそれを投げた。
―――キンッ。
投じられたナイフが愚聖剣クライヴの柄部分に当たり、鋭い金属音が反響する。次いで聞こえて来たのは爆発音。接触がトリガーだったのか、アンジェのナイフがクライヴ諸共自爆したのだ。ナイフ型の爆弾かよ。汚いクライブ君が痛手を受けて落下していく。
「これで消毒完了、っと! ケルヴィンも反省してね」
「ああ、今度から クライヴ(こいつ) は男とモンスターが相手の時だけに使うようにするよ」
「うんうん、素直でよろしい」
俺たちは笑顔で会話を交わすが、最早俺とアンジェの間に距離はない。これは――― 追い付かれる。
「……よう」
アンジェは俺の振るった 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) を、展開していた 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) を物ともせず、全てをすり抜けて俺の前に現れた。もう疑う余地はないな。物質から魔法に至るまで、それらをすり抜けることができる。それがアンジェの力か。
「うんっ、やっと捕まえたよ。ケルヴィン♪」
大鎌を持つ腕をしっかりと摑まれる。しっとりとした、アンジェの手の平が温かい。
「それじゃあ、首、貰うね」
穏やかな微笑みから言い渡される死の宣告。アンジェの温かな手と相異する冷ややかなダガーナイフが、俺の首に迫ろうとしていた。
「言っただろ、全力で戦うって。召喚士としても、さ」
「―――っ」
アンジェの背後には背を照らす白き光。宙に描かれた巨大な魔方陣を隠蔽している暇は流石になかったが、ギリギリ間に合ったか。アンジェが 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) をすり抜けた時点で召喚していて正解だった。魔力体であるうちに準備もさせていたしな。おっと、 無音風壁(サイレントウィスパー) も忘れずに…… よし。
『ボガ、ありったけ叫べ!』
言葉を交わしている以上、音は聞こえているんだろ、アンジェ?
「グゥルルゥアアーーーーー!!!」
ボガの召喚と同時に放たれた超ド級の音波によるブレスが、闘技場に更なる打撃を与えていった。