作品タイトル不明
第222話 仕込
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
決勝トーナメント第1戦、ケルヴィンと獣王レオンハルトの試合開始時間となった。しかし、2人は未だ姿を現そうとしない。
「むむむ…… そろそろ時間なのですが、選手のお二方入場して来ませんね」
「ふむ。父上もケルヴィンも、ギリギリまで準備に時間を掛けているのかもしれんな。前回の父上の試合、ケルヴィンの妹であるリオンを相手に真っ当とは言えない勝ち方をした。リオンを溺愛するケルヴィンにとっては激昂ものだろう。手痛い報復を狙ってくる可能性が高い」
「一方で父上もそれを分かっていることでしょう。黙って仕返しされるようなお人じゃありませんから」
「ほうほう! ジェレオル様、ユージール様、解説ありがとうございます。どうやら戦いは試合開始前から始まっているようですね! ―――おっと?」
その時、選手入場口から足音が聞こえて来た。ケルヴィンである。
「まずはケルヴィン選手の入場です! 手にする得物は変わらず長剣…… うん?」
ケルヴィンが舞台に立つと、それに続くように入場口からヒュンヒュンと高速で何かが飛来して来ることにロノウェは気が付いた。1つや2つの数ではない。何十、もしかすれば百にも到達するだろうか。やがてそれらは上空へと弧を描き、ケルヴィン側の舞台へと突き刺さる。
「こ、これは…… 漆黒の剣!?」
舞台に突き刺さったもの、それらはケルヴィンが纏う黒衣のように黒く染まる、それも等身以上の大きさはありそうな巨剣であった。ケルヴィンが持つ闘技場の剣が霞んでしまいそうになる、 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) の大群である。
「別にルール違反じゃないだろ? 全て 試合前(・・・) に俺が生成した補助魔法だ」
「う、うわー、確かにそうですが……」
「クックック。ルール上は問題ないな。であるが、ここまで大胆に使ってきたのは獣王祭始まって以来だろうな」
「ロノウェさん、父上も来たようですよ」
ロノウェと視線を合わせようとしないユージールだが、声を掛ける程度までは普通に慣れてきたようだ。もう片方の入場口を見ると、確かに人影が現れている。
「さあ、レオンハルト選手も入場です! そしてそして、今回の姿は―――」
闘技場に降り注ぐ太陽の光の下に、獣王レオンハルトの姿が明かされる。
「ご主人様、よろしくお願い致します」
「メ、メイド! メイドさんですっ!」
獣王が変身したその姿は、いつものメイド服を着たエフィルであった。凛とした佇まい、主に向ける敬愛の瞳、外見の特徴、仕草までも一致している。そして前回同様、武器のようなものは持たず、素手。
「あれはケルヴィンのパーティメンバーの弓使いだな」
「『爆撃姫』、ですか。なるほど、パーティの中でもケルヴィン殿と付き合いが長いと聞きます。父上、また何か狙っていますね……」
「こ、これは荒れそうだぞぉー!」
ロノウェ達がまくし立てる中、ケルヴィンと獣王は既に試合開始位置へと立っていた。
「……今回はエフィルの姿、ですか。得物は持たなくてもよろしいので?」
「お気遣いなく。それに敬語は使わなくて結構ですよ。私はご主人様の奴隷の身でありますので」
獣王は瞼を閉じ、胸に手を当てる。まるでそうすることが当然であるかのように、迷いなく言い放った。
「そうか。なら、これ以上俺から言うことはないよ」
「承知致しました。良い試合を致しましょう」
「……準備ができたようです。皆様、お待たせ致しました。これより決勝トーナメント第1戦ですっ! 試合――― 開始っ!」
試合開始の宣言。瞼を開いたエフィル、獣王はゆっくりとした足取りで、ケルヴィンへと歩み寄る。
「ご主人様、ご主人様のメイドとして私は―――」
―――ギュン!
猛烈な風を伴って飛来する黒剣が、獣王の頭部目掛けて突貫する。紙一重の差で躱すも、獣王の頬には赤い血の線が引かれ、舞台には巨剣が勢い良く減り込んでいた。
「おいおい、躱すなよ。頭を潰せないだろうが」
「………」
吐き捨てられたケルヴィンの言葉に獣王の瞳は一瞬鋭くなるも、直ぐにエフィルの柔らかな表情に戻した。
「流石はご主人様です。奴隷程度斬り捨てても、心を掻き乱さないのですね」
「ははっ、違う違う。お前は獣王であってエフィルじゃないよ。いくら外見や仕草を似せたって、所詮は偽者だ。ま、微妙にそこらも違うしな」
「……素晴らしいです」
獣王は両手を腰裏に隠す姿勢となった。見ようによっては後ろで手を組み、待ち合わせの女子がするような可愛らしい格好である。
「リオン様には効果覿面でしたが、どうやらご主人様にこの手は通じないようですね」
「リオンは優しい子だからな」
「それが弱点になり得るのです。リオン様も頭では分かっていたのでしょう。ですが、恐らくは私の首に自らの剣が迫った時、ご友人の顔が、一国の王を殺してしまう責任の重さが、所詮は試合と勘繰っていた浅はかさが、リオン様の思考を雁字搦めにしてしまいました。ましてや考える時間もなく、混乱は混乱を呼びます。これが実戦でなかったことを感謝して頂きたいくらい――― っ!」
獣王は再び飛来した2本の巨剣を後退して回避する。
「確かにそれに関しては感謝してるよ。感謝はしてる。だからさ、俺の礼を受け取ってくれ」
舞台に突き刺さっていた幾本もの 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) が浮かび上がり、その剣先を獣王へと向け出す。
「絶景、ですね」
「早く取り出せよ、それ。いつまでそうしているつもりだ?」
ケルヴィンの指摘に獣王はニヤリと口端を吊り上げ、後ろに隠していた両手を前に出した。その可憐な手には不相応で巨大な、ジェラールの魔剣ダーインスレイヴ程もありそうな巨剣を左右それぞれに持っていた。無骨であり、何の飾り気もないバスタードソード。エフィルの姿でそんな物を持たれると、何とも不釣合いな感が拭えない。しかしケルヴィンはそんなことを気にする事もなく、僅かに笑みを浮かべていた。
「ほら、やっぱり素手じゃない。何がお気遣いなく、だよ」
「ご主人様が戦いをご所望のようでしたので」
「そっか。嬉しいなあ」
闘技場上空に展開された漆黒の塊、 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) が一斉放射される。轟く轟音、巻き上がる土煙。観客からは最早舞台の上が見えないが、ケルヴィンの目にはハッキリと映っていた。強化された 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を打ち払い、自らへと前進し続ける獣王の姿が。超重量級である2振りのバスタードソードをいとも容易く扱い、傷ひとつ負っていない。やがて大きく跳躍し、巨剣と共に土煙の中からメイドが飛び出した。
「戦場以上の猛攻、滾りますねっ!」
「もう少し上手く芝居しろよ」
「それは、失礼っ!」
バスタードソードの投擲、獣王の右手から放たれた巨剣は一直線にケルヴィンへと迫る。ケルヴィンは一歩引き着弾地点から退くも、舞台に突き刺さったバスタードソードに何かが貼り付けれているのが目に入った。
(札……?)
直後にバスタードソードを中心として、円形に展開される魔方陣。明らかに刀身に貼られた札から発せられたものだ。『封』と漢字で記された札はトラージのものだろうか。足が地面に縫い付けらたかのように動かず、言うことを聞かない。だが、それ以上に疑問に思うことがケルヴィンにはあった。『並列思考』の狭間で現状打破の策を練ると共に思考する。
(これが獣王が持ち込んだ装飾品? 待て、獣王は今もエフィルの姿に変身している。 ……反則? いや、これは―――)
「悠長に考え事ですかっ!?」
空に舞い上がり、残ったバスタードソードを両手で構え直したメイドが、渾身の力でケルヴィンごと舞台を叩き割った。