軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第217話 撃鉄

―――ガウン・総合闘技場試合舞台

またひとつ、衝撃波の轟音が障壁を揺らす。爆音に次ぐ爆音により、観客の中には耳を塞ぐ者も現れ始める。しかし尋常でないのは音だけではない、速さもだ。キルトが開発したマジックアイテムである映像機器でさえ、セラとバールがぶつかり合う姿を捉え切れず、互いの残像のみを映し出しているに留まっていたのだ。とても実況どころではない。

「しっ!」

「ふっ!」

またひとつ、舞台に亀裂が走る。開始から経過した時間は極僅かであるが、幾度の打ち合いを重ねているのかは既に数え切れない。セラが装備する腕甲も、バールが身に着ける脚甲もがたが出始めているが、寧ろこのレベルの戦いでここまで破壊しなかったことを賞賛するべきだろう。普通であれば初撃で粉砕している筈なのだから。

『格闘術』を用いる両者の戦い方は似ているようで根本が異なる。体格で勝っているセラは拳を主として使い、正確で安定した、更には攻撃の速さを念頭に置いた戦法。一方でバールは背丈が大きく負けてはいるが、その巧みな脚技によるリーチを活かし、一撃に残酷なまでの破壊力を備えている。別種の戦法、著しい相違。されど赤き髪を持つ2人の戦いはなぜか噛み合い、拮抗が続く。

「ふ、ふふっ! 私がここまで熱くなれるなんて…… やるじゃない!」

「熱狂するのは貴女の勝手だけど、私まで巻き込まないでくれない?」

ここで試合開始から初めて2人の姿がハッキリと舞台上に現れた。セラの右拳とバールの右脚が衝突し、そのままの状態でギリギリと均衡を保っているのだ。白熱するバトルに対し楽しげに笑うセラ。対照的にバールは試合前の冷淡な表情のままだ。

―――ピシッ、ベキバキッ!

双方が拮抗しようとも、それを支える舞台が耐えられるかは話が別。今試合も予定調和の如く、順調に崩壊へのカウントダウンが進行していた。

「あら、もう少し付き合いなさいよ。全力でやれる機会なんて、なかなかないんだか…… らっ!」

均衡を破ったセラがバールを吹き飛ばすも、バールは脚甲を舞台に押し付け、ガリガリと火花を散らしながら停止する。

「さて、準備運動もここまででいいかしら? 体も温まってきたことだし!」

「そうね。私の方も、良い具合に仕上がったわ」

期待で胸を膨らませるセラであるが、ここでふとバールの脚甲に変化が生じていることに気がつく。

(……脚甲の先が、摩擦で鋭くなってる?)

今思えば小手調べの打ち合いの際、バールの足元では常に火花が散っていた。移動、攻撃動作、防御行動と、意図的に舞台へ脚甲を擦り付けていたようにも思える。

「気がついた? 足元に丁度良い砥石があったから、ちょっと利用させてもらったの。じゃ、そろそろ戦いましょうか」

何やらバールは地面となる舞台に爪先を突き刺し、持ち上げる。抉り出されたのはバールの何倍もの質量・大きさを誇る舞台で生成された立方体であった。瞬時のことであったが故に、観客らは正方形のクレーターが出し抜けに空いたことに驚き、バールの頭上に巨大なキューブが出現したことで2度驚愕する。

「さっきから舞台の表面を足先でなぞってると思ったら……!」

「食らいなさい」

バールは高く振り上げた脚を、セラ目掛けて放つ。振り放たれた剛速球は目にも留まらぬ速さでセラに迫った。

「こんなものっ……!」

セラの水平に払った手刀がキューブとぶつかり、威力を殺して結界の壁へと弾き飛ばす。巨石がなくなることで視界が開ける。セラとバールの間には障害物など何もなく、無残な姿となった舞台が広がるのみ。だがこの時セラの『危険察知』スキルは、確かに前方からの危機を感じていた。

「 粛清通貫(ピアシングハッシュ) 」

バールはセラに向かって足先を突き出すように蹴りを放っていた。咄嗟の回避行動。セラは大きく横に身を逸らし、眼前から迫る何かを避けようとする。直後に頬を通り過ぎる痛み、つうっと赤き線からセラの血が垂れ落ちる。

(速いわね。あの脚でジェラールの 空顎(アギト) と似たようなものを? 器用ねー。斬撃って言うよりは槍のような、貫通系の攻撃かしらね)

頬の血を手の甲で拭う。痛みの感触から攻撃の毛色を推測するセラの考えは正しい。しかし1つ目の槍を躱したからと言って安心はできない。第2、第3と同系統の大槍が続々と前方から押し寄せて来ているのだ。肉眼でハッキリと捉えられない分、正確な軌道を把握することは困難。一先ずセラは持ち前の勘で何となく前進することとした。

「……ッチ」

それでいて掠る程度の傷を受けるくらいでキッチリと避けているのだから、バールとしては堪ったものではないだろう。恐ろしく勘が鋭い。そう感じたバールは軽く舌打ちした後、付近にある亀裂の入った手頃な舞台に脚を突き刺し、立方体となった舞台を再び持ち上げる。その状態で円を描きながら大きく跳躍。前進し迫り来るセラに対し、自身の脚力によるパワーを含めた歪なキューブの直撃。アクロバティックな旋風脚の回転はその威力を増強し、凶悪・強大なる撃鉄へと変貌する。

―――ズガアァァーーーゥン!

大型のハンマーとなった筈のキューブが粉砕し、破壊される。セラの全力から放たれた右ストレートが正面から激突したのだ。高硬度の塊は粉々に打ち砕かれ、打壊され、空から舞い降りるバールと、地上にて迎え撃つセラのみとなった。

「……痛ったいわね!」

「私の台詞、よ……!」

言葉よりも早く交差する両者の一撃。セラの拳がバールの左腿を深く抉り、バールの鋭脚がセラの左肩を穿つ。双方とも強がりなのか、或いは負けず嫌いなのか、悲鳴のひとつも上げずに強気であった。

「―――っ!」

セラの追撃をバールは空中にて回避し、離れ際に牽制の 粛清通貫(ピアシングハッシュ) を2度放つ。距離をとり着地したバールの顔色にやや変化が見られる。目線の先には自身の左脚部。そこは真赤な血で染められていた。しかし、それはバールのものではなく―――

「貴女、左足を封じてるってのに、よく空中であんな動きできるわねー。リオン並み? それとも翼でも生えてるの?」

―――セラの拳に付着していた血であった。幸か不幸か、その為に制御が狂った牽制の 粛清通貫(ピアシングハッシュ) の1つはセラの腹部を貫通したようで、セラの黒衣に血が滲んでいる。だがそれもそれまでの事。セラは何事もなかったかのように振る舞い、序盤に受けた頬の傷も綺麗に塞がっていた。普通であれば致命傷になり得る傷口も、セラにかかれば固有スキルである『血操術』で血を瞬間的に固め、『自然治癒』の効力によって回復してしまうのだ。

「これが噂に聞く『血染』、ね…… 貴女には勿体無い力じゃない。でもね、これで勝ったつもり?」

「まさか。だって、貴女もまだまだ何か隠していそうだし!」

「本当に勘が良いわね。いいわ、少し見せて―――」

僅かに気が沸き立つ表情であったバールが、言葉の途中で沈黙する。セラも不意のことに首を傾げた。

「……ッチ。間が悪い。どっちが上だか分かってるのかしら」

「何がよ?」

「参ったわ」

「は?」

「降参するって言ってるのよ」

観客の歓声が収まり、闘技場が沈黙する。

「あ、あのう、バール選手? 聞き間違いか、降参と言う言葉が聞こえたのですが……」

「何度言わせる気よ? さっさと受理しなさい」

「ちょ、ちょっと! まだ勝負はついてないでしょうが!」

突然のバールの敗北宣言に、セラが食い掛かる。当然ながらこのような試合の結末に納得していないのだ。

「安心なさい。また直ぐに会うことになるわよ。それに、この大会のルールじゃ貴女だって本気を出せないでしょ? そんなんじゃ、面白くない」

「また? 何を言って―――」

言葉を遮るようにガシャンガシャンとセラとバールの武器が崩れ落ち、甲高い音が鳴り響く。当に互いの得物は限界を迎えていたようだ。

「直ぐ、よ。それまで精々腕を磨いていなさい。セラ・バアル」

赤毛の少女はセラの血で染まったその足で、闘技場の舞台を去って行った。