作品タイトル不明
第216話 絶佳
―――ガウン・総合闘技場客席
観客の不満の声は今も続いている。やり方がやり方だったとは言え、自国の王相手に罵声を浴びせるとか、なかなかに言論が自由な国だな。獣王もそれを受けてヒールっぽく振舞っているし。プロレスか。
「ごめん、ケルにい…… 決勝で会うって言ってたのに……」
「私もごめんなさい。獣王が試合であんな手を打ってくること、予測していれば良かったのに……」
部屋に戻って来るなり、ガックリと気落ちした様子のリオンがシュトラと一緒に俺に謝ってきた。
「リオン、シュトラ、待っておれ。ワシが直々に奴へ天誅を……!」
「シュトラの姿をした獣王を斬れるのか、ジェラール?」
「うっ、それは……」
轟々と殺気を放つジェラールが今にも闇討ちを仕掛けに行きそうだったので止めておく。ジェラールの場合、リオン以上に手を出せないだろうに。
「何と言うか、済まないな、うちの親父が……」
「私たちが父さんに代わって謝罪します。大変申し訳ありませんでした」
「いいって、サバトやゴマが謝ることじゃない。獣王はルールの中で戦ってリオンに勝った訳だし、あれもひとつの戦法だよ。上手いことリオンの弱点を突かれた。リオン、高い授業料だったが次の課題が見えたな」
「うん……」
あの姿であっても獣王が攻め込んできたとすれば、リオンは応戦できていただろう。今回は無抵抗を武器にされ、リオンの心に躊躇いを生んだ。だとしても、獣王が無抵抗ならば気を失なわせる等先手を打っておけば良かったのだ。兄としてはリオンの優しさを大事にしてほしいが、いざとなった時に情は致命傷に成り得る。それは俺も望むところではない。
「……でも、ケルヴィンは何とも思わないの? 獣王のあの戦い方、この大会の趣旨からも外れてるわ!」
「怒ってるよ」
「なんでよ! リオンが――― えっ、怒ってるの? 無表情なんだけど……」
「うん、とっても怒ってる」
俺に怒りがあるかないかは、それとはまた別の話だ。リオンの弱点を指摘してくれたことに関しては感謝している。だがな、リオンをだよ? 俺の妹を苛めてくれた借りは何十倍に濃縮して返してやらねば気が済まない。決勝トーナメントで当たった時、どうしてやろうかと考えることに今は没頭したい。あちらがルール内で戦うのであれば、こちらも ルールを守って(・・・・・・・) 全力でやらせてもらう。
「ふふふ、そうだなぁ。剣には 狂飆の覇剣(ヴォーテクスエッジ) と 大地の研磨(グランドクリーヴ) の両方を仕込んで…… どうせ修復できるから刻みながら片腕は貰おうかな…… それで―――」
「あー…… うん、了解よ。ちょっとそっとしておくわね。ほら、エフィルも」
「はい。ではご主人様、ごゆるりと……」
気を利かせてくれたのか、セラとエフィルは邪魔をしないよう俺から離れてくれた。
「ケ、ケルにい?」
「リオン、ストップ! 今はケルヴィンに近づいちゃ駄目よ。邪気が『絶対浄化』でなくなっちゃうから」
「え、えー…… 僕、別に復讐なんて望んでないよ…… それに、ゴマちゃんに悪いよ」
「それでも、よ! 私だって獣王とぶつかったらボコボコにするつもりだし!」
「ああ、私たちのことなら御構い無く。私も日々父さんを懲らしめたいと思っていましたし」
「俺も文句はねぇ。親父だって獣王なんだ。行動に責任は付くと知っているだろうよ」
「はい、蟠りもなくなりました。ではでは、リオンは私と外に行きましょうね。出店で一緒にお肉食べましょう、お肉! 嫌なことがあったなら、取り敢えずはお肉です!」
「ならメル様、私も行くねっ!」
「ええっ! メルねえ、食事はバランスが大事だよ! リュカも―――」
メルフィーナに半強制的に連れ去られるリオン。親しいリュカも同行していることだし、少しでも気分転換になってくれれば良いのだが。
「お兄ちゃん、隣、いい?」
「ん?」
再び『並列思考』を用いて潜考しようとすると、シュトラが俺の傍らに立って話し掛けてきた。
「それよりシュトラもリオン達と一緒に行ったらどうだ? リオンも嬉しがると思うぞ」
「そうしたいけど、私、悔しいもの。私の姿で、リオンちゃんを追い詰めた獣王が。それを読み切れなかった私が…… だから、お兄ちゃんの傍で試合を見る。こんな終盤じゃ役に立たないかもしれないけど、何かしたいの」
シュトラの瞳には決意の光が宿っていた。それは幼いシュトラのと言うよりは、暗部将軍としてのシュトラのような気もする。いや、この責任感の強さは元々シュトラが持っていた素質と呼ぶべきか。さっきの戦い、シュトラに非を糾弾するようなことは何もないと言うのに。どうしたものかとジェラールを向くと、何も言わずに腕を組みながら頷かれてしまった。まあ、そうだよな。
「よし、次はセラの試合だ。相手のバールは謎が多いことだし、何か分かったら教えてくれ。期待してるぞ、シュトラ」
「うんっ!」
「ま、どうせ私が勝つから気軽にやりなさい! それじゃあ、そろそろ私の番だろうし行って来るわね!」
俺と少し嬉しげなシュトラが見守る中、赤きサイドポニーを靡かせながらセラがCブロック決勝へと出陣した。
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―――ガウン・総合闘技場試合舞台
舞台には既にセラとバールが立っていた。通路でバッタリと会い、そのまま共に舞台へと上がってきたのだ。途中、セラが一方的に話掛けるも、バールは「そう」「へえ」等と返答するばかりであった。それでも完全に無視されることはなかった為、セラとしてはついつい世間話に興じてしまっていた。それは舞台に上がってからも同様である。ちなみに入場口が一緒なのはバールが間違えたからであるのだが、セラは空気を読んで指摘しなかった。
「……何を苛々してるのよ。不愉快だからそろそろ止めてほしいんだけど。戦う気がないのなら降参してくれる?」
「あら、分かるの? でも、ある意味で士気が高まっている私に何を言うのかしらね! 妹のことでちょっとあったし、戦う気は満ちてるわ!」
「……あっそ。試合が始まったら切り替えてよね」
「当然よ!」
否定気味であったが、バールが初めてそれらしい返答をしてくれて少し嬉しいセラ。一方でバールはやや不満気である。足先でトントンと軽く地面を叩く度、脚部に装備された脚甲が金属音を鳴らしている。
「さあさあ、観客の声援もこの試合が最も強いのではないでしょうか!? それもその筈です! セラ選手対、バール選手のこの対決! 何と眉目好いカードなのでしょうか! 女の身である私でさえ、思わず見惚れてしまいそうになります!」
「う、うーん…… この試合も直視し辛いですね……」
「ユージール、いい加減に慣れろ」
両者が揃ったことでロノウェらが口上を述べ始める。
「ッチ、また名前を間違えて……」
「ん? 名前?」
「何でもないわよ」
バールがばつが悪そうに視線を逸らす。
「闘技場の興奮が最高潮になったところで、早速始めると致しましょう! 準備はよろしいですね? Cブロック決勝、試合――― 開始っ!」
その瞬間、舞台を覆う結界に重い衝撃が走った。形容し難い大規模な衝突音が舞台より響く度に、闘技場全体が揺れる様な感覚。セラが放った拳と、バールの蹴りがぶつかり合っているのだ。
「あら、やるわね!」
「それ、全力?」
「まさかっ!」
流れるような連打、受け攻め、衝突の連続。しかしその一打一打は重く、重過ぎるが故に既に舞台は悲鳴を上げ始め、衝撃波による作用で結界が常時発動してしまっている。ロノウェに見えるは真赤な線が互いにぶつかり合い、想像不可能な事態になっていることだけ。いや、分かることがあとひとつあった。
「ぶ、舞台の予備の準備、早くっ!」
観客席の中に泣き崩れる中年の姿があった。