作品タイトル不明
11. アリスの相談
その瞬間、四人の視線が一斉にアリスへ集まる。アリスは少し言いづらそうに視線を泳がせた。
さっきまであれだけ嬉しそうにしていたのに、今はどこか落ち着かない様子だ。
「……結婚式のこと、じゃないの?」
エレノアが首を傾げる。アリスは小さく首を振った。
「ま、まさか!まだ早いわよ!その前に、ちょっと聞いてほしいことがあって」
その言い方に、セシリアがふっと表情を変える。いつもの軽い雑談ではないと察したのだろう。
「何かあったの?」
アリスは少し迷ってから、ぽつりと言った。「……最近、エドの様子がおかしいの」
リーザロッテがぱちぱちと瞬きをした。
「おかしい……?」
「うん」
アリスはスプーンを持ったまま、小さく頷く。
「何て言えばいいのか分からないんだけど、最近ちょっと帰りが遅い日が増えてて……」
「仕事じゃなくて?」
セシルが聞く。
「それならいいんだけど……何か、変なの」
アリスは眉を下げた。
「この前なんて、帰ってきた時に、すごく良い香りがしたのよ」
「香り?」
「うん。花みたいな香水の匂い」
その瞬間、リーザロッテが息を呑む。
セシルは片眉を上げ、セシリアは静かに紅茶へ口をつけた。
「……それは確かに気になるわね」
セシリアがゆっくり言う。
アリスは慌てて続けた。
「でも! 別に決まったわけじゃないのよ!? ただ、何となく気になってるだけで……!」
「アリス」
エレノアが優しく声をかける。
「貴方、もしかして不安なの?」
その言葉に、アリスは少しだけ黙った。そして小さく俯く。
「……浮気、とか」
口にした瞬間、自分でも傷ついたような顔をした。
「考えたくないんだけど……ちょっとだけ、そうだったらどうしようって思っちゃって」
アリスの声は、最後の方になるほど小さくなっていた。
自分で言っておきながら、そんなはずないと否定したいのだろう。
エドワードがそんなことをする人ではないと、一番分かっているのはアリス自身なのだから。けれど、一度浮かんでしまった不安は簡単には消えない。
すると、静かに紅茶を置いたセシリアが口を開いた。
「そういう時こそ、私に任せて」
「え?」
アリスが顔を上げる。
セシリアはどこか自信ありげに微笑んだ。
「私、そういった本をよく読んでいるから、花や香水は詳しいの。この時期に使われる花系の香水なら、ある程度絞れると思うわ。それに香料や花の組み合わせで、その人が何をしていたかなんて分かるものよ」
さらりと言い切るセシリアに、アリスがぱちぱちと瞬きをする。
「分かるの……?」
「ええ」
セシリアは当然のように頷いた。
「例えば薔薇系でも、夜会向けの濃い香りと、普段使いの軽い香りは全然違うもの。花屋へ寄っただけなのか、香水店へ行ったのかでも変わるし」
「怖っ」
セシルが思わず呟く。
リーザロッテも少し引き気味だった。
「香りだけでそこまで分かるんですの……?」
「分かるわよ。むしろ、香りって結構誤魔化せないのよ」
アリスは思わず自分の袖口を嗅いだ。
そこには焼き菓子と紅茶の匂いしかしない。
「じゃ、じゃあ……エドのも分かるの?」
「条件次第ね」
セシリアは少し考えるように目を細めた。
「どんな香りだったか、もう少し詳しく思い出せる?」
アリスは困ったように眉を下げた。
「うぅ……説明しようとしても難しいのよね」
甘い香りだったのは覚えている。けれど、どんな花だったのかまでは分からない。
アリスは普段そこまで香水へ詳しくないのだ。
しばらく悩んだ後、ふと思いついたように顔を上げた。
「……エドの服、持ってきても良い?」
「まあ、現物があるならその方が早いわね」
「本当!?じゃあ持ってくる!」
そう言うなり、勢いよく立ち上がる。
ぱたぱたと二階へ駆け上がっていく足音を聞きながら、残された四人は顔を見合わせた。
「……何か大事になってきましたわね」
リーザロッテが小声で呟く。セシルは頬杖をつきながら、二階の方へ視線を向けた。
「まあ、アリスがあそこまで気にするって珍しいわね」
「普段なら、“考えすぎかも”って自分で終わらせるのにね」
エレノアも少し心配そうだった。
その間にも、二階ではばたばたと慌ただしい音が続いている。
引き出しを開ける音、何かを落としたような音。そして「あっ、これじゃないわ!」というアリスの声。
やがて、再び足音が近づいてくる。
「持ってきたわ!」
アリスが少し息を切らしながら戻ってきた。
手にはエドワードの上着が一着抱えられている。
「これ!この日に着てたやつ!」
そう言いながら、アリスは上着をセシリアの前へ差し出した。
服を近づけなくても分かるほど、甘い花の香りが残っていた。
部屋の空気へふわりと溶けるような、柔らかな匂いだ。
リーザロッテが目を丸くする。
「わ、本当にお花の香りがしますわ……!」
「結構しっかり残ってる」
セシルも驚いたように呟く。
セシリアは静かに椅子から立ち上がると、アリスの手から上着を受け取った。
そして目を閉じるようにして、ゆっくり香りを確かめる。
その姿は、まるで鑑定士だった。
しばらくしてから、セシリアが静かに口を開く。
「……ジャスミン。それと薔薇。少しだけ柑橘も混じってるわね」
アリスがぱちぱちと瞬きをする。
「わ、分かるの……?」
「ええ」
セシリアは上着を軽く持ち上げながら続けた。
「でも、これは香水っていうより花の移り香ね」
「移り香?」
「花屋とか、花を扱う場所に長くいた時につく匂いよ」
その言葉に、アリスがきょとんとする。
セシリアはさらに上着の袖口を見ながら、小さく頷いた。
「香水特有の重さが無いの。もっと自然な香り。それに、花弁の青っぽい匂いが残ってる」
「青っぽい匂いって何だ」
セシルが眉をひそめる。
「説明しにくいけど、あるのよ」
セシリアは真剣だった。
「少なくとも、“女性と密接に会ってました”って感じの香りではないわ」
その瞬間、アリスの肩から、目に見えて力が抜けた。
「よ、良かったぁ〜……」
へなへなと椅子へ座り込む。
どうやら本人が思っていた以上に不安だったらしい。エレノアが苦笑しながら背中を撫でた。
「もう、そんなに心配してたの?」
「だってぇ……!」
アリスは半分泣きそうな顔だった。そんな様子を見ながら、セシリアがふっと口元を緩める。
「アリス、多分、近いうちに良い事あるわよ」
「え?」
アリスが顔を上げる。セシリアはエドワードの上着を軽く持ち上げながら続けた。
「この匂い、ジャスミンや柑橘だけじゃないもの」
そして袖口へ顔を近づけ、小さく頷く。
「薔薇の香りが残ってる」
その言葉に、リーザロッテがぱっと目を輝かせた。
「まあ……!」
セシルも何か察したように片眉を上げる。
アリスだけがきょとんとしていたのだった。