軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12. 王太子とのデート

王太子と王都へ出かけることになったのは、アリスの家を訪ねた翌日のことだった。

きっかけは、アリスが相談のために持ってきたエドワードの上着である。あの上着に残っていた薔薇の香りを、セシリアは花そのものの移り香だと判断した。香水ではなく、花屋や温室のような場所に長くいた時に残る香り。そう説明すると、アリスは目に見えて安心した。

けれど、その話を王城へ戻ってから王太子に伝えると、彼は少し意外そうな顔をした。

「香りだけで、そこまで分かるものなのですね」

「必ず分かるわけではないわ。でも、香水と花の移り香は違うの。香水は匂いに重さが残るけれど、花そのものの香りはサッパリとしているのよ」

セシリアがそう説明すると、王太子は感心したように頷いた。

「あなたは、もう立派な香りの専門家ですね」

「専門家なんて、そんな大げさなものではないわ。本でかじっただけの知識よ」

王太子は少し考えてから、続けた。

「それなら、王都の香料店をもう少し見て回ってみてはどうですか」

「香料店を?」

「ええ。あなたが興味を持っているなら、材料を見に行くのもよいでしょう。花屋も、パン屋も、香りの勉強になるかもしれません」

パン屋、という言葉に、セシリアは思わず瞬きをした。

「パン屋も?」

「ほら……焼きたてのパンには、よい香りがするでしょう」

「それはそうね」

セシリアは少し笑った。

「では、明日にでも行きましょうか」

王太子があまりにも自然に言うので、セシリアは一瞬、意味を取り損ねた。

「……殿下も?」

「もちろん。私が提案したのですから」

「お忙しいのではないの?」

「時間を少し詰めれば、午後は空けられます」

「そこまでしていただくほどのことでは……」

「いえいえ、私もずっと部屋の中にいては気が滅入りますから。少し外を歩く理由が欲しかったのです」

王太子はそう言って、軽く笑った。

「それに、あなたがどんな店で材料を見るのか少し興味があります」

「私が?」

「ええ。香水や花の話をしている時のあなたは、とても楽しそうですから」

そう言われ、セシリアは一瞬返事に詰まった。

自分では、そんなに顔に出しているつもりはなかった。けれど、王太子は何でもないことのように言う。まるで、セシリアが花や香水の話をする時にどういう表情をしているのか、ずっと前から知っていたみたいに。

「……恥ずかしいわ」

「なぜです?」

「楽しそうだと言われると、少し」

「良いことではありませんか」

「そうだけれど」

セシリアが視線をそらすと、王太子はそれ以上からかうことはしなかった。

「では、明日の午後に。無理のない範囲で歩きましょう」

「ええ。よろしくお願いします」

そうして、翌日の外出が決まった。

翌朝、セシリアはいつもより少し早く目が覚めた。窓を開け、花瓶の水を替え、机の上の小瓶を一つずつ眺める。

殿下曰く、今日はお忍びだから、服装は控えめなものがよいらしい。

王太子がそう言った時、セシリアは少し意外に思った。彼は王都のことにも詳しく、街歩きにも慣れているのだと勝手に思っていたからだ。けれど実際には、香料店の場所も、花屋もパン屋までの道順も、昨日のうちに側近へ確認していたらしい。

その姿を思い出すと、セシリアは少しだけ頬を緩めた。自分だけが緊張しているわけではないのかもしれない。

支度を終える頃、扉の外から女官の声がかかった。

「セシリア様、殿下がお見えです」

セシリアは籠を持ち、扉を開けた。廊下に立っていた王太子は、いつもの正装とは違い、落ち着いた色の上着に飾りの少ない外套を合わせていた。。

「おはようございます。よくお似合いですね」

「……ありがとうございます。殿下も、いつもと雰囲気が違いますね」

「お忍び用です。とはいえ、あまり慣れてはいませんが」

王太子が少し困ったように笑ったので、セシリアもつられて笑う。

「昨日、道順を確認していたと聞きました」

「念のためです。迷ってしまっては困りますから」

「殿下でも、道に迷うことがあるのですか?」

「王城の中なら迷いません」

真面目に返され、セシリアは思わず口元を押さえた。

馬車は王都の中心部から少し離れた通りで止まった。大通りほど騒がしくはないが、人の行き来は多い。店先には花や布小物、焼き菓子が並び、開いた扉からそれぞれ違う香りが漂っている。

王太子は馬車を降りると、周囲を一度確認した。

「まずは花屋へ行きましょう。香料店は、その先の角を曲がったところだそうです」

二人は並んで歩き出した。

セシリアにとって、異性の、それも最近気にかけてくれる殿下の隣を歩くというのは、思っていた以上に落ち着かないものだった。

道端の花売りの声も、焼き菓子の甘い匂いも、石畳を行き交う馬車の音も、いつもより近い。けれど、それ以上に気になるのは、隣を歩く王太子の歩幅だった。

花を見て、香料を選び、焼き立てのパンを食べる。ただそれだけの外出なのに、隣に彼がいるだけで、いつもの王都の景色が少し違って見える。普通の日のはずだった。けれど、その普通の日を誰と過ごしたのかを、セシリアはきっとしばらく忘れないだろうと思った。