軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異常発生

翌日の昼前、C-287の入口近くにある食堂で、早めの飯を取った。

店の名物は、舞茸天ぷら付きの水沢うどんだった。ざるの上に太めのうどん。白く、表面がつやっと光っている。横に、舞茸の天ぷら。衣の端が立って、油の匂いがまだ熱い。つけ汁は胡麻だれと醤油だれの二つ。

「戦闘前に、揚げ物は重いか」

「篠塚さんなら、大丈夫だと思います」

真凛が言った。根拠は分からない。

うどんを一本、箸で取る。冷水で締めてあって、持ち上げると、少しだけ弾む。醤油だれにつけて啜ると、喉をすっと通っていく。舞茸の天ぷらは、歯を立てると衣が軽く割れ、中から熱い香りが出た。うどんをもう一口。

うまい。

うどんを食べ終えた頃合いで、店の人が盆を運んできた。

小ぶりの器に、つやのある小豆がこんもりと盛られている。その上に白玉が二つ。雪玉みたいに白い。

横には抹茶の寒天と、薄く削った氷が少しだけ添えられている。甘い匂いの中に、抹茶の青い苦みが混じっている。

「……これは、ずるいですね」

真凛が小さく言った。

さっきまで地元担当者との話を頭の中で整理していた顔が、甘味によって崩れる。スマホを出す動きも早かった。仕事中の資料確認より早いんじゃないか、と思ったが、口には出さない。

「えっ、白玉ぜんざいですかー。うれしい!しかも抹茶寒天つき」

霧島も身を乗り出した。疲れの残っていた目が、今だけ妙に生き返っている。

「霧島さん、顔が戻りましたね」

「戻ってませんよぉ。これは公務上必要な糖分補給です。っていうか、真凛さんも同じ顔してますからね?」

真凛は聞こえなかったふりをして、角度を変えて写真を撮っていた。

匙を取って、小豆を少しだけすくう。口に入れると、甘さは強いのにしつこくない。粒の皮がほろっと残って、あとから抹茶寒天の苦みが舌を締める。白玉は、噛むともちっと押し返してきた。

「……うまいな」

二人はなぜか満足そうに間食して、それから自分の器へ匙を入れた。

「そろそろ行きましょうか」

C-287の入口は、昨日より水の音が強かった。

高村さんと自治体担当、水路担当の若い男が入口の外で待っている。真凛は配信機材を確認し、霧島は自治体側の連絡を引き取った。園田は拠点から通話待機。ヘルメットの通信に、軽いノイズが乗っている。

「園田、聞こえるか」

『聞こえます』

「了解」

配信を入れた。画面の端で視聴者数が回る。コメントが流れ始める。

『また地方?』

『沼田のやつか』

『合同チーム撤退した個体って聞いた』

『おっさんなら行けるだろ感がすでにある』

そういう期待をされても困る。

階段を降りる。浅層は湿った岩場。水音が壁の奥を流れている。小型の沼蛇が二体、足元から出た。首を落として進む。二十秒もかからない。

中層に入ると、足元が泥に変わった。足首の上までつかる程度。それでも、踏むたびに、泥が靴底をつかむ。

奥から、低い水音。

沼の主がいた。

甲羅を持つ亀に似ているが、首が長い。蛇のように二本。背中には苔と泥がまとわりつき、甲羅の縁から、細い水が落ちている。大きさは大型トラックほど。赤い目が、こちらを見た。

一歩、沼へ入る。泥が重い。足場がこれだと膝に来る。

主が一つ目の首を伸ばした。速い。横へ避ける。首の根元を斬った。皮膚は分厚いが、剣は入る。二撃目で落とした。

落ちた首が、泥に沈む。だが本体は止まらない。二本目が横から来た。剣で受ける。重い。腕に衝撃が残る。

甲羅の縁を見た。

隙間がある。泥と水で隠れているが、呼吸のたびに、甲羅の中がわずかに動く。

踏み込もうとしたが泥が足を取る。腰を落として、甲羅の縁へ剣を差し込む。硬い。

角度を変えると入った。柄まで押し込む。

中で、何かが裂けた。

主が大きく震えた。二本目の首が、上へ跳ねる。俺は剣を抜かず、そのまま横へ引いた。甲羅の内側を、刃が走る。泥水が噴いた。

三秒。

沼の主は、前脚を折り、ゆっくり沈んだ。

水面が波打つ。赤い目の光が、泥の下で消える。

配信コメントが一気に流れた。

『速い』

『合同チーム一週間って何だったんだ』

『いや足場悪いのにその踏み込み何』

『おっさん、沼でもおっさん』

うるさいな。

俺は剣を抜き、泥を払った。奥の深層口を確認する。入口は開いているが、主がいた場所の奥で水流が落ち着き始めていた。

『篠塚さん』

園田の声が入った。

「言え」

『C-287側の映像、取得してます。戻ってくる頃には解析しておきます』

「了解」

頼もしいな。

地上へ出ると、高村さんが深く頭を下げた。

「ありがとうございます。水路、すぐ確認します」

「お願いします」

真凛がタブレットで記録を残し、霧島が自治体担当と警察へ連絡を回す。霧島の声は、きちんと敬語で、言葉を選んでいる。器用なやつだ。

高村さんは水路担当の若い男と、すぐに山側へ走っていった。駐在さんは、規制テープを畳みながら、何度もこちらを見た。派手な感謝ではなく、明日の朝に水が流れるかを確かめに行く顔だった。

霧島は、その背中を見送っていた。

現地案件はいったん完了。

そう思った瞬間、真凛のスマホではなく、俺の通信が鳴った。

『篠塚さん』

園田の声だった。

地上の風が、ヘルメットのマイクに当たる。泥の匂いがまだ体に残っていた。

「どうした」

『C-087です』

少し動揺しているようだった。

『深層観測端末、赤になっています。ミノタウロスです』

「なんだと」

『前回ミノタウロス級の反応を基準値一として、現時点の見かけ脅威度は二・二から二・四。振幅が大きく、体積推定が安定しません』

「倍以上か」

『はい。しかも深層から地上へとゆっくりではありますが移動しています』

真凛と霧島がこちらを見る。

「わかった、俺たちは急いで戻る」

『装備はこちらで準備しておきます』

「頼む。園田、無理に近づくな」

『了解です』

通信が切れる。

真凛がすぐに荷物を畳んだ。

「高村さんへの引き渡し書類は私がまとめます。最低限だけ残して、あとで送ります」

「頼む」

俺は剣を鞘に収めた。泥がまだ少し残っている。

「霧島、車だ」

「はい。すぐ出します」

返事は早い。けれど、ハッチバックのキーを取り出す手が、一度だけ空振りした。真凛が何も言わず、キーケースを拾って渡す。

「ありがとうございます、久我さん」

山の匂いを残したまま、俺たちはC-087へ戻ることになった。