軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

超深層、六階層

配信を始めた。

アプリの起動ボタンを押した瞬間、視聴者カウンターが跳ねた。三千。三千二百。三千五百——開始直後で、もう昨日の最終視聴者数を超えている。

「えー、おっさん探索者です。今日はC-087の、えーと、昨日見つけた地図にない通路の先に行きます。行けるところまで」

『コメント:きたきたきたきたきた!!!!』

『コメント:おっさん待ってた!!! 仕事さぼって見に来た!!!』

『コメント:管理局に報告した? これ勝手に入っていいやつ?』

『コメント:しなくていい そのまま突っ込め』

『コメント:>>4 お前が犯罪教唆するな』

「報告はしたよ。管理局に電話したら『確認します』って言われて、そのまま折り返しがない。まあ、お役所だから。年度末だし」

五階層を一気に駆け抜けた。ゴブリンの群れ、スケルトンの列、大型のオーク。出てくるたびに片づけた。剣が空気を切る音、モンスターが塵になる音、報酬結晶が床に転がる音。三十分かからなかった。肩が温まってきて、呼吸のリズムが安定する。体がダンジョン用のモードに入る感覚。

ボスの間。昨日倒したミノタウロスは復活していた。ダンジョンのモンスターは時間経過で再出現する。昨日と同じ体格、同じ大斧。ただ、昨日の記憶は引き継いでいない。初めて出会ったような顔で、こちらを見ている。

斧を振り上げるミノタウロスの懐に滑り込んだ。牛脂の匂い。昨日と同じ場所——腰と背中の継ぎ目を突いた。手応え。柔らかい。崩れて、塵になる。

「おつかれさん。——で、問題はこの先だ」

ボス部屋の奥の通路。昨日と同じ冷たい空気が流れてくる。鉄錆に似た匂い。肌がぴりつく。

今日はヘッドライトを二個持ってきた。ヘルメットに一個、胸元にサブで一個。百均で買ったクリップライトを養生テープで留めただけだが、ないよりはいい。

通路に入った。靴底が黒い石に当たる、硬い足音。壁の紋様が光に浮かぶ。幾何学的な模様が壁一面に広がっていた。五階層までの粗い石組みとはまるで違う。彫り込まれた線が、ヘッドライトの角度で明滅するように見える。

「……これ、上の階層にはなかったよな。石の材質も紋様も全然違う」

『コメント:明らかに別のダンジョンだろこれ 壁の質感が違いすぎる』

『コメント:この紋様、S級ダンジョンの最深部で報告されてるやつに似てる気がする 詳しいやつ検証してくれ』

『コメント:おっさん気をつけてな……』

『コメント:ライト百均のやつじゃね? 装備ちゃんとしろよ……』

百メートルほど進むと、通路が急に開けた。

広い。

天井が見えない。ヘッドライトの光を上に向けても、十メートル以上は確実にある。闇に吸い込まれていく。壁にも同じ紋様が刻まれていて、光を当てると淡く反射する。空間全体が暗い青色をしている。深海の底みたいだ。

空気の密度が、五階層とは別次元だった。息を吸うと、肺の中に冷たい塊が入ってくるような感覚。吐く息が白い。

「ここが六階層か」

視聴者数:五千八百。

空間の中央に、何かがあった。

青白い光。暗い空間の中で、そこだけが淡く発光している。

近づいた。足音が空間に反響する。広い場所特有の、遠くで跳ね返ってくるエコー。

——結晶だった。

人の頭くらいの大きさの透明な結晶が、地面から三十センチほどの高さに浮いている。浮いている、のだ。台座はない。何もない空間に、ただそこにある。表面に、壁と同じ紋様が走っていた。内側から光が滲んでいて、近づくと顔が青白く照らされる。

「なんだこれ」

手を伸ばした。指先が結晶の表面に触れる。冷たい。石よりも硬い。ガラスのような滑らかさがあるが、振動している。かすかに、脈打つように。触れると冷たさが消えた。指先から手のひらにかけて、じわりと温かさが広がっていく。結晶の温度が変わったのか、自分の体温が移ったのか、分からない。さっきまで冷たかった表面が、人肌のような温度になっている。

——瞬間、空気が震えた。

ぶん、という低い振動が腹の底に響いた。結晶から光が放射される。壁の紋様が一斉に発光して、空間が青白い光に満たされた。床が揺れる。足元が不安定になって、膝を落として姿勢を低くした。

光が強い。目を細める。紋様の光が波紋のように壁を走っていく。天井の暗闇の中にまで光が届いて、初めて天井の形が見えた。ドーム状だ。紋様が天井にまで刻まれている。

『コメント:うわあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『コメント:何が起きた!? 地震か!?』

『コメント:おっさん逃げろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『コメント:待て、あれダンジョンコアじゃないか????????』

『コメント:B級ダンジョンにコアがあるわけないだろ!!!! A級以上の上位ダンジョンにしか存在しないはずの!!!!』

『コメント:でもあの光り方はコアだぞ 反応パターンが一致してる 元研究者だけど間違いない』

光が収まった。

結晶は元通り、静かに浮いている。脈動も、光も、穏やかなものに戻った。

何も起きなかった——わけではない。

空間の奥に、さっきまでなかった通路が口を開いていた。

「……増えた」

視聴者数:一万二千。

『コメント:「増えた」ってレベルの話してねえよ!!!!!!!!』

『コメント:結晶に触れたら新しい通路が出現????????????????』

『コメント:ダンジョンが生きてるってこと??? 反応してる????????』

『コメント:管理局案件だっつーの!!! SSS級ダンジョンと同じ現象だぞこれ!!!!!!!!』

『コメント:おっさん落ち着きすぎて逆に怖い』

『コメント:落ち着いてるんじゃなくて何が起きてるか分かってないだけ説』

『コメント:それはそれで怖いんだよなあ……』

「えーと、奥にまた道ができたみたいだけど……今日はここまでにしようかな。腹減ったし」

『コメント:腹減ったじゃねえよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『コメント:世紀の大発見を前にして飯の心配かよwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『コメント:おっさんブレなさすぎて好きだわもう』

『コメント:こういう人だから20年生き残ってきたんだろうな 腹減ったら帰る。基本に忠実』

「探索は体力勝負だから。飯食わないと動けないんだよ。これは基本だぞ」

引き返した。五階層を登っていく。体は重くない。ただ、さっき結晶に触れた右手が、少しだけ温かい。指先に、脈動の残響が残っている。握ったり開いたりしてみたが、痛みはない。ただ温かい。不思議な感覚だ。

吉田食堂。昼定食、六百円。今日は鯖の味噌煮。

甘辛い味噌の匂いがカウンターに漂っている。皿に盛られた鯖は、煮汁が照り照りに光っていて、身がふっくらしている。箸を入れると、ほろりと崩れた。白い身に味噌が染みている。白飯に乗せて食べた。甘い味噌と、鯖の脂と、白飯の甘さ。三重に甘い。うまい。

「遥一、最近スマホばっか見てるな」

「なんか、配信が伸びてるらしくて」

「ほう」

「フォロワーが一万超えた」

「すごいじゃん」

「いや、俺が凄いんじゃなくて、ダンジョンが珍しいだけだと思う」

「まあ何でもいいけど、飯はちゃんと食え」

「食ってるよ。ここで毎日」

「だから安心してんだ」

じいさんが鉄瓶から湯飲みにお茶を注いでくれた。ほうじ茶。香ばしい匂い。

鯖の味噌煮を完食して、味噌汁を飲み干した。スマホの通知が止まらない。フォロワーが一万五千を超えていた。

右手がまだ温かい。

まあ、飯がうまかったから、今日はいい日だ。