軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元企業、動く

配信四日目の朝。フォロワー三万。再生数は累計で五十万を超えていた。

俺は卵かけご飯を食べていた。卵は昨日スーパーの特売で買い足した十個パック。醤油は吉田のじいさんにもらった少しいいやつで、卵の甘みが際立つ。白飯が熱いうちに卵を落として、箸でざくざく混ぜる。黄身が飯粒にからんで、一口ごとにとろっとした食感が口に広がる。

スマホが鳴った。知らない番号。ただ、市外局番に見覚えがある。新宿。スフィア本社のあるエリアだ。

箸を置いて、出た。

「篠塚か。久しぶりだな」

黒沢常務。スフィア・コーポレーションの経営陣で、探索部門の統廃合を主導した人間だ。高梨部長のさらに上。声は落ち着いているが、わずかに早口だった。普段はもっと間を取って喋る男だ。

「……お久しぶりです」

「単刀直入に言う。C-087の個人探索権だが、会社に返却する気はないか」

一瞬、耳を疑った。

「は?」

「適正な対価は出す。お前にとっても悪い話ではないはずだ」

テーブルの上の卵かけご飯が湯気を上げている。冷めていく。

「あの、黒沢常務。あのダンジョンは退職金の代わりに押し付けられたものですが」

「状況が変わった。あのダンジョンには想定外の——」

「地図にない階層がありました。ご存じですか」

電話の向こうが、一瞬黙った。空白が長い。二秒。三秒。

「……配信は見た。あの深層は、会社として把握していなかった事象だ。だからこそ、個人ではなく企業レベルの管理体制が——」

「二十年働いた人間をリストラしたあとに言う台詞ですかね、それ」

自分でも驚くくらい淡々と出てきた。怒っているわけじゃない。声を荒らげる気もない。ただ、面倒くさい。朝飯が冷めていくのが腹立たしい。

「とりあえず、お断りします。飯代を稼がないといけないので」

「篠塚——」

「失礼します」

電話を切った。

卵かけご飯を食べ直した。冷めていた。卵の黄身が固まりかけていて、さっきのとろっとした食感はもうない。

——もう一杯作るか、と思ったが、卵がもったいないのでやめた。

その日の配信を終えて帰ると、掲示板のスレッドが伸びていた。

```

【悲報】おっさん配信者のダンジョン、元所属企業が取り返しに来る模様

87: 名無しの探索者

ダンジョン管理局のデータベースに

C-087の管理者変更申請が出されてるぞ

申請者:スフィア・コーポレーション

申請日:今日

91: 名無しの探索者

自分で押し付けておいて取り返すとか

人としてどうなの

95: 名無しの探索者

>>91

人じゃなくて企業だから……

99: 名無しの探索者

超深層が見つかって

急に価値が出たから手のひら返しだろ

分かりやすいにも程がある

103: 名無しの探索者

探索権は法的に譲渡済みだから

本人が同意しない限り取り返せないはず

>>87の申請は法的根拠なしだろ

107: 名無しの探索者

企業が個人に圧力かけて同意させるパターンだよ

大手のやり口知ってるか?

法務部と顧問弁護士で個人を囲んで「合意」を取り付ける

111: 名無しの探索者

おっさんリストラしておいて

「企業レベルの管理が必要」とか言い出すんだろ

もう目に見えてる

115: 名無しの探索者

Xでも拡散され始めてる

「大手探索企業がリストラした元社員のダンジョンを

超深層が見つかった途端に取り返そうとしている」

ポストが3万いいねいってるぞ

119: 名無しの探索者

おっさん頑張れ。応援してる

去年リストラされた身としてはおっさんに感情移入しかない

124: 名無しの探索者

てかこのおっさん、スフィアの探索部門に二十年いたんだろ

B級ボス一突きの実力者を切るとか

人事のやつ目が節穴じゃね?

128: 名無しの探索者

>>124

節穴以前の問題

宝を捨てて、捨てた先で宝だと気づいて慌てて拾いに行ってる

コントだよ

```

読み終わった。スマホを裏返しにしてテーブルに置いた。

掲示板の人たちが怒ってくれているのは、なんとなく分かる。でも、俺は別に怒っていない。黒沢常務は黒沢常務で、会社の利益のためにやっているだけだ。上場企業の経営陣なんてそんなもんだろう。

ただ——あのダンジョンの奥にあるもの。六階層の結晶が開いた通路の先。あれが何なのか。

それだけが気になっている。

明日も潜る。腹が減る前に行って、腹が減る前に帰る。いつも通りだ。

配信準備。ヘルメットのカメラの充電ケーブルを差して、枕元に置いた。明日の朝定食は何かな。焼き鮭だといいな。

目を閉じた。