軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶:二枚目

「もう一度撮れないか、なんて言うんです」

エルシーは興奮気味にアリエルに言う。肩にかけられた籠には、前と同じく高価なカメラが収められていた。

「え、嫌なんだけど」

「アリエル? 少しぐらいいいじゃない?」

コティングリーの林に近い野原で少女ら三人は落ち合っていた。

今日もよく晴れて、九月にしては暑い日だ。日に弱いエルシーは帽子でその長い髪の根を隠し、それでもつばの下の目を輝かせていた。

「この前の写真を何枚か焼き増しして友達に配ったんですけど……やっぱり、私がモデルの写真もないと寂しいかなって」

「主役はあたしじゃなかったの?」

「アリエルは、主役というか……主題ですし」

ね? とエルシーはフランシスに向けて問いかける。

フランシスはうんと頷き、エルシーからカメラを受け取った。

「今日は私が撮るのよ!!」

モデルになるよりも嬉しそうにフランシスは頬と鼻を膨らませる。

カメラという珍しい機械。今まで触らせてもらえずに溜まった鬱憤を、今日晴らせるのだと信じて。

「さあてどうしようかしらね!?」

だから今日は自分が構図を決めるのだ。そういきり立ってフランシスは野原をぐるりと見回して、しゃがんで立ってを繰り返して景色を見た。

林が風に揺れてざあと鳴る。

「フランシス、私がここに座りますから……」

エルシーは言いつつ青空を見て目を細める。これだけ明るければ大丈夫だろう。少しだけ幼いこの従姉妹にも、きっとカメラの操作はできる。そう思い、しかしそうだろうかと不安になった。

「操作方法はわかりますよね?」

「わかるよ!」

カメラ撮影というのは、素人でも簡単にやろうと思えば簡単に出来るものだ。

画質にこだわらず、また構図や画角、発色などを捨て置けばシャッターを切るだけで像は結ばれる。

だがもちろんそうしたところで写真の質は担保されない。

写真撮影は簡単だが、しかし綺麗に、または正確に行おうと思えば奥が深くなる。

順光か逆光か、モデルの姿はどうだろうか。奥行きを表すためのレンズの選別、日によって変わる光量とモデルの動作による影響を抑えるための露出の調整。その他様々な要素が写真に影響を与える。

カメラマンというのはその時その時で最適な写真を撮ることが出来るからこそ素人とは異なり、だからこそ出来る者をカメラマンと呼ぶ。

今日の小さなカメラマンはその操作をエルシーに教わり、そして自信満々だった。

乾板を入れたのもエルシーで、ならば大きな失敗もない。

カメラマンの手でカメラのつまみが調整され、露出が少なく調整されているのには誰も気付かなかったことだが。

「前回はフェアリーでしたけど、今回はノームのイラストを作ってきました」

そしてエルシーには、少しばかりの秘密があった。

嘘をついた。最初の写真でいくつものイラストを用意したのは『にぎやかし』のためであった。アリエルの周囲を踊る五人の妖精を用意し、画面を晴れやかにしようと。

けれど、今日の一枚のイラストはそうではない。

用意した理由は、『不安』。

「アリエル、ノームっているの?」

フランシスの問いは、本当にそんな者が存在するのか、という意味ではない。

存在を疑ってはいない。だが、アリエルが知っているか、という問い。

もちろんアリエルとしては、躊躇なく頷くだけだ。

「いるわよ」

「どんな感じ?」

「それは実際に見た方が早いわね」

どこか得意げな顔を作り、アリエルは指をふわふわと振る。

振った指を最後に力強く向けた先、そこには地面に小さな穴が空いており、そしてぴょこりと。

「ふぉっ!?」

ぴょこりと頭を見せていた老人が声を上げる。

少女らの楽しげな声に誘われて、様子を見ていただけなのに。

「出てきなさいよ」

「…………」

アリエルに促され、しぶしぶとノームが穴から這い出るように姿を見せた。

長い髭を生やし、長い とんがり帽子(フリジア帽) を被る。背中には蛾のような羽根。

老人の背丈はアリエルよりも少し小さい。おおよそ四寸といったところで、フランシスたちからすればごく小さな生き物だった。

「よく地面の中に穴を掘ってるの。ね?」

アリエルの問いに、へへ、と頭を掻きながら恥ずかしげに笑い、戻ってもいいか、と身振りで示す。

日に弱いのはエルシーと同じ。鼻の頭の赤みは、日に焼けたものだった。

ぴょこん、と飛び込むようにまたノームは足下から穴に入り、手を振って頭を完全に隠す。後に残るのは、老人が通れるくらいの小さな穴だけだ。

「モグラが掘った穴かと思ってた」

フランシスは感心するように言う。

たしかに、今までもこの森や家屋の近くで、そのような穴や、もしくは地面の下を掘ったことによる筋状の盛り上がりを見たことがある。けれども、それが彼、もしくは彼らの仕業だったとは。

しかし、そうだ。彼ら、ならば。

「一人だけじゃないよね?」

目を輝かせるようにして、フランシスは振り返ってアリエルを見た。

「ええ。あの子以外にもいっぱいいるわ」

アリエルは目を細めて森を見回した。

ざわざわと、皆がフランシスの言葉に色めき立った気配がする。ノームたちだけではない。この森に住む、大人には見えない生物たちが。

「早く、フランシス、写真を撮ってしまいましょう」

「あ、うん」

エルシーの言葉にフランシスは頷き、またカメラに注意を戻す。大丈夫、このボタンを押せば撮れるはずだ、と確認するように。

結局本物のノームは姿を消してしまったが、しかし写真にはノームを使うことに決めた。

アリエルがそこにいるのに。フランシスはそう不思議に思ったが、エルシーがそうしたいと言うのだ。ならばやめさせる理由はない。

エルシーが座り、スカートの裾に『ノームの切り絵』を固定する。

切り絵は実際のノームよりも倍ほどに大きかったが、それは気にしないでもいいだろう。

カメラを構えたフランシスが、そのどこか楽しみを思い浮かべるようなエルシーの笑みを見て、ぽつりと呟き問う。

「……この写真、あの子に渡すのよね?」

「ええ」

「あの子?」

恥ずかしげに頷いたエルシー。その会話に出た『あの子』という単語がわからずアリエルは繰り返した。

フランシスも得意げに、楽しそうに、それでいてどこか寂しそうにアリエルへ顔を向ける。

「エルシーはね、最近好きな人が出来たんですって」

「へえ……」

パタパタと羽を鳴らしてアリエルがエルシーの顔を見る。

その視線を感じたのか、恥ずかしげに乙女は帽子を深く被り直した。

「この前紹介してもらったけど、とっても格好良かったよ?」

「そりゃよかったわ」

宙に浮かんだまま腕を組んで、アリエルは鼻を鳴らす。なるほど、自分がモデルの写真を撮りたいというのはそういうことか。

焼き増しにして配られたのはフランシスの写真。だが意中の男性の気を引くならば、自分の写真でなければならないだろう。

「アリエルも見たら夢中になっちゃうかも」

「豚の鳴き真似ならもう少し上品にお願い」

そんなわけがない、とアリエルは思う。アリエルにとっての一番は、あれからずっと変わらない。若いときも年老いても、その魅力を失わなかったあの一人の男性だけだ。

もっとも、これから先もそうであるか、そんな保証は誰にも出来ないのだが。

「…………」

そして、アリエルが何故だか不機嫌になったのがフランシスにはわかった。

羽を動かす調子に、表情に、組んだ腕の指先が、きっとそうなのだと。

「早く撮っちゃってよ」

アリエルまでもがフランシスを急かす。

急かされたフランシスは、スカートの裾の調子が気になっているエルシーに向かって、思わず声をかけた。

「うん。いくよー」

「あ、ちょっと待って下さ」

い、と発音する間際、フランシスの手でシャッターが切られる。

露出不足という不手際はあったが、それもまた素人の手による写真にしては上出来の類いだろう。

恋は少女を大人にする。

大人になる前の少女を切り取った写真には、そのはにかむ笑顔が写っていた。