軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶:フランシスと妖精たち

「やっぱり誰も信じてくれないのね?」

ぶす、と唇を尖らせて、フランシスはアリエルに報告する。森の中、 小川(ベック) のせせらぎの横に立つ彼女たちだが、少女の高い声は滝の音に紛れない。

岩に腰かけて膝に肘を当てて頬杖をつくアリエルは、ほら見なさい、と表情で語る。

フランシスは大人たちにアリエルのことを話したのだという。

そんなことをするな、とアリエルが言い含めるのにもかかわらず。そんなことをしてもどうせ大人たちは信じない、という忠告をしたのにもかかわらず。

「だからアリエル、おうちへ来てくれない? エルシーのお父様もお母様も、アリエルを見たら信じてくれるよ」

「それは嫌よ。あたし大人嫌いなの」

出会ってから数ヶ月、アリエルはしきりにそうフランシスから誘いを受けていた。

けれどもアリエルの答えはいつも変わらない。大人たちは嫌いだ。元の世界では勇者と共に魔王を討ち、その名を知らないものはいないほどの存在の承認を受けた彼女だが、それ以前のことはよく覚えている。

大人たちは妖精を否定する生き物だ。

妖精なんていない、と心から思い、そして自分にまでも言い聞かせる。

アリエルが目の前に現れようともまずは疑い、『妖精ではない』根拠を探し続けるもの。幻覚だろう、夢だろう、と思う者はまだ良い。羽虫の一種だろう、新種の生物だろう、と捕らえて研究しようとする者。神の使いという全くの別物と同一視し崇めようとする者まで。

自分は妖精だ。自分たちは妖精だ。

肉のある身体を持つ自分はまだマシで、仲間たちなどはそうやって大人たちに存在自体を消されてきた。

子供の頃から一緒にいたのに。いつでも自分はそこにいたのに。

そう嘆くようにして、死体も何の痕跡も残さず、薄れて消えていく同輩たちに出会ったことなど数知れない。

「大丈夫、きっとおじさまたちなら大丈夫だから、ね?」

「 嫌(いーや) 」

だからアリエルもそれは譲れない。

いないと思いたければ思っていればいいのだ。それを今更信じるなんて、それこそ掌返しで腹が立つ。

ぷい、と顔を背けたアリエルに、しかしフランシスは笑いかける。

先ほどまでの楽しみの笑みではなく、愉しみの笑みに種類を変えて。

「……というと思って、ね?」

それから問いかけるのは、傍らにいたもう一人の少女。既に十六歳を迎えて、もうすぐ大人になろうかと思われる程度の幼さの残る少女だった。

ふふ、と笑いながらフランシスはその少女、エルシーと頷きあった。

エルシーは自分の持ってきた弁当の籠ではなく、その横にあったそれと同じほどの大きさの籠を開く。

「お父様が最近買ったそうなんですよ」

「なあに、それ」

「カメラだって!」

取り出された箱形のミッジ・カメラをエルシーはアリエルに示し、傍らに置く。

そしてもう一つ、取り出したのは小さな紙の束。紙はそれぞれ形が違い、どれにも鉛筆で人型の何かが画かれていた。

絵の具でつけられた色は色彩豊か。桃に橙、藤や紫、五色の派手な色の羽根を持つ妖精たち。

「お父様は一枚しか乾板を下さらなかったから、失敗できないですね」

言い聞かせるようにして、エルシーは紙に帽子のピンを取り付けてゆく。

「私は何処にいればいいかしら?」

「そうね……フランシスはそこから、そう、ひょこっと顔が見えていたら可愛くないですか?」

「アリエルは私の横ね!!?」

「は?」

着々と進んでゆく何かしらの儀式のような光景。そこにアリエルは面食らいながら、少しだけ後ずさりした。

妖精の絵がトッドスツールのように並ぶ茸に刺されてゆく。まるで踊るように手足を伸ばした五体の妖精は、アリエルよりも少し小さい。

花の髪飾りをつけたフランシスは土手から顔を覗かせて立ち、川岸にしゃがむエルシーに向けて笑みを浮かべた。

「写真とか聞いてないんだけど!?」

焦るアリエルは眩しい日の中に隠れようとする。飛び去るように苔むした地面を蹴った彼女は、しかし逃れる隙も無く。

「いいじゃない?」

シャッター音が響く。

エルシーが恐る恐ると切ったシャッターはちょうどアリエルが飛んだ瞬間を捉えており、フランシスはそれを頬杖をついて見送っていた。

写真の現像はその日の夜だ。

病弱な一人娘にせがまれて、高価なカメラを貸し出したことを妻に叱られていたエルシーの父親の仕事だった。

地元の工場で働く彼には写真の知識などほとんどない。カメラに乾板を入れることすらもおぼつかず、どうにかこうにか入れた後に、『失敗していないだろうか』と不安になった程度のものだ。

赤いランプの暗室の中、作業を始めた彼は娘に問いかける。

「……妖精なんて本当にいるのかい?」

「いるわ、もちろん」

薬品の酸っぱい臭いが充満する暗室の中にいるのは二人だけで、まだ十歳と小さいフランシスは入室を許されなかった。

エルシーとて結果が気になり父に頼み込んだ結果であって、手出しをすることは禁じられている。

父が慎重に、銀色のトレイに注がれた現像液の中に乾板を浸す。何せ彼も慣れていないのだ。赤い光の視界の中で、こつんとそこにガラス板が当たった音が響いた。

エルシーは、その液体の中でぼんやりと像を結んでゆくガラス板を見つめていた。

今か今かと楽しみにするように。事実、楽しみに。

やがて、感光していた像が姿を見せる。

そこにいたのは、たしかに、従姉妹のフランシスと妖精たちで……。

「フランシス! フランシス! 写ってるわよ、あの妖精たちが本当に!!」

まだ引き伸ばす前の小さな乾板だ。しかしそこにはたしかに、フランシスと妖精が写っていた。その言葉の前に、小さく「おぉ」と声を上げたのは父親だった。

「ね、お父様、本当だったでしょ?」

隣で見上げている娘に応えて、父は頷く。

急ぎ乾板を酢酸に浸してまじまじと見れば、確かにそこには娘たちの言うとおり五体の妖精がそこにいる。

声と手が震える。まさか、本当に妖精が存在するなんて。

水洗いをした乾板を手に、エルシーが暗室を出る。呆けたように父はそれを見送った。

そして乾板を見せられたフランシスは、予想通りのその乾板に写った像に歓喜した。

写真下方には、エルシーが用意した賑やかしの妖精の絵が踊る。

中央には頬杖をついたフランシス。そしてその視線の先、写真の右上で、逃げ腰になりながら宙に浮かんでいるのは妖精アリエル。

「これでみんなにも信じてもらえるよね!?」

アリエルもこれで文句は言えまい。

妖精が信じられないなんてそんなことはない。だって目の前には、確かにその証拠があるのだから。

明日アリエルに報告しよう。

友達に悲しい顔をさせないように。

その日の夜。フランシスは明日を想像し、中々寝付くことが出来なかった。