作品タイトル不明
29:公爵領の宿屋跡01
水色のワンピースは、くるぶしまでの長さとはいえ歩きやすい。それに、ドレスと違って軽いので体の疲労度が変わる。前世ではドレスなんて日常的に着なかったので、このドレスを日々着る生活は、なかなかに疲れるのよね。
「そういう格好も似合っていて可愛いな」
「……ギース様は本当に、以前が嘘のように饒舌になっていますよね」
「言葉は尽くさないと伝わらないからな」
「それは、まぁ、同意しますが」
でも、恥ずかしいのよね。
とはいえ、だんだん慣れてきている自分がいる。恐ろしい。
今日はギース様と二人で、公爵領内の空き建物をチェックしにきている。ガラス工房とエステサロンに使える建物を探そうという狙い。
なんだけど……。
「馬車で領内を一緒に回るのは初めてだ。これは言うなればデートだな」
と、ギース様は妙に浮かれている。
まぁ、そのくらい楽しみながら仕事をした方が、しかめっ面で働くよりもよっぽど良い。
今は領内もまだまだ貧しいので、馬車も一番質素なものにしてもらった。お金がある時代に作った立派な馬車もあるけど、この状態の領内でそんなものに乗っていたら、反感買いまくりだもんね。それをギース様に伝えたら、感動してたけど。
「本当に、レダは気が利くなぁ」
なんて言われても、これは私が前世でブラック企業にいたときに、私たちは終電がなくなったら朝まで会社で働いていたのに、社長はさっさとタクシーで帰っていった記憶があるからなんだと思う。くそぅ。
領内は、お金があったころに道路などの公共事業を終えていたから、道はとてもきれいだ。きちんとこうした事業を領民のために行っていたからこそ、きっと今の貧乏公爵領となっても、領民が領主を恨んだりしないんだと思う。
「あ! あの建物は?」
「あれは以前宿屋だった場所だな」
「今はもう宿屋ではない?」
「ああ。今の我が領に、わざわざ泊まりでやってくる者はいないからな。皆廃業してしまった」
「……ナルホド」
確かに、特に観光資源があるわけでもないこの領地であれば、視察に来るお役人くらいしか来領客はいないだろう。そして、そういう人であれば、領主の住む公爵邸に宿泊する。つまり、宿屋は不要になるのだ。
今後以前のような豊かな公爵領に戻れば、ガラス工房や野菜の買い付けで人が戻ってくるはずだ。そこにプラスして、今度は観光事業ができたら、エステサロンとセットで宿屋を売り出すことができる。
「あの宿屋跡の持ち主の方は、ご存じでしょうか」
「ああ、あそこはすでに領地の管理物件になってる」
「と言うことは」
「すぐに中を見ることが可能だ」
「まぁ! あ、でも鍵は……」
「一応、領内の建物の鍵は持ってきているから安心して」
ギース様、仕事ができる……っ!
痩せ枯れている畑を過ぎ、緑の木立を抜けると、緩やかな丘が現れる。
遠目で見えていたのは、丘の上に建物があったからのようだ。
少しだけ丘を進むと、古ぼけてはいるが、なかなか瀟洒な建物が現れた。これは、外にバラやツタなどを育てたらなかなか素敵なお屋敷風になりそうね。
「さぁ、私のかわいい奥さん。お手をどうぞ」
止まった馬車を先に降りたギース様が私に手を差し出す。
その姿を何度も見ていたのに、いつもと場所が違うからか、妙にドキドキしてしまった。
ゆっくりとその手に自分のそれを重ねる。
ギース様の優しい笑顔に、思わず──
「レダ!?」
飛びついてしまった。突然だったせいか、ギース様はわずかに後ろに数歩ずれるけれど、さすがは武人。しっかりと受け止めてくれた。
抱きついた瞬間にうまく体をずらし、横抱きにしてくれる。
「ふふ。ギース様が格好良くて、つい抱きついちゃいました」
「嬉しいけど、危ないから今度は事前に言って欲しいな。でも──いつでも受け止めるよ」
そんなことを言って、頬にキスを落とすギース様は、最高に王子様に見えた。