軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジゼル視点 白き役立たず 9

……オスカーは手紙を無事に届けてくれただろうか。

四角い小さな窓の向こうを眺めながら、託したばかりの手紙を気にする。

黒犬(オスカー) の首輪へと結びつけ、走り去るところを見送ってはいるので、あの手紙がエドガーやジャスパーたち誘拐犯の手へと渡らなかったことだけは確かだ。

賢い黒犬ならば近くにいるジャン=チャックへと手紙を届けてくれただろうし、近くにいなかったとしても下手な相手に手紙を奪われるようなことにはならないだろう。

そういった意味では、私が持っているよりも安心と言えた。

……これから向かうのは帝都トラルバッハ、と。帝都はさすがに知っている。

ズーガリー帝国内の地理には詳しくないが、さすがに隣国の都ともなれば、私でも知っている。

帝都トラルバッハといえば、エラース大山脈の中腹に作られた極寒の都市だ。

これから夏に向かって少しは過ごしやすくなるはずなのだが、場所が場所なだけに夏でも雪が残る地だった。

普通に考えてなぜそのような場所へと都市を築いたのか、と当時の皇帝の正気を疑いたくなるところだが、為政者が道理を無視して不可能と思われる地へと絢爛豪華な宮殿を造る理由など、国の威信を他国へと見せ付けるといった狙いしかない。

帝都がエラース大山脈の中腹へと作られたのは、ズーガリー帝国が誕生した頃の話だ。

誕生したばかりの国の威信を、他国へと誇示したかったのだろう。

……無理を押しても、やはり山頂へは街を築けなかったようだけど。

二百年前の皇帝は諦めたようなのだが、現在の皇帝はエラース大山脈の山頂付近に巨大な塔を建設しているらしい。

エラース大山脈の凍りついた大地には、永く礎を打ち込むことができずにいたそうなのだが、新しい工法が確立されたのだ、とアウグスタ城の 女中(メイド) が噂していた。

エラース大山脈の山頂へと建設中の塔ため、ただでさえ兵役で駆りだされる働き盛りの男たちが、兵役を終えても村に返されることがなかったのだと不満を零していたのを覚えている。

……そんなに巨大な塔なら、遠くからでも見えるだろうか。

子どものような好奇心をもって窓の外を見ているのだが、使用人が待機するだけの空間に付けられた窓だ。

あまり大きく作られているわけもなく、薄く曇った灰色の空しか見えなかった。

……気まずい。

馬車に作られた使用人が待機するためだけの空間は、とにかく狭い。

主たちの空間である馬車の前方部分は広く、快適に作られているのだが、使用人の空間は別だ。

家具や荷物とほぼ同じ扱いを受ける使用人の空間は、本当に狭い。

ズーガリー帝国へと運ばれる際に詰め込まれていた二重底の馬車よりかは幾分快適だ、とでも前向きに考えなければ、耐えられないだろう。

まさか、あの経験が活かされる日が来るとは思わなかった。

イヴィジア王国では、使用人用の空間はもう少し広いし、なんだったら別に馬車を用意する。

使用人を家具に 例(たと) えることはイヴィジア王国にもあったが、本当に荷物と同じように人間を詰め込むだなどと、イヴィジア王国では考えられないことだった。

そしてそんな狭い空間に、私の他にもう一人いる。

……薬師なのだから、クリスティーナお嬢様から離れるべきではないと思うのだけど。

非常に不本意ながら、すぐ隣にはジャスパーが座っていた。

この辺りも、イヴィジア王国とズーガリー帝国の違いだろう。

イヴィジア王国であれば薬師の扱いはよく、お抱えの薬師ともなれば主人と同じか別に馬車を用意される。

これがズーガリー帝国になると、薬師といえども扱いは使用人と同じだ。

荷物と同じように狭い空間へと積み込まれて運ばれる。

ズーガリー帝国に定着する薬師が少ないのは、ズーガリー帝国の貴族が薬師を軽んじるからだ。

……クリスティーナお嬢様は、大丈夫だろうか。

視線を小さな窓から、壁に阻まれた前方へと向ける。

呼ばれた時以外は使用人の入ることができない、主たちの空間が壁の向こうにはあった。

クリスティーナであればいつものようにおとなしく固定された椅子に座っているだろうが、問題はエドガーだ。

クリスティーナは黙って置いておくことはできるが、長旅の暇つぶしとしてエドガーの遊び相手をしてやることはできない。

ボビンレースや刺繍を与えておけばクリスティーナは何時間でも一人で過ごせるが、エドガーにそれは難しいだろう。

……アルフレッド様はお仕事をなされたり、クリスティーナお嬢様とリバーシで遊ばれたりとしていらしたけれど。

王都からグルノールの街への旅程で、クリスティーナはひと月近く馬車の中で生活をしていた。

その間の過ごし方が、今のクリスティーナには難しい。

一人で過ごすことはできても、誰かの相手をすることはできないのだ。

……無反応なクリスティーナお嬢様に、エドガーがどれだけ耐えられるかが問題ですね。

反応を返さないクリスティーナに、焦れたエドガーが暴力でも振るうのではないかと心配していたのだが、クリスティーナの状態についてはエドガーも承知の上だ。

無反応なクリスティーナに苛立つことはあったようなのだが、その矛先は私や御者へと向けられる。

エドガーはクリスティーナの顔を気に入っていたので、見えるところに傷が付くような暴力は振るわなかったし、クリスティーナに傷をつければ精霊による仕返しがあるとも知っていた。

そのためクリスティーナへの苛立ちは、すべて随行している使用人へと向けられる。

そして暴力の矛先は、薬師であるジャスパーへも向けられた。

これはエドガーがズーガリー帝国の貴族だからこその蛮行だろう。

薬師の持つ知識や技術への敬意といった物が、エドガーには何もなかった。

……クリスティーナお嬢様は、いつお戻りになるのだろう。

一日中ぼんやりとして心を失くしているようなのだが、クリスティーナは黒犬にしっかりと反応していた。

鍵を開けることまでは思考がいかなかったようなのだが、窓を開ける仕草をしていたのだ。

これは今のクリスティーナには珍しい行動である。

一時期カリーサの姿を探して城中を歩き回っていた時はどこの扉も開けたし、クローゼットや引き出しの中まで開いていたのだが、すべての部屋を探し終わると、今度は何もしなくなった。

促さないとベッドから起きだして来ないどころか、体すら起さないのが今のクリスティーナだ。

とにかくすべてにおいて無気力で、自分からなにか行動を起すということがまずない。

……なにか、 愛玩動物(ペット) でも用意するよう、エドガーに言ってみようか。

エドガーに頭を下げるのは癪だが、クリスティーナに何らかの反応が現れるのは喜ばしいことだろう。

生き物であればボビンレースとは違い、椅子に座って動かなくなることもなくなるはずだ。

落ちた筋力を取り戻す役にも立ってくれるだろう。

帝都に着くと、車輪の音が変わる。

それまでの道中は雪を踏み、時折小石を踏んでは馬車が揺れるといったことの繰り返しだったのだが、帝都の道は綺麗に整えられた石畳でできていた。

雪も綺麗に避けられているようで、カラカラと軽快な音を立てて馬車は進む。

やがて馬車が止まると、貴族街にあるエドガーの館に到着した。

館の大きさは、グルノールの街にある城主の館と同じか、少し大きいぐらいだ。

アウグスタ城には広大な森が庭として付いていたが、帝都という街中に作られた館では広い庭を用意することは不可能なのだろう。

庭があることにはあるが、ちょっとした林が入るかどうかといった狭い庭だ。

……花がある。ということは、あの部屋は温室かな。

夏でも雪が残る帝都トラルバッハに、春だからといって自然に花が咲くはずも無い。

館の一角に大きなガラスの嵌ったサンルームを見つけ、ガラスのすぐ向こうに白い花が咲いているのが見えた。

遠目なので確かなことは言えないが、白い花ということは、クリスティーナお気に入りの香水の素となっている花かもしれない。

おそらくは、あのサンルームがクリスティーナのために用意された部屋なのだろう。

……小さな庭と、一階のサンルーム。これは意外に……?

意外にクリスティーナを連れ出しやすいのではないだろうか。

そう思ったのだが、サンルームの奥に花以外のものを見つけ、この考えが甘かったのだと思い知る。

荷物を運び込むためにサンルームへと入ったのだが、白い花の向こうに見えていた物の正体に我が目を疑う。

サンルームの中には、小さな部屋ほどの大きさがある、巨大な鳥籠が用意されていた。

これがクリスティーナのために用意された鳥籠だというのは、間違いない。

巨大な鳥籠の中には少し小さめに作られた長椅子などの家具が固定されており、その家具に添えられたクッションや枕に使われている布が、アウグスタ城でクリスティーナの部屋に使われていたものと同じだった。

……着せ替え人形扱いの次は、鳥扱い? 確かに、クリスティーナお嬢様は離宮で『梟の姫君』と呼ばれてはいたけど。

クリスティーナそっくりの人形を作らせてきた時にも驚いたが、クリスティーナを入れるための鳥籠まで用意してくるとは思わなかった。

クリスティーナの顔は、それほどまでにエドガーの好みに合致しているのだろう。

当初の目的を忘れた囲い方をしているように思えて仕方がない。

鳥籠の中にベッドはないので、一応寝室は別に用意されているようだ。

サンルームの中を確認すると隅に扉があり、その奥が窓の無い寝室になっていた。

寝室の確認をしてサンルームへ戻ると、クリスティーナが鳥籠へと足を踏み入れるところだった。

エドガーに押し込まれているでも、ジャスパーに誘導されているでもない様子に、巨大な鳥籠にはさすがのクリスティーナも興味が引かれたのだろう。

……違う。あれはカリーサを探しているんだ。

鳥籠の中に入ったクリスティーナは長椅子に腰掛けるのではなく、固定された小さな机へと向った。

そしてそのまま引き出しを開いて中を覗きこむと、すぐに興味を失ったようで檻の周辺を歩き回る。

長椅子におかれたクッションを持ち上げてその下を覗き込んでいるのだが、そんなところにカリーサはいない。

長椅子の下を覗いたり、本棚の本をすべて抜き出したりとして鳥籠の中でカリーサを探し終わったクリスティーナは扉の前へと戻ってくる。

そして扉を開けて鳥籠から出てこようとしたのだが、その時にはすでにエドガーの手によって鳥籠の鍵は閉められていた。