軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジゼル視点 白き役立たず 8

見張りの数が減ったと思ったのは、どうやら気のせいではなかったらしい。

これまでは私にも常に一人は見張りが付けられていたのだが、どうせ一人では逃げられないと思われているのか、私の見張りは完全にいなくなった。

そのいなくなった見張りはクリスティーナの見張りとして移動しただけなのだが、それでも人数は半分以下になっている。

クリスティーナの様子から逃亡の心配はない判断したのかとも思ったのだが、それもどうやら違うらしい。

「……ティナお嬢様の荷造り?」

「そうだ。システィーナお嬢様も大分落ち着かれてきたからな。そろそろ静養先を移しても大丈夫だろう」

エドガーからの指示ということで、クリスティーナのために集められた 女中(メイド) が整列してジャスパーの言葉を聞く。

エドガーからの指示とは言っているが、クリスティーナの容態を診ているのはジャスパーだ。

正確には、エドガーの許可を取った、ジャスパーの考えだろう。

クリスティーナをアウグスタ城から移動させた方がいい、とジャスパーが判断したのだ。

……それは困りますっ!

どうやら近くまでクリスティーナの迎えが来ているようなのだ。

今、クリスティーナの静養先をかえられてしまっては困る。

あれからジャン=チャックは姿を見せていないが、きっと城の近くには誰かがいるはずなのだ。

クリスティーナを助け出すためには、アウグスタ城から動かされるわけにはいかない。

……そうは思うのだけど。

そうは思うのだが、私一人ではどうにもできない。

なぜか女中として便利に使われているが、そもそも私も攫われてきた側の人質である。

クリスティーナの扱いに異を唱えたところで、ジャスパーたちがこれを聞き入れるはずもなかった。

……とにかく、近くまで迎えが来ているってことは判っているのだから、移動するらしいことも連絡できれば問題がない、はず。

届ける機会に恵まれないまま、すでにひと月以上ポケットの中にしまわれている手紙をそっと指先で確認する。

この手紙にはクリスティーナの現在の容態や、ここへ落ち着くまでの経緯を記した。

今夜にでも『静養先を移されることになった』と追記しておけばいいだろう。

……あれからまったく姿を見せませんね。

私が見つけてしまったのが、まずかったのだろうか。

時折窓の外を覗いてはジャン=チャックの姿がないかと探しているのだが、あの赤毛を見かけることはない。

またクリスティーナに接触を図ろうとしてこないだろうか、とクリスティーナの日光浴の時間を増やしてもみたのだが、窓がこっそり叩かれることはなかった。

「システィーナ様の急な移動は、やっぱり護衛の数が減ったことが関係してるみたいよ」

「それ、私の町でも噂になっていたわ!」

今回の移動についての裏側は、女中が城の外から拾ってきてくれた。

私は城の外へ出ることができないので、噂話とはいえ外の話が聞けるのはありがたい。

適当に相槌をうちながら噂話を聞いたところ、判ったことが少しある。

……あの庭師の少年は、結局殺されたのね。

前任の庭師はクリスティーナの手をとったことと、花を贈ったことを理由にエドガーの不興を買い、処分された。

次に庭師としてやって来た少年は、どこがよかったのかクリスティーナの関心を引いてしまっている。

それをそのまま報告すればエドガーの嫉妬が少年に向かうことは学んでいたので、クリスティーナが少年に関心を持ったことは報告していない。

そのかいあってか、少年は夏以降も裏庭の世話をしていたのだが、ここしばらくは姿を見かけていなかった。

季節のせいかとも思っていたのだが、その答えは歳若い女中が城の外から持ち帰って来たものだったのだろう。

冬だから室内から見える場所での仕事がなかったのでも、目の届かない場所で春に向けての庭造りをしているわけでもない。

女中の拾ってきた話によれば、丁度ジャン=チャックを見かけた時期に姿を消しているようだ。

「あの子、町で余計なことを話して城主様の不興を買ったみたいでさ。病気の母親ごと……」

ザックリと刃物を振り下ろす仕草をまじえ、女中たちが声を潜めて囁きあう。

庭師の少年はエドガーの不興を買って処分され、処分が続くことに恐れをなした護衛の何人かが逃げ出そうとし、自分たちへと類が及ぶことを恐れた護衛が逃げた仲間を殺したのだろう、という話に纏まる。

城から姿を消した護衛たちの遺体が庭師の町で見つかったそうなのだが、数が合わないようだ。

城から姿を消した護衛は五人。

そのうち遺体が発見されたのは四人だけで、最後の一人は見つかっていないらしい。

どうやらその一人が他の仲間を殺して逃走したようだ、ということになり、城主の名の下に兵士たちが逃げた一人の捜索に駆りだされているとのことだった。

……ということは、ここしばらくはクリスティーナお嬢様の見張りだけじゃなく、城の兵士自体が少なかったってこと……?

ジャン=チャックがクリスティーナと接触を取りに来るには、絶好の機会だと思われる。

にもかかわらず、ジャン=チャックの影も形も見てはいない。

……クリスティーナお嬢様の居場所を確認しただけで、とりあえず報告のために国へ戻った、とか?

近くにクリスティーナの迎えが潜んでいないのなら、手紙を渡す機会はない。

それどころか、クリスティーナがアウグスタ城からどこかへと移されるという情報を伝えることもできない。

これでは本当にジャン=チャックがクリスティーナ発見の報を持ち帰っていた場合に、いざ迎えに来たらクリスティーナがアウグスタ城にいないという事態が起こってしまう。

……どこか、城の人間には見つからず、クリスティーナお嬢様の迎えには見つけやすい場所へ手紙を隠せればいいのだけど。

そんな都合のいい場所が、私に思いつくはずもない。

たとえ思いついたとしても、その場所へと一人で行ける機会もないだろう。

他になにか良い案はないだろうか、と考えている間にも女中たちの噂話は進む。

「 薬師(ガスパー) 様が城主様と話してるのを聞いちゃったわよ、私。こんな物騒なところにシスティーナ様を置いてはおけない、って薬師様が言い出して、システィーナ様を安全のために帝都へ移そうって言ってるのを」

「ええ? システィーナ様には静かな環境が必要だって言って、ご両親のところではなくてアウグスタ城へお連れした、って話じゃなかった? そりゃ、護衛同士が殺し合うような危険なところに、今のシスティーナ様は置いておけないかもしれないけど……」

「お 可哀相(かわいそう) なシスティーナ様。せっかくアウグスタ城での生活にも慣れていらしたのに……」

……えっと?

庭師の少年が処分された時期と、ジャン=チャックを見た時期は重なる。

見張りの男たちが減ったのも、同じ時期だ。

そうなると、今回のクリスティーナの移動はアウグスタ城に程近い町で人死があったから、というわけではないだろう。

……そういえば、城から出られないのはジャスパーも同じはずなのに、どうして城の外で見張りの男たちが死んだって知っているの?

女中たちの噂話に聞き耳を立てながら、クリスティーナのために用意された帽子を箱の中へと詰めていく。

帽子も日傘もエドガーがクリスティーナのためにと用意したものだったが、クリスティーナはほとんどこれらの贈り物を使っていない。

ほぼ外へと出ない生活を送っているのだ。

日除けなど考える必要もなかった。

ポケットの中の手紙をどうしたものか、と悩んでいるうちに数日が過ぎた。

そうしている間にクリスティーナの荷造りはほとんど終わり、アウグスタ城より連れ出される日が近づいてくる。

行き先は女中が集めてきた噂が正しいものだったらしく、帝都トラルバッハだ。

私へは直接行き先を知らされはしなかったのだが、手紙にはしっかりと追記してある。

これで、この手紙さえクリスティーナの迎えに渡せれば、クリスティーナの行方を追う手がかりにはなってくれるはずだ。

……問題は、手紙のいい渡し方が思いつかないことだけど。

普通なら、手紙など人に頼めばいい。

悩む必要などなかった。

しかし、この手紙はクリスティーナの行方を、クリスティーナを迎えに来た者へと伝えるためのものだ。

手紙がジャスパーやエドガーに見つかれば、手紙を預けられた者も手紙を書いた私自身も、処分されることだろう。

私の身の安全など本来は後回しにするべきなのだが、問題はそこではない。

ジャスパーたちに手紙が見つかった場合、手紙が握り潰されることが問題なのだ。

いよいよクリスティーナが運び出される日となって、クリスティーナのために雇われた女中たちはそれぞれの家へと帰されることになった。

みんな約束よりも多めの給金に喜び、それが口止め料込みであると悟ったようだ。

喜んだのは一瞬だけで、あとは顔を引き締めて金の入った袋を懐へとしまっていた。

城から帝都へと連れて行かれる女中は、私だけである。

私はクリスティーナに対しての人質なのだから当然かもしれないが、他の女中たちと姿勢が違う、というのも理由であったようだ。

帝都トラルバッハの館で、いかにも町人や村人といった 鄙(ひな) びた仕草の使用人は使えないらしい。

意識したことなどなかったのだが、仮にも貴族の娘として躾けられてきたことが役立ったようだ。

「ティナお嬢様、そろそろお時間です」

馬車へと荷物を載せる作業は他の使用人に任せ、往生際悪く窓辺で日光浴をさせていたクリスティーナの元へと戻る。

うとうとと銀のカツラを揺らしてまどろむクリスティーナはいつも通りだったのだが、不意に青い瞳に意思が宿った。

顔はいつも通りの無表情なのだが、突然長椅子から立ち上がったかと思うと、鉄格子の嵌った窓辺へと近づく。

珍しくなんらかの意図を持って動いているようなのだが、鍵が閉まっているということまでは頭が回らないようだ。

カタカタと窓を揺らし始めたクリスティーナに、ジャスパーに気づかれたくない変化だ、と窓を押す手を捕まえる。

……まさか、今頃ジャン=チャックが来たとか……?

少しだけ期待を込めて窓の向こうを見るのだが、あの赤毛は見えない。

その代わり、視界の下の方で何か黒いものがチラチラと見え隠れしていた。

……犬?

いつだったか、ジャン=チャックが来た時に犬を見たと見張りの男たちに答えていたが。

今回は本当に犬がいた。

それも、アウグスタ城で飼われている番犬と同じ、黒い毛並みの犬だ。

「……オスカー?」

アウグスタ城の番犬と同じ種類の犬なのだが、なんとなく顔つきに見覚えがある。

思わず小さな声で名前を呼ぶと、窓の外の 黒犬(オスカー) はピタリと動きを止めた。

……クリスティーナお嬢様は、オスカーが判ったのね。

ジッと窓の向こうの黒犬を見つめているクリスティーナに、できるだけ自然な仕草を装って室内を見渡す。

今日は帝都への移動のため、朝から使用人が出入りしているクリスティーナの部屋だったが、そろそろ荷物を馬車へと積み終わるころだ。

幸いなことに、部屋の中には他の使用人も、見張りもいない。

……肩が見えているから、扉の外にはやっぱり見張りがいる、と。

ということは、あまり大きな声は出せない。

「ティナお嬢様、少し窓辺から離れて立ってください」

「?」

窓の鍵を開けながらクリスティーナの立つ位置を調整する。

普段であれば指示されることを嫌がるクリスティーナだったが、今日は機嫌がいいのか、思うことがあるようだ。

不思議そうな顔をしながらも、指示された場所へと真っ直ぐに立ってくれた。

……エドガーの趣味が、意外なところで役に立った気がします。

エドガーはとにかくクリスティーナを人形か何かと思っているようで、飾り立てることを好む。

クリスティーナはエドガー好みのリボンやフリルのふんだんにあしらわれたドレスを着せられているのだが、このドレスの膨らみのおかげで、私一人ぐらいなら死角を利用して隠れることができそうだった。

「オスカー、誰か迎えが来ているんですか?」

小さく窓を開き、外の黒犬へと話しかける。

犬に話しかけるなど無意味な行為でしかないと思われるかもしれないが、黒犬は番犬として訓練された犬だ。

普通の犬より賢く、私より役に立つ。

呼びかけられた黒犬は、窓からこちらへと入ってこようとしたが、これを押しとどめる。

番犬の一匹が入って来た、というだけならば誤魔化しも聞くが、ここにはジャスパーもいるのだ。

ジャスパーが黒犬の顔を覚えていた場合に、クリスティーナの迎えが来たことが悟られることは避けたい。

「近くにジャン=チャックがいるはずだから、手紙を届けてください。私とオスカーだけでクリスティーナお嬢様を連れ出すことは不可能です」

なおも黒犬は室内へと入ってこようとしたが、しばらくすると考えを変えたようだ。

腰を下してその場に座ると、首をこちらへと差し出してきた。

……あ、そうか。首輪に手紙を結べばいいんだ。

そっとポケットから手紙を取り出し、黒犬の首輪へと結びつける。

小さく折りたたんで持ち歩いていたため、封筒になど入れていないので犬の首輪に結ぶくらいは造作もない。

「これでよし。頼みましたよ、オスカー」

首輪へと手紙が結ばれたことを確認し、小さな声で指示を出す。

離宮にいた頃は私の指示など聞かない犬だったが、クリスティーナが指示を出せる状態にないことぐらいは判るようだ。

やや不満そうな顔をしているように見えはしたが、一度クリスティーナを見上げると、無言のまま窓辺から離れていった。

……オスカーに任せられたら、きっと届けてくれるよね?

少なくとも、私が一か八かとどこかへ手紙を隠すよりかはいい結果になるはずだ。

今は黒犬に手紙を託し、クリスティーナの迎えが来る日をおとなしく待つしかなかった。