作品タイトル不明
ジゼル視点 白き役立たず 10
閉じ込められた、と知ったクリスティーナの行動は意外なものだった。
誘拐されてからのクリスティーナの様子を思えば、せいぜい扉を数回押し、扉が開かなければそこで諦めて終わりだと思ったのだが、今回は違う。
鍵をかけられたということが理解できていないのが、何度もガチャガチャと扉を押し続けた。
「今日からここがおまえの……」
――ガチャガチャガチャ。
「ここでおとなしく……」
ガチャガチャガチャガチャ。
「いい子にしていれば……」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ――
「……煩いっ!!」
ガチャンッ! と扉を押し続けていたクリスティーナを威嚇するように、エドガーが鳥籠の鉄格子を蹴る。
突然響いた大きな音と衝撃に、クリスティーナは青い目を丸くして驚いていたが、二度三度と瞬きを繰り返すと、足元へと視線を落とした。
……あ、悪い予感がする。
直感的に、エドガーの行いがまずかったのだと判る。
少女に威嚇として暴力を振るうこと自体がどうかと思うのだが、今のクリスティーナに恫喝はまずい。
恫喝に効果が見込めないどころか、ある意味ではとても素直なクリスティーナが、それを学んでしまう危険性があった。
「……わらっ」
にぱっとクリスティーナが久しぶりの笑みを浮かべる。
可愛らしい笑顔にエドガーが魅了され、放心していられたのは一瞬だけだ。
笑みを浮かべたクリスティーナはスカートの裾を少し持ち上げると、大きく足を振り上げた。
ガシャンッ! と大きな音を立てる鉄格子に、エドガーの魅了もすぐに解ける。
いったい何事かとエドガーが瞬く間にも、クリスティーナは鉄格子を蹴り続けた。
「システィ……うるさいっ! やめ……」
――ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ!
「システィーナっ!!」
ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ!! ――
単純に、クリスティーナは手で扉を押すよりも足で蹴った方が効果ありそうだ、と覚えてしまったのだと思う。
エドガーが再びクリスティーナを威嚇しようと扉を蹴るのだが、もう扉を蹴ったぐらいの大きな音ではクリスティーナは反応しない。
扉を蹴れば大きな音がする、とクリスティーナは学んでしまっているのだ。
……気のせいでなければ、エドガーが怒れば怒るだけクリスティーナお嬢様が楽しんでいるような……?
そんなはずはないのだが、クリスティーナの表情が若干楽しそうに見える。
クリスティーナはただひたすらに鉄格子を蹴っているように見えるのだが、エドガーが鉄格子を蹴ろうと足を上げるタイミングでは自分の足を下ろしていた。
もしかしたら、エドガーと遊んでいる気分なのかもしれない。
「馬鹿馬鹿しいっ! 付き合いきれるかっ!」
鉄格子を蹴り続けるクリスティーナに、先に音をあげたのはエドガーだった。
今のクリスティーナは変なところで頑固なので、外から他者が制止するのは難しい。
いずれ疲れるか飽きるだろう、と言い捨てて部屋から出て行くエドガーを見送ると、エドガーの言葉通りクリスティーナも体力が尽き、その場へと座り込んでしまった。
静かになった、とエドガーが安心していられたのは、クリスティーナが目覚めるまでの一時間ほどだろう。
鳥籠の中で好きに寝て休んだクリスティーナは、目が覚めると再び鉄格子を蹴り始めた。
ガチャンッ! ガチャンッ! と再開した鉄格子を蹴る音に、馬車での移動で疲れていたはずのエドガーは精神を削られる。
城であれば多少の物音など聞こえない部屋が他にいくらでもあるのだろうが、ここはアウグスタ城と比べれば狭い帝都の館だ。
どこへ行っても鉄格子を蹴る音が聞こえるようで、エドガーが降参するのは早かった。
もともと体力のないクリスティーナは鉄格子を十分も蹴り続ければ疲れ果てて寝てしまうのだが、一時間から二時間ほど寝て体力を回復し、起きれば再び鉄格子を蹴り始める。
寝入ったところをクリスティーナの目覚めと共に叩き起こされていては、エドガーも安眠はできないだろう。
……これがクリスティーナお嬢様の筋力作りに役立てばいいな、なんて思ってみたりしている。
エドガーにはたまらない騒音らしいのだが、 女中(メイド) として側にいる私からしてみれば、なんということはない。
クリスティーナが今日はこういう行動をしている、と認識さえしてしまえば、それだけだ。
鉄格子を蹴る音など、「ああ、目が覚めたのか」ぐらいにしか思わない。
「煩いっ!」
夜明けに怒鳴り込んできたエドガーを、クリスティーナはやはり無視した。
無視したというより、本当に関心がないのだろう。
怒鳴られても、何を言われても、ただひたすらに鉄格子を蹴り続けていた。
「……今日はやけに暴れるな。今までにこんなことはなかっただろう」
鉄格子を蹴って威嚇しても、クリスティーナには効果がない。
それどころか逆効果である、とはエドガーも一応は学んだようだ。
寝乱れた髪を撫で付けながら、エドガーが不思議そうに首を傾げる。
「城から館へと移ったので、ティナお嬢様はまず館の散策をしたいのだと思います」
もう少しエドガーを憔悴させてやりたい気はしたが、あまりやりすぎてはエドガーの暴力がクリスティーナに向かわないとも限らない。
程よく懲りさせたところで、クリスティーナはおとなしくさせた方がいいだろう。
クリスティーナが苛立ったエドガーの凶刃にさらされるのも困るが、クリスティーナ自身の体力も磨り減り続けているはずだ。
「館の散策?」
「アウグスタ城で目覚めた後、最初にティナお嬢様がしたがったのが城内の散策です」
「そういえば……そんなことがあったか? カリーサとかいう女中がいないと探し回ったと聞いているが……その女中とはアレだろ」
『アレ』というのは、エドガーの指を噛み切った女中のことをさしていた。
彼女が『カリーサ』だとエドガーは知らなかったはずだが、クリスティーナが懸命に姿を探していることから、誘拐される際に一緒にいた 子守女中(ナースメイド) がカリーサなのだろうと当たりをつけることは誰にでもできる。
実際に、エドガーの言う『アレ』はカリーサのことで間違いなかった。
「死んだ使用人など、どこを探し回っても出てはこないぞ」
「……場所が変わったので、ティナお嬢様は満足するまでカリーサを探したいのだと思います」
死んだ人間はどこを探しても姿を現すわけがない。
そんなことは判っていたが、今のクリスティーナにそれを指摘する気にはなれなかった。
とにかく、無駄とは判っていても、クリスティーナはカリーサを探して歩き回ってくれるのだ。
落ちた筋力と体力を取り戻すには、絶好の機会だとも思っている。
部屋に来てまっすぐに鳥籠へと入ったクリスティーナが取った行動を思えば、カリーサを探したいと思っているのは間違いがないだろう。
クッションや長椅子の下といった、明らかにカリーサがいるはずのないところまで探しているのは気になるが、一度満足をすればクリスティーナが落ち着くこともわかっていた。
問題なのは、現在の鳥籠へと閉じ込められた状況が、クリスティーナにとって『カリーサを探している途中で鍵がしまってしまった』ということだ。
普段であれば鉄格子の嵌った窓のついた部屋であろうと気にせずおとなしく過ごしているクリスティーナだったが、カリーサを探し回りたい時に自分の行動が抑制されるのは我慢ならないことらしい。
強制を嫌がるのと同じだ。
やりたいことがある時に、他者に自分の行動を抑制されるのが我慢ならないのだろう。
「本当に静かになるのだろうな?」
「以前はそれで落ち着かれましたので」
カリーサを探すということもあるが、離宮へ来た時もクリスティーナが最初にとった行動は離宮の散策だ。
もしかしたら、クリスティーナ自身がどこにどんな部屋があるのか把握しておきたい 性質(たち) なのかもしれない。
舌打ちしつつもエドガーの手によって鳥籠の鍵が開かれる。
キィっと音を立てて開いた扉に、クリスティーナは振り上げていた足を下ろした。
一歩鳥籠の外へと足を踏み出すと、鳥籠と床の段差を椅子代わりにクリスティーナは座りこむ。
エドガーへの無言ではあるが大音量の抗議は、やはりクリスティーナも疲れたらしい。
静かになったクリスティーナに見張りをつけると、エドガーは自室へと戻っていった。
これから寝直すつもりなのだろう。
クリスティーナは少しの間だけ鳥籠の淵に座って休むと、すぐに行動を再開した。
まずはサンルームの中を探すつもりのようで、壁際へと移動するとクローゼットを開いたり、扉付きの本棚を開いたりと、好き勝手に動き始める。
やがてサンルーム中を歩き回ったクリスティーナは、寝室の扉を発見してそこで力尽きた。
長旅で疲れているのは、クリスティーナも同じだ。
以前から長旅の後は寝込むことが多かったらしいクリスティーナが、館にきて早々に暴れ始めたのだから、体力も底をついているだろう。
カリーサを探している時のクリスティーナは、誘導するのがとても簡単だ。
とにかくカリーサの名前を出せば話を聞いてくれる姿勢になるので、普段より多くの食事を摂ってくれるし、故意に回り道をさせても一生懸命歩いてくれる。
やはり休み休みではあったが、クリスティーナはよく歩いた。
筋力がかなり落ちたと心配していたが、アウグスタ城で目覚めた頃に比べればまだ筋力が残ってくれていたらしい。
少なくとも、伝い歩きまでは退化していなかった。
クリスティーナに付き従う形で、私も館の中を歩き回る。
帝都に来て新たに付けられた見張りは三人だ。
後はアウグスタ城から連れて来た見張りが引き続きくっついている。
以前からの見張りはクリスティーナの性格を知っているので、休み休み歩くクリスティーナを手伝おうとはしない。
手を貸そうとすれば拗ねて座り込んでしまうため、もっぱら後について歩くだけだ。
クリスティーナが階段を上る時には、いつ転がり落ちてもいいようにすぐ後ろへと控えていてくれるのが、悔しいがありがたい。
クリスティーナの体重がどんなに落ちていようとも、咄嗟に私が受け止めることは難しいと解っていた。
……基本的に使用人の行動区画が地下にあるのは、アウグスタ城と変わらない、と。
厨房や洗濯室といった使用人が働く部屋、使用人の食堂や寝室はすべて地下にある。
私の部屋がクリスティーナの部屋近くに用意されているのは、すっかり便利に女中として使いながらも、私がクリスティーナの騎士であると忘れていないためだろう。
纏めて閉じ込めているつもりではあるのだ。
数日かけて館の中を散策し終わったクリスティーナは、今度は庭へと目をつける。
部屋着のまま外へ出ようとしたので止めたのだが、止まらなかった。
クリスティーナを着飾らせるためには必要のない帽子もドレスも山ほど用意するエドガーだったが、鳥籠へと閉じ込めておく予定のクリスティーナに必要のない外套などの防寒具は用意しなかった。
とにかく何か服を着せよう、と探している間に一人で外へと出たクリスティーナは、雪に足を取られて盛大に転んだ。
夏でも雪が残るという帝都なのだから、春も当然雪は残っている。
……これは、少し難しいかも。
助け起したクリスティーナと、クリスティーナの形に凹んだ雪とを見比べて気がついた。
アウグスタ城の周辺は雪が積もることはあったが、帝都ほど厚くは積もらない。
これからの季節は雪など解けてなくなってしまうのだが、エラース大山脈の中腹に作られた帝都は違う。
夏でも雪が残る帝都トラルバッハでは、庭は一面が雪景色で白く染まっており、不審者が侵入しようものならばすぐにその足跡が発見されてしまうだろう。
本来ならば防犯面で見て喜ばしいことなのだが、クリスティーナの迎えを待っている身としては、雪が非常に厄介な防犯設備となっていた。
見回りの巡回路以外に足跡があれば、すぐに侵入者があったと気づかれてしまうし、その潜伏場所への道標が残っているという間抜けなことになるはずだ。
……アウグスタ城より、クリスティーナお嬢様を連れ出すのは難しいかもしれない。
アウグスタ城と比べれば庭は狭く、クリスティーナの部屋は判りやすい位置にある。
しかし、サンルームの中のクリスティーナは鉄格子の嵌った鳥籠の中にいるし、サンルームの外は一年中雪景色で、侵入者の足跡を残してしまう。
これではジャン=チャックが前回のようにクリスティーナの側まで来ることは難しいはずだ。
……ジャスパーはここまで承知でクリスティーナお嬢様を移動させたの?
クリスティーナの移動はジャスパーが言い出したことだと、アウグスタ城の女中が言っていたはずだ。
ジャスパーの経歴については知らないが、エドガーと手を組んでクリスティーナを連れ去ったのはジャスパーだ。
帝都が一年中雪に閉ざされているということぐらい、知っていても不思議は無い。
クリスティーナを閉じ込めておく上で、帝都に置いた方が安全であると判断したのだろう。
……余計なことを。
雪に顔から突っ込んだクリスティーナは、ほどなくして風邪を引いた。
庭の散策を途中で断念することになったクリスティーナは少し拗ねたが、自分の体調不良は拗ねても怒ってもどうにもならない。
おとなしくベッドへと横になるクリスティーナに、風邪が治って庭でのカリーサ探しが終わった後は、どうやって体力を付けさせようかと考える。
クリスティーナについて悩んだ時は、カリーサを頼ることにしていた。
カリーサならばどうするだろう、カリーサならばこうする、とカリーサになったつもりで考えると、不思議と私には思い浮かばないことが思いつくような気がする。
……カリーサなら、簡単だ。
カリーサなら、下手な行動は起さない。
クリスティーナの体調と安全を第一に考えて、もちろん自力で逃げ出す方法を模索もするけど、助けを信じて根気強く待つはずだ。
そして、今のクリスティーナに必要なものは、一も二もなく体力だろう。
いざ迎えが来た時に、自分で満足に走ることもできないようでは困ってしまう。
……うん。やっぱり、焦らずに体力づくりから、ですね。