軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わたしの決意

カリーサに抱き運ばれた馬車の中には、なぜかエセルがいた。

レオナルドはエセルの馬車が待っていると言っていたが、まさか本人が乗っているとは思いもしなかった。

「なんでエセル様がいるんですか?」

馬車を借りる時にでも、ついて来たのだろうか。

そう不思議に思っていると、なぜエセルが同乗しているのかをカリーサが教えてくれた。

「お嬢様を捜すのに、エセルバート様の力をお借りしました」

……うん? なんか変だね。

普段は少し声が小さくて聞き取り難い時があるのだが、今のカリーサの言葉ははっきりと聞き取れた。

気弱な雰囲気ではなく、はっきりとした意思表示がそこに混ざっている。

「偶然わしの供の者がお嬢さんの攫われるところを見かけた、ということになっておるが、子どもらを囮に使おうと言い出したのはジェミヤン殿じゃよ」

「囮……ですか?」

聞き捨てならない単語が混ざり始めたぞ、とべったりとくっついていたカリーサの体から離れて姿勢を正す。

一言も聞き漏らすまいとエセルを睨むと、睨まれた老紳士は困ったように苦笑いを浮かべる。

「先日の一件だけでは、どの子どもが狙われたのかは判らなかったからの。一計を案じて、子どもたちそれぞれに見張りをつけつつ、故意に誘拐犯を誘い出してみた」

私とバシリアは少しでも安全なように、と室内へ置くかわりに周囲へ配置された人間を減らし、ディートにはキュウベェを付けて、誘拐犯など関係なくとも子どもが歩くには危険な裏路地へと送り出したらしい。

「……そういう話でしたら、最初に聞かせておいてください」

「お嬢さんはレオナルド同様、話せば顔に全部出してしまうじゃろ。特にレオナルドの方は、計画を先に話せば反対することは判っていたことじゃしな」

むぅっと頬を膨らませて不満を訴えてはみるが、言われてみれば確かに納得してしまう自分がいる。

私は嘘が得意だとは言いがたいし、助けが控えているとわかっていたら、拘束中の行動もやはり不自然なものになっていただろう。

「そう怒りなさんな。お嬢さんには確かに悪いことをしたが、レオナルドには大きな収穫があったぞ」

「……レオに収穫、ですか?」

はて、なんだろう? と首を傾げていると、外から知らない男の声が聞こえてきた。

「ご隠居、誘拐犯の目が覚めましたぜ」

そう言って馬車の扉が開かれると、声の主と思われる大男と、その手に捕らえられた縄で雁字搦めにされているウィリアムの姿が見える。

……あ、ウィリアム。生きてたんだ。

馬車から出てから一度も誘拐犯の姿を見ていなかったため、なんとなく全員逃げたか死んだかと思っていたのだが、どうやら捕縛されていただけらしい。

馬車の中で私を庇ってできたたんこぶなど、気にもならない程に顔が赤く腫れていた。

「……うむ、見れば見るほどサエナード王国のホルブルック男爵家三男ウィリアムの特徴と一致するの」

「お知り合いですか?」

「特徴が一致する、というだけじゃ。さすがに隣国の貴族子息が正式な手続きもなく国境を越え、我が国に入り込んでいるはずがないでの」

もちろん別人だろう? とエセルが確認すると、青ざめた顔をしていたウィリアムは忙しく頭を縦に振った。

呆れたことに、この誘拐犯たちは勝手に国境を越えて来たらしい。

……や、誘拐犯を通す国境もどうかと思うけどね。

そういえば、レオナルドの帰りが予定よりも遅かったことを思いだし、その理由がわかった気がした。

本来なら一年分の報告や団長でなければ決裁できない書類を片付けてくるだけのはずだったのだが、帰りが数日遅れている。

おそらくは、勝手に国境を越えた彼等を捜索なり、仲間の捕縛なりをしていたのだろう。

「しかし、どうしたものかな。隣国の貴族であれば、そう簡単には裁けぬところじゃったが……」

国内にいるはずのない人間なので、とぼけて殺してしまってもいいし、取引に使えるようならば国許へ売ってもいい、とエセルは考える素振りを見せる。

その素振りになんとなくわざとらしさを感じながら、しかし乗ってみた。

「いないはずなんですから、殺しちゃっても問題ないんですよね?」

「可愛い顔をして、レオナルドと同じことを言うでない」

……レオは殺せ、って言ったのか。

これはもしかしたら、本当に姿の見えない他の誘拐犯は大変なことになっているのかもしれない。

木が倒れるような暴れ方をしたのだ。

死人の一人や二人、出ていても不思議はなかった。

「殺したいほど腹が立っているのは理解するが、使いどころはあるので怒りの矛をおさめてくれんか」

「わたしはエセル様に乗っただけですよ。痛いこととかは何もされてませんし、馬車の中は結構快適でしたし、生かしておくことに異論はありません」

見るからにホッと息を吐いたウィリアムに、レオナルドはなんと言うか判らないが、とも付け足す。

彼はカーヤに私の私物を盗まれようと、公正に裁こうとしていた。

犯人確保時に多少暴れるぐらいはするかもしれないが、捕らえたあとはやはり公正に誘拐という犯罪を裁くのだろう。

……あ、でもラガレットはレオの支配地域じゃないから、捕縛して御領主様に引き渡したら終了かな?

レオナルドもそれを承知しているので、先に大暴れしたのかもしれない。

単純に顔を確認したかっただけなのか、エセルはウィリアムをすぐに下がらせた。

ヤハチと名乗ったお供の男に荷台へと連れて行かれるウィリアムを見送り、扉を閉める。

改めてエセルの向かいの座席へと座ると、カリーサが温かいお茶を淹れてくれた。

……あ、お腹鳴った。

こくりと一口お茶を飲んだ瞬間に、くきゅるるるとお腹が悲鳴をあげる。

よくよく考えてみれば、画廊へ行く前に軽く昼食はとったが、それ以降は何も食べていない。

お腹も空くわけである。

「……なさい、お嬢様。お夜食の準備、忘れてしまいました」

「ちゃんとお迎えに来てくれただけで、いいですよ。 宿泊施設(ホテル) に戻ったら、何か作ってください」

「はい」

何か食べたいものはありますか、と聞かれたので、玉子サンドかナッサヲルクサンドと答えておく。

贅沢を言うのなら、レオナルドの作った野菜がゴロゴロとした塩味のスープも飲みたい。

……レオの野菜スープが飲みたいとか、精神的にまいってるのかな、私。

野菜スープのヘビロテは嫌だ、とか言っていたのが懐かしい。

いつの間にかあの味を懐かしく思うほどには、レオナルドを家族として受け入れている。

お茶でお腹を温めていると、エセルが今回の騒動のあらましを聞かせてくれた。

私たちを囮にしようと言い出したのはジェミヤンで、レオナルドが反対するのは判っていたので、応接室で私と引き離したとのことだった。

自分の娘も囮に使ったというのだから、確かにスケベイの言ったように油断のならない人物かもしれない。

バシリア自身は何も聞かされていなかったようだが、彼女の 子守女中(ナースメイド) が大怪我を負っている。バシリアと私を守ろうとして最後まで抵抗したせいで、酷く痛めつけられたようだ。

あの場にいた唯一の男性だった絵描きの少年は、両腕を切りつけられて血溜まりを作りはしたが、なんとか生きているらしい。

傷が深かったので、これまでのように絵が描けるようになるかはまだ判らないのだとか、ジェミヤンが犯人に対して激怒しているそうだ。

……い、痛い目にあわせられなかったのって、私とバシリアちゃんが抵抗しなかった、ってだけのこと?

ウィリアムは少しぐらい痛い思いをした方がいい。

画廊の惨状を改めて聞くと、さすがに私の意見も変わった。

画廊から連れ出される私を、オキンという名のエセルの御供が見守っていてくれたらしい。

意識のない私を馬車へと運び入れ、画廊から逃走。

ラガレットの街の中で何度か馬車を換え、最終的にウィリアムの乗った馬車に乗り換えて街を出たそうだ。

街を出てからはヤハチと馬車を追跡し、車輪が故障したところでオキンがレオナルドたちを呼びに街へ戻ったのだとか。

なんとか馬車には追いついたが、誘拐犯が私に張り付いていては下手な真似はできない。

どうしたものかと遠巻きに動向を探っていたら、馬車からウィリアムが出てきたそうだ。

事前に誘拐犯の人数を把握していたため、ウィリアムの姿を見て馬車の中には私一人だけである、と判断することができた。

……ウィリアムを追い出したかっただけだったんだけど、私、グッジョブ?

ほとんどただの偶然ではあったが、寝るから出ていけ、とウィリアムを馬車の外へと追い出したのが正解だったらしい。

私の近くから誘拐犯が離れた、とこれを好機としてレオナルドが突撃を開始した。

……そして、細かいことは教えてくれないんだね。やっぱり。

ウィリアムの顔が赤く腫れあがり、街道を倒木が塞ぐような暴れっぷりは、やはり 幼女(わたし) には聞かせられないようだ。

具体的なことは何も聞かせてくれないのだが、「さすがは軍神ヘルケイレスの化身と謳われた男」だとか「腕はまったく鈍っていない」だとか、とにかく誉め言葉が延々と続く。

……ホントに、どうやったら木が倒れるんだろう?

エセルの話を話半分に聞き流していると、不意にエセルが表情を引き締めた。

どうやら真面目な話に切り替わるらしい。

「……お嬢さんは、王都に住んでみてはどうじゃ?」

「王都、ですか?」

なぜ突然王都への引越しを誘われているのだろうか。

意味がわからなくて瞬くと、エセルは難しい顔をしたまま引越しを提案した理由を教えてくれた。

「どこからどう見ても、お嬢さんはレオナルドの弱点じゃからの。国境近くの街に住むより、護りの厚い王都で暮らした方が安心じゃろう」

「……でも、レオ。わたしが人質でも気にせずに突撃してきましたよ」

レオナルドが助けに来てくれた時、ウィリアムが何度か叫んでいた。

こちらには人質がいるのだから話を聞け、と。

それに対してレオナルドは、誘拐犯の要求など聞けない、と突っぱねていたはずだ。

普段は私に対してとにかく甘いレオナルドだったが、私を人質にしたところで揺るがなかった。

レオナルドは私を助けに来ていたが、見捨ててもいたのだ。

「騎士の手本のような男じゃろ? 公のためには私を捨てられる男じゃ。忠義者ではあるが、実直すぎる」

融通が利かないかわりに賄賂も効かないから、配下に置くにはレオナルドほど心強い人間はいない、とエセルは言う。

そのかわり、私事を後回しにしすぎていつか取り返しのつかないことが起きるのではないか、とも。

「わたしは少し安心しました」

公を優先しすぎると心配するエセルに、私は逆に安心したのだと返す。

扱い方は大雑把だと思うが、レオナルドなりに大切にされている自覚はある。

そんなレオナルドが、私を人質に取られたぐらいで国を捨てるような愚か者ではないと知ることができた。

私の 兄(レオナルド) は、ちゃんと弁えるべきは弁えて、理性的な判断ができる人間なのだ、と。

……どうしても『見捨てられた』ってのは頭に残っちゃうけどね。

それでもあの場面で私を取られるよりも、誘拐犯の要求を毅然と突っぱねられるレオナルドがいい。

そう思う。

「……似たもの 兄妹(きょうだい) じゃな」

「兄妹になって、まだ一年経ってないんですけどね」

呆れ顔のエセルが少し面白くて、笑おうとしたのだが頬が引きつった。

理性ではレオナルドの選択を支持しているのだが、やはり心のどこかに引っかかりがある。

レオナルドが戻ってくる前にちゃんと笑えるようになっておかなければ、レオナルドが気に病むかもしれない。

お茶を飲み干したカップを 据(すえ) 付(つ) けられたテーブルに置くと、揉み揉みと両手で頬を解した。

「……これからもレオナルドの元で暮らすのなら、お嬢さんにはもう少し護衛の数が必要じゃな」

レオナルドの妹という個人の護衛ではなく、国を守護する要の警備だ、とエセルは言う。

「妹に何かあれば、アレはいろんな意味で壊れるぞ」

「……なんとなく、想像できます」

その場その場では正しい選択肢を選び、結果的に私を見捨てるようなことになった場合、レオナルドはいずれ後悔で潰れる。

正しい選択をしたという 自負(りせい) と、私を見捨てたという 後悔(ほんね) から生まれる矛盾に挟まれて潰されるのだ。

レオナルドは武力的な意味では誰よりも強いし、騎士としての心も強く正しい。

その反面、変に素直で騙されやすいところがある。

悪い女に寄り付かれるのも、レオナルドがそういった女には格好の獲物に見えるからだ。

「わたし、レオに守られてるだけじゃダメですね」

少なくとも、自分の身ぐらい自分で守れるようにならなければ。

そうでなければ、いつかレオナルドが私を見捨てる選択肢を選んだ時に、生き抜くことが出来ない。

私が生き抜けなければ、巡り巡ってレオナルドの首を絞めることになるのだ。

……わたしの仕事は、どんな状況でもまず生き抜くこと。

逃げても、隠れても、騙してでも、必ず生き抜くことが、私がすべきことだ。

そうすることが、私からレオナルドにしてあげることのできる数少ない助けになるだろう。