軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルドのお迎え

遠くで馬の 嘶(いなな) きが聞こえた気がして顔をあげる。

寝ると言ってウィリアムを馬車から追い出しはしたが、さすがに誘拐されている状況でのん気に眠っていられるほど図太い神経は持っていない。

ただ誘拐犯を遠ざけることで、少しでも気を休ませたかっただけだ。

……レオが迎えに来てくれたんだったら嬉しいけど、普通の人だったら口封じに殺されないか心配だな。

馬車と道ですれ違うぐらいなら記憶に残らないかもしれないが、道の端で車輪の修理をしている馬車はいやでも記憶に残るだろう。

馬車の周辺にいる男たちは全員誘拐犯たちなので、目撃者は消す、などという物騒な発想に至る可能性は十分にある。

……大丈夫かな?

どうにも気になって、外へと続く扉に耳をつけた。

――何者だっ!? そこで止ま……っ!?

――なぜ止まらぬっ!? こちらには人質もいるのだぞ!?

扉越しに聞こえる声は、ウィリアムの叫び声だった。

人質という言葉を使っているところを思えば、本当に誰かが迎えに来てくれたのかもしれない。

……誰が来てくれたの?

なんとか救出者の声が聞き取れないだろうか、とより耳を扉にくっつけるのだが、ウィリアムや誘拐犯の怒声が聞こえるだけで聞き覚えのある声は聞こえなかった。

あまりに情報が入ってこないため、焦れて窓を覗く。

焚き火のお陰で周囲の様子が見えることは見えるのだが、救出者は焚き火の当たらない場所にいるらしくて姿が見えなかった。

――ティナ!

「はいっ!?」

姿は見えないが、レオナルドと判る声に名を呼ばれ、反射的に姿勢を正す。

聞いたこともないような迫力ある怒声に、自分が怒られているわけではないのだが、つい扉から数歩後ずさってしまった。

それぐらい怖い怒声だ。

……たぶん、ウィリアムたちに怒っているんだとは思うんだけど。

この声を発しているレオナルドと対峙することになった誘拐犯たちに、そんな義理もないのだが思わず同情してしまう。

声だけでこれだけ恐ろしいのだから、形相には凄まじいものがあるだろう。

恐々と窓に近づき、あらためて外を覗く。

やはりレオナルドの姿は見えないのだが、馬の 蹄(ひづめ) の音は近づいてきた。

パカラッ、パカラッ、という時代劇で聞いたような軽快な音ではない。

ドドドドッと大地を力強く蹴りつけるような音が、遠くから近づいてくる。

……あ、レオ?

一瞬だけ焚き火に照らされた範囲を栗毛の馬が通り過ぎた。

乗っているのがレオナルドだと思ったのは、判別が出来たのではない。

レオナルドの声が聞こえたから、レオナルドだと思っただけだ。

「レオー!」

扉を叩いて自己主張をしてみる。

本当にレオナルドが迎えに来てくれたのなら、私は馬車の中にいる、とまずは知ってもらう必要があった。

「レオ、レオ! わたしはここっ!」

大きな声を出しながら、同時に扉を叩く。

内鍵を開けて飛び出してもいいのだが、レオナルドと合流する前に誘拐犯に捕まってしまっては邪魔になる。

ここにいます、と主張だけはするが、完全に安全と判るまでは外に出ない方がいいだろう。

ひとしきり自己主張をし、窓の外を覗く。

ウィリアムたちの後姿が見えたが、レオナルドの姿は無い。

……レオじゃないの?

レオナルドの声がしたのだが、気のせいだったのだろうか、と再び扉に耳を付けると、外の声が聞こえた。

――こちらには貴殿の妹がいるのだぞ! 可愛い妹を返してほしければ、おとなしく我が主の 下(もと) に……っ!?

――騎士は、そのような卑劣な誘いになど乗らぬっ!

――馬鹿な、何故止まらぬっ!?

再び蹄の音が近づいてきて、何か重い物が飛ばされたような鈍い音がした。

ウィリアムの悲鳴と誘拐犯の怒声、馬の蹄の音が響き、最後にもう一度レオナルドの声が聞こえた。

「ティナ! そこから動かず、ジッとしていろ!」

「はいっ!」

扉越しのはずなのだが、はっきりと聞き取れるレオナルドの声量に、命じられるままに返事をして扉から離れる。

とにかく今の私にできることは、馬車の中でジッとしていることだと、嫌という程に理解できた。

……な、何が起こってるの!?

外から聞こえるようになった誘拐犯の雄たけびや怒声に、怖くて耳を塞ぎたいのだが、またレオナルドから指示を出された場合にすぐ対応するためそれもできない。

何も出来ないながらも、何か出来ることはないかと室内を見渡すと、背後になった扉がバンっと叩かれた。

「ひぎゃああああああっ!?」

大きな音に、反射的に背後を振り返ると、額から血を流した誘拐犯の顔が窓から覗いている。

ガタガタと扉を開けようとしているようで、内鍵が掛かっていると気がついて舌打ちをするのが見えた。

……内鍵、閉めておいて良かったぁああぁぁっ!

ホッとしたのは一瞬だ。

すぐに内鍵に気づいた誘拐犯が扉を蹴破ろうと、もの凄い勢いで扉を蹴り始めた。

ガンガンと大きく響く打撃音に、出来るだけ扉から離れようと後ろに下がると、室内用の小さな薪ストーブがあった。

ずっと馬車の中にいたため、当然ストーブの中では薪が燃えている。

「おらぁっ! 出て来いやぁっ!」

「 嫌(や) ですぅっ!!」

カキンッと金属質な音が響き、内鍵が扉から外れた。

外から伸ばされた誘拐犯の手に、バトンの要領でストーブの火がついた薪を手渡す。

もちろん普段ならそんな危ない真似はしないが、今回ばかりは薪を渡された相手がどうなるかなど、気にかける余裕はない。

一瞬だけ、じゅっと肉の焼けるいい音がした。

「ひぎゃああああああっ!? 熱っ! 熱っちいいいっ!!」

咄嗟に薪を外へと放り捨て、後ろに下がった誘拐犯は馬車のステップを踏み外す。

一瞬で視界から消えた誘拐犯に、下を確認せずにもう一度扉を閉めた。

もう内鍵はないので、自分で取っ手を掴んでいるしかないが、これは仕方がない。

……怖い、怖い、怖いっ!

早く終わって、早く迎えに来て、と祈りながら取っ手を握り締める。

力を込めすぎているのか、手がブルブルと震えた。

外から聞こえてくる喧騒が恐ろしくて、今度は故意に意識を散らす。

外で何が起こっているのか、聞き取ってしまうのが怖い。

怖すぎるので頭を真っ白にさせていたのだが、不意にこれまで聞こえていた音とは違う音が混ざる。

パキン、と木の枝が折れるような異質な音に、そこへと意識が引き寄せられた。

パキン、パキ、パキパキと音が続き、バリバリっと音が重なって一つの大きな音になる。

次にズダーンっと波のような音がしたと思ったら、馬車が下から突き上げられるように大きく揺れた。

……外、ホントに何が起こってるの……?

一際大きな音がしたあとは、もう他の音はしなかった。

これまでの騒音から突然に引き離された無音の世界が、逆に気持ち悪い。

「……レオ? いるー?」

不安になって、外へ向って呼びかける。

誘拐犯たちの声も、レオナルドの声も聞こえない。

「レオ、レオー!」

不安に押しつぶされそうになって、外へ呼びかけ続けた。

まだ怖くて取っ手から手は離せないが、外の様子も気になる。

「……です。少し、待ってて」

「カリーサ……?」

扉のすぐ向こうから予想していなかった声が聞こえ、肩から力が抜けた。

少なくとも、扉を隔てたすぐそこにカリーサが迎えに来てくれている。

「カリーサ? え? なんで?」

とにかく顔を見たい、と窓を覗くと、カリーサの背中が窓いっぱいに広がっていた。

これでは外の様子がまるで見えない。

「カリーサ? カリーサ!」

開けて、と扉を叩くと、カリーサが少し困ったような声音で「もう少し中で待っていてください」と言った。

外の様子は見えないのだが、カリーサの声音から危険が去ったことだけはわかる。

危険は去ったが、まだ私を外に出せない理由が何かあるのだろう。

カリーサが言うことだから、と私は素直に馬車の中で待つことにした。

少し待って、と言われたが、実際には一時間近く待たされた気がする。

ようやく開かれた扉に、まずはカリーサに抱きついて深呼吸をした。

……ホントにカリーサだぁ。知らない人じゃないし、誘拐犯でもないっ!

なるべく考えないようにしていたが、やはり怖かったのだろう。

カリーサにくっついているだけで安心してくるのがわかる。

猫がおでこをぶつけて甘えるように何度も力を込めてカリーサに抱きつくと、カリーサは私の背中を撫でてくれた。

……ん? 何の臭い?

とにかく心を落ち着けようと深呼吸を繰り返すうちに、異様な臭いに気がつく。

甘いような、鉄が錆びたような臭いが微かに漂っていた。

「……何があったの?」

むしろ何をしたのか、と聞くべきだろうか。

周囲の様子を知ろうとカリーサの体から顔を離せば、明らかに先ほど見た周囲の様子と変わっている。

先ほどまでは焚き火を囲んだ誘拐犯の姿があったのだが、誘拐犯の姿なんてものは何処にもなく、道の先には木が一本倒れていた。

あの大きな音の正体が判り、眉を寄せる。

木の倒れている辺りに、黒い水溜りがあるような気がした。

……水溜り? 雨なんて、降ったっけ?

よく確認しようと目を細めると、カリーサに手を引かれる。

水溜りの確認などより、まずはレオナルドに無事な姿を見せるのが先ということかもしれない。

水溜りを気にしつつ歩くと、暗がりに立つレオナルドの姿を見つけた。

焚き火の光が届かず、月明かりになんとなく輪郭が判るだけなのだが、間違いなくレオナルドだ。

「レオ……」

「近づくな!」

「え?」

まずはレオナルドにも抱きついて安堵したい、と近づこうとしたら止められた。

手を広げた『待て』のポーズではあったのだが、すぐに何かに気がついたのかその手は背後へと隠される。

「……レオ?」

「手が、汚れている」

なにで、とはあえて聞かない方がいいだろう。

レオナルドからは錆びに似た臭いがした。

「……この先で、エセルバート様の馬車が待っている。俺はもう少しここを片付けてから行くから、ティナは先に馬車へ行っていてくれ」

「レオのこと、待っていれますよ?」

「寒いだろう。ティナが風邪を引く」

だから早く馬車へ、と言われて思いだす。

そういえば、画廊にいるところを攫われてきたので、コートも何も着ていない。

これまでは小さくとも薪ストーブのある馬車の中にいたから気がつかなかっただけだ。

「……わかりました。エセル様のトコで待ってます」

すぐに来てくださいね、と言うと、レオナルドが笑う気配がした。

なんとなく離れがたくてレオナルドを見上げていると、待ちきれなくなったカリーサに抱き上げられる。

コートも着ずに夜気に当て、風邪を引かせるわけにはいかない、と。

「一人で歩けますよ?」

「……少し目を離したら、お嬢様がいなくなりました」

だからもう目を離さないように、抱き運んでしまえばいい、ということらしい。

攫われたのは私のせいではないが、心配をかけたことは確かなので、カリーサのいいと思うようにさせておく。

体格的にカリーサにはレオナルドほどの安定感はないので、首へと腕を回して抱きついた。

密着すると安定感が増すこともあるが、なによりも人肌の温もりが私の心を安堵させてくれた。