軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 俺の妹 7

静かに深呼吸を繰り返す。

足元に転がっていたモノは、呼吸を整えている間にヤハチがどこかへと運んでいった。

……殺すつもりは、なかったのだが。

力加減を完全に間違えた。

骨を折るつもりで腕を叩き切り、当身を食らわせるつもりで胸部を叩き潰した。

最後に木が倒れてきたのは、本当に想定外だ。

そんな予定ではなかったのだが、拘束して転がしておいた誘拐犯たちの上へと木が倒れてしまったため、下敷きになった者は二目と見れない姿に潰れている。

……夜でよかった。

辺りが闇に包まれていたため、助け出されたティナにはこの惨状が見えなかったはずだ。

これが昼間の出来事であれば、そこかしこに出来た血溜まりにティナは怯えていたことだろう。

……怯えられるのは俺か?

明るければ地獄でしかない惨状を作り上げたのは自分である。

その自覚はあった。

……いや、怯えているのは俺の方か。

カリーサに手を引かれて馬車から出てきたティナの姿を思いだす。

ティナは俺の顔を見るとパッと顔を輝かせて駆け寄ってこようとしたのだが、伸ばしかけた手が月明かりを反射していることに気がつき、ティナに近づくなと制止をした。

手が汚れていたのも本当だが、それ以上にまた力加減を誤るのが怖かった。

いつものようにあの柔らかな髪を撫でようとして、ティナの小さな頭蓋を握り潰してしまうのではないかと。

迎えの馬車に乗せたあとも、ティナは俺を探していた。

カリーサもエセルバート様も同乗しているので大丈夫かと思ったのだが、やはり 保護者(あに) の存在は違うのだろう。

時折小窓から顔を覗かせては「レオ、いるー?」と呼びかけてくるのが可愛らしかった。

それに対して応えられずにいた俺に、オキンとヤハチの視線が痛い。

街の城門をくぐると、ジェミヤンが待っていた。

報告のために馬車が止まると、中からティナが飛び出してくる。

「レオ、いたー!」

ビシッと俺を指差して、ティナはぷくっと頬を膨らませた。

馬車に乗っている間ずっと返事をしなかったので、拗ねているのだろう。

俺の姿を確認すると、満足したのかティナは馬車の中へと戻っていった。

ティナが馬車に乗り込んでくれたので、そのままティナを 宿泊施設(ホテル) へと帰す。

俺は報告や誘拐犯の引渡しがあったので、城門へと残った。

報告が終わって宿泊施設へ戻ると、腰に手を当てたティナが玄関ホール中央で頬を膨らませて立っていた。

明らかに不機嫌であると判る顔をしていたのだが、俺と目が合うと何を言うでもなく身を翻して階段を駆け上がる。

苛立っているのか乱暴に階段を上がっているが、絨毯の仕立てが良いため音はほとんど吸収されていた。

……だんだん、不機嫌さが激しくなっているような気がするんだが?

まだ拗ねているのだろうか。

確認を取ろうとティナを追いかけるカリーサを呼び止めたら、ゴミを見るような目で一瞥されたあと、また誘拐されるわけにもいかないので、と短く答えてティナを追いかけていった。

……一応、俺の方が主人なんだがな。

カリーサの中の優先順位が、明らかにティナに偏っている気がする。

ティナを追いかけて階段を上ると、三階の踊り場にティナとディートフリート様がいた。

いつの間に友だちになったのだろう、とは思っていたのだが、ティナは頑なにこれを否定している。

否定はしていたのだが、やはりディートフリート様の方はティナを友人と思っていてくれるようだ。

ティナを心配してくれていたのか、力いっぱいティナにしがみ付いて泣くのを堪えているような顔をしていた。

……お優しいのはエルヴィス様の血かな。

やれやれといった顔をして、ティナがディートフリート様の金髪を撫でながら宥めている。

確かティナの方が一つ下だと思ったのだが、これではどちらが年上かわからない。

ディートフリート様に対してティナは少し困った顔をしていたのだが、階段を上りきった俺の姿に気がつくと、ジトッとした恨みがましい目をした。

……なんだ? 機嫌は直ったようだが、何かまだあるような……?

ディートフリート様を宥めて部屋へと送り、ティナと同時に部屋へ戻る。

こちらから話しかける間もなく、ティナは先に部屋を整えているカリーサの元へと駆けていった。

俺のことなど完全に無視だ。

居心地が悪くて風呂場へと逃げ込む。

ティナの機嫌も気になるが、まずは返り血などで汚れた身体を洗わねば、満足にティナを抱き上げることもできない。

髪を洗う頃になると、ティナが浴室へとやってきた。

相変わらずティナは一緒に風呂に入ろうと誘えば嫌がるが、自分が俺の入浴中の風呂に入ってくるのはいいらしい。

ティナの恥じらいの基準がわからない。

「見てください。イリダルが綺麗にしてくれました」

そう言ってティナが自慢してきたのは、グルノールで仕立てた特注の靴だ。

マンデーズ館の暖炉へ現れた日に、灰塗れで真っ黒になっていた靴でもある。

……お気に入りの靴が綺麗になって、機嫌が直ったのか?

髪の毛を洗ってあげます、と言いながら近づいてきたティナからいい匂いがした。

食欲をそそる匂いだ。

「何か食べて来たのか?」

「シードルさんがお夜食の準備をしてくれていたみたいです」

お腹が空いていたので、スープだけ先にいただきました、と言ってティナは笑う。

完全に先ほどまでの不機嫌さはなりを潜めていた。

「エセル様に、王都で暮らさないか、って言われました」

細い指で丁寧に俺の頭を洗いながら、ティナが馬車の中での会話を聞かせてくれる。

どうやらエセルバート様はティナを保護した方が良い、と判断されたようだ。

今回ティナが攫われることになった理由は『俺の妹だから』というものだった。

ティナの安全を考えれば、当然の申し出かもしれない。

「……ティナはどうしたい?」

俺の傍にいれば、いつかまた今日のように誘拐を目論む 輩(やから) が近づいてくるかもしれない。

もちろん、出来る限り守るつもりではあるし、護衛の数だって増やせる。

それでもやはりティナの安全と気持ちが最優先だ。

ティナが俺から離れて安全な王都に住みたいと言うのなら、王都にティナの住む場所を用意してもいい。

「今日、俺はティナを見捨てた。誘拐犯はティナを人質に取ったが、俺は奴らの要求を飲まなかった」

次に同じ状況になっても、きっと同じ判断をする、と正直に伝える。

妹を人質に取られたとしても、騎士として間違った選択は出来ない、と。

兄としては最低な発言であるという自覚があった。

「そういう話も、エセル様としました」

ティナを見捨てたも同然の選択を、ティナは逆に安心したと言う。

俺がちゃんと理性的な判断のできる人間でよかった、と。

「あんまり住処を転々と移動するのは嫌なので、レオとグルノールの街がいいです」

今さら王都で暮らせだなんて言われても、また友人から何から一から作り直すのは面倒です、とおどけたあと、ティナは声をひそめた。

本当に小さな声で、ぽつりと言葉が追加される。

「……王都で保護って、つまり人質を握る相手がエセル様になるってだけでしょう?」

だとしたら、グルノールで暮らすのが一番安全で安心だ、と言いながらティナは髪の石鹸を洗い流す。

何度も丁寧に濯がれ、その度にティナの細い指が頭を撫でて気持ちがいい。

「そういえば、今日のことはレオにも収穫があった、ってエセル様が言ってましたけど、何か得しましたか?」

「妹を勝手に囮に使われるわ、そのまま誘拐されるわ、散々な一日だったが……得たものが何もなかったわけではないな」

ティナにも俺にも、目に見えて恩恵のあるものではないが。

大切な妹を人質に取られるようなことがあっても、俺は国を裏切らない。

そう王族に近い人間に――それこそ前とはいえ国王陛下に――忠義を示せたことは、王国に仕える騎士としては大きな収穫といえなくもないだろう。

風呂から上がると、ティナが上機嫌で待っていた。

スープは先に頂いたが、サンドイッチを一緒に食べよう、と。

食事の用意されたテーブルへと手を引かれ、ふと思い立ったようにティナが足を止める。

どうしたのかと視線を下ろせば、ティナが青い目で俺を見上げていた。

「忘れていました。レオ、足を出してください」

「足?」

不思議に思いつつも、促されるままに片足を一歩前へ出す。

目の前へと出された俺の足をティナがしげしげと見つめると、懐かしい衝撃に襲われた。

「……ぐふっ!?」

足への衝撃に、そういえば先ほどティナがわざわざ靴を履き替えてきたことを思いだす。

単純に綺麗になった靴を自慢したかったのかと思ったのだが、ティナの狙いは最初からこれだったのだろう。

ティナは怒りの表現方法として、以前からつま先を強化した特注靴で俺の足を蹴ることがあった。

「レオ、今日一番怖い目にあったのは誰ですか?」

「……ティナ、です」

直前まで怒りの動作など何も見せていなかったティナの行動に、つい『です』と丁寧に答えてしまう。

なんとなくではあるのだが、口調が丁寧な分ティナの怒りが深い気がした。

「十歳の男の子でも心配して抱きついてなかなか離れなかったのに、レオは保護者なのに、なんなんですか!?」

なにもないのか、と再び怒りはじめたティナに、ようやくティナの怒りを理解した。

ティナは俺のせいで誘拐されたことでも、馬車の中で無視したことを怒っているのでもない。

保護者として、俺の行動が何一つ足りていなかったから怒っているのだ。

「ティナ、遅くなって悪かった」

そう言って、片膝をついてティナと目線の高さを合わせる。

間違っても握り潰したりなどしないよう慎重にティナの小さな頭を引き寄せ、抱きしめた。

「怖い思いをさせたな。無事で良かった」

「遅いですよ。 保護者(おにいちゃん) なら、ディートより先に抱きしめてください」

ポスッと小さな拳で俺の胸を殴ったあと、ティナは腕を首へと回してきた。

抱き潰さないよう慎重に、それでも力を込めて抱きしめると、ティナが顔を首筋へと埋めた。