軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

サンルームの襲撃者

……うう、モヤモヤする。

私としては、ただ本音を言っただけのつもりなのだが。

別れ際に見たディートの傷ついたような顔が、どうしても頭から離れなくて気になる。

決定的なお断り台詞のお陰で、ここ二日ほど平穏な時間が続いているのだが、どうしてもあの顔がチラつくせいで楽しく刺繍をすることができなかった。

言い過ぎたかなとか、もう少し言い方ってものがあった気がするだとか、気がつくとディートのことばかりを考えてしまっていて、針で指を刺してしまうのだ。

……でも、謝るのは何か違うしなぁ?

言い方が悪かったという自覚はあるのだが、言った内容は間違っていない自信がある。

私はディートに押しかけられて迷惑をしていたし、好きにだってなれない。

あまりにモヤモヤと思考を占拠されるので、刺繍をするのは諦めてお行儀悪くも長椅子に横になる。

モフッとクッションに顔をうずめると、視界が塞がれて世界が真っ暗になった。

あの時、どうするべきだったのか。

自分はこれからどうすればいいのか。

作業の手が止まるたびに考えるのだが、いい考えが浮かばなかった。

苛立ち紛れに口から「あ~」とか「う~」だとか意味のないうめき声が漏れる。

ジタバタと足掻きながら無為な時間を過ごしていると、カリーサがエセルを案内して部屋へと入って来た。

「ご機嫌いかがかな?」

「最悪ですよ」

「そのようじゃな」

来客の相手などしたい気分ではなかったが、相手が相手なので仕方がなくクッションから顔をあげる。

そのまま体も起こして姿勢を正すと、エセルに椅子をすすめた。

「自分が子どもすぎて嫌になります。もっと上手い言い方があったかもしれないって」

少なくとも大人であれば、あれほどディートを傷つけなくとも、こちらの言い分を理解させることができていただろう。

それが出来ていれば、傷ついた顔が気になってその後の作業に集中できなくなる、ということもなかったはずだ。

モヤモヤとした気持ちを、その原因の身内へと吐露する。

カリーサの運んできたプリンを美味しそうに口へと運ぶエセルは、故意と判るおどけた顔をしていた。

実に腹ただしい。

「お嬢さんは、自分が悪かったと思っておるのか?」

「言い方が悪かった、って思っているだけです。言ったことが間違っていたとは思いません」

これが困っている原因でもある。

私は間違ったことは言っていないつもりだ。

なので、私からディートに謝るのはおかしい。

……ディートが悪いんですよ。嫌われるようなことばっかするくせに、自分がいざ嫌いだって言われたら、あんな傷ついた顔するんだから。

あれは卑怯だ。

自分(ディート) が悪いくせに、あの顔のせいで私が悪いことをしたような気になってくる。

ムスッと頬を膨らませる私に、エセルは二日ぶりに顔をみせた本題にはいった。

「ディートも同じように落ち込んでおるぞ。そろそろ仲直りをしてはどうじゃ?」

「ディートが心から反省して謝罪するなら、謝罪は受け入れますが、仲直りは無理ですよ」

私はディートに振り回されるのは嫌です、とエセルの目を見て正直に答える。

謝罪を受け入れるのはやぶさかではないが、また交流を持つとなればディートに振り回されることになる。

一日三回までという約束だって、守られたことはなかったのだ。

一度でも姿勢を緩めれば、あれもこれもと要求される危険性は高い。

「では一日に三回までは遊んでやる、という約束を守ってくれんか?」

「それはもう言ってしまってあるので、むこうから来たら三回までは相手をしますが、わたしから誘いに行くつもりはありません」

そんな義理もないし、と答えてすぐに落ち込む。

可愛げがない自覚はあったが、さすがに酷すぎると自分でも思う。

「お嬢さんは相当の意地っ張りじゃな」

「今まさに嫌ってほど自覚中です」

放っておいてください、とそっぽを向くと、皺だらけのエセルの手が頭に載せられた。

一日三回の約束ぐらいは、とサンルームへと移動する。

エセルの言うことにはディートがバシリアと遊んでいるはずだったのだが、どちらの姿もなかった。

ただテーブルの上にはリバーシ盤と、遊戯の途中で投げ出したとわかる具合でリバーシのコマが散らばっていた。

「……ディートは逃げたみたいですよ?」

「あの子は、まったく……」

テーブルの上から読み取れるディートの行動に、エセルはこめかみを押えた。

どうやら私とディートを仲直りさせようとしていたようだが、肝心のディートが逃げ出してしまったのでは、エセルの行動も無駄に終わる。

「お嬢さんはしばしここで待っていてくれんか? ディートの首に縄を付けてでも連れてくるからの」

「無理に連れてこなくてもいいですよ?」

「いやいや。なかなかお嬢さんのようにズバリとディートに物を言ってくれる者はおらんからの。曾祖父としては、貴重な曾孫の友人候補を逃したくはないのじゃ」

全力で逃げていいですか? とはさすがに空気を読んで言わない。

とはいえ、顔にはしっかり出ていたようで、エセルは人の悪そうな笑みを浮かべた。

言葉通り、簡単に私を逃がすつもりはないようだ。

……レオの妹、ってばれてるしね。

本気で私をディートに付けておきたいのなら、レオナルドを王都へと呼び戻すこともあるかもしれない。

レオナルドを呼び戻さなくとも、ディートの御学友だとか適当な役職を用意し、私だけを呼び寄せることも可能だ。

……うわっ。うっかりアルフさんの名前なんて出すんじゃなかった。

アルフの知人ということでグルノールに住んでいることが知られ、そこからレオナルドの妹だと気づかれていた。

保護者が誰であるか、どこに住んでいるのかさえ知られなければ、本当にラガレットで別れて以降は再会することもないはずだったのに。

あちらにその気があれば、再会もその後の交友も思いのままだ。

サンルームを出て行くエセルの背中を見送る。

なんとなく扉の横に立ったまま、放置されたリバーシ盤を片付けはじめたカリーサを見ていると、不意に私の顔へと影が落ちた。

「……ふぐっ?」

何の影が? と瞬くより早く、大きな手で口を塞がれる。

これでは声が出せない。

そう気がついた時には、すでに背後へ立つ人物の逆の手が腹部へと回されていた。

……なんか、ヤバイ!?

抱き上げられた背中にあたる気配に、心当たりはない。

知らない臭いと、背中にあたる胸にも違和感がある。

ただ、ゴツゴツとした大きな手と柔らかみのない胸に、背後の人物が男であることだけは判った。

上半身を押さえられているため、咄嗟に上半身と比較すれば自由な足で扉を蹴る。

すると、すぐにカリーサが異変を察知してくれた。

パッとこちらを振り返ったカリーサと、私の目がバッチリと合う。

私には今の状況がよく解らないのだが、カリーサはすぐに理解できたようだ。

一瞬だけ腰を落として姿勢を低くしたと思ったら、強い衝撃に襲われた。

続いたのは浮遊感。

投げ出されたと気づいた時には床へと叩きつけられ、肺の空気がすべて押し出された。

すぐに新しい空気を吸い込むのだが、床へと叩きつけられた衝撃で目が回る。

戦闘経験などない私に、床へと叩きつけられてすぐに動くことはできなかった。

せめて意識だけは保とうと思うのだが、グラグラと揺れはじめた視界に思考がかき回される。

大きな音が二回続いたあと、床に耳を付けていたおかげで遠くから足音が近づいてくるのがわかった。

……だれか、きてくれた……?

そう安心してしまったのか、引き止めたい意識はあっさりと手放されてしまう。

真っ暗になる視界に、カリーサの足が目の前に立ち塞がったところが見えた。

「……ません、ティナお嬢様」

目が覚めたら、ベッドの中にいた。

身じろぐと肩と背中がじんじんと痛んだのでそれをそのまま伝えると、カリーサはますます身を小さくしてベッド脇に控えている。

「ティナお嬢様を取り返そうと、咄嗟に……申し訳ございません」

カリーサの説明によると、扉を蹴る音で異変に気づき、振り返ったら私が顔を隠した見知らぬ男に抱き上げられていた。

口を手で塞がれていたことと、男に見覚えがないことから、すぐに緊急事態だと理解できたらしい。

私を抱き上げていたことから誘拐が目的と判断し、まずは私を取り返そうとして男の腕にリバーシ盤を突き刺したのだとか。

……うん、それは犯人の腕も折れるね。私も投げ出されたわけだ。

目的のためには手段を選ばないカリーサの活躍によって、私の誘拐は未然に防がれた。

怪我人はリバーシ盤を突き刺された誘拐犯と、床へと投げ出された私だけだ。

「サリーサなら犯人も捕まえられたと思うのですが……」

三姉妹の中で自分が一番未熟である、といってカリーサは落ち込んでいる。

ちなみに、アリーサであれば犯人を確保した上で、私も無傷で助けられたはずらしい。

イリダルであれば今頃は背後関係の精査も終わっているはずだとか。

……いや、そこまでいくとちょっと有能すぎて怖いよ?

今は本来の護衛とホテルの警備員が連携し、犯人を追跡しているらしい。

目が覚めたら全部終わっていた、ということはなかったが、必要な指示はすべて出し終わっているとのことだった。

結果的な話ではあったが、私に怪我をさせたのは自分である、と落ち込むカリーサを宥めていると、シードルがセドヴァラ教会の 薬師(くすし) を連れてやってくる。

まずは診察が先だ、とシードルとの間に衝立を用意して薬師に服を剥かれると、床に叩きつけられた時にできたと思われる青あざがいくつもあった。

……変な痛み方はしないから、骨が折れたりはしてないと思うけど。

地味に全身が痛い。

筋肉痛ともまた違った、見えない痛みだ。

ひとまずの診察が終わると、薬師は軟膏と湿布を処方してくれた。

やはり骨折はしていないとのお墨付きももらう。

今日は一日ベッドから降りないように、翌日以降もしばらくは安静にしているようにと指示をして、薬師は帰っていった。

「このたびは、当 宿泊施設(ホテル) の不手際でお客様には大変な心労とお怪我を……」

「済んだことはもういいです」

深々と頭を下げるシードルに、居心地が悪くて言葉を遮る。

悪いのは犯人であり、宿泊施設の支配人であるシードルではない。

レオナルドが宿として選んだこの宿泊施設は、妹を預けていけるとレオナルドが信頼していた場所だ。

そう滅多なことでは起こらないことが起きたのだろう。

そのぐらいは私にもわかる。

「犯人は捕まりましたか?」

「警備の者とお嬢様の護衛が捜索していますが、今だ捕縛したという 報(しら) せはございません。ただお嬢様の 女中(メイド) が手傷を負わせたとのことですので、セドヴァラ教会への通達は終わっております」

犯人が怪我の治療にセドヴァラ教会を頼るようなことがあれば、シードルまで報せが来ることになっているようだ。

子どもを突然攫おうなどとする犯人が、怪我をしたからといって馬鹿正直にセドヴァラ教会を頼るかどうかは怪しい気もするが。

「しかし、解らないのです。当宿泊施設は泊まるお客様の身元はもちろん、連れの者や雇用している使用人、その家族、出入りする業者の身元まで確認しているのですが、いったいどこから不審人物が侵入したのか……」

「侵入が考えられないのなら、いっそ最初に調べられたはずのお客様の中に犯人がいる、ってこともあるかもですね」

最初から施設の中にいるのなら、侵入経路を探すのは時間の無駄だ。

考え方の一つとして提案してみただけなのだが、シードルがなにやら考え込むのがわかった。

身元が確かだと確認した客ばかりだが、叩いて埃がでない客ばかりでもないのだろう。

客の中に犯人がいるのなら、捕まるのは時間の問題だ。

安全が売りの高級ホテル内で誘拐未遂を起こしているのだ。

支配人であるシードルの顔に泥を塗ったに等しい。

犯人の捕縛についてはもう少し時間がほしい、と言ってシードルは退室した。

入れ替わりに、花やケーキがお見舞いとして運び込まれる。

肩が痛かったのでそれらをカリーサに食べさせてもらいながら、ふと気になることが湧いてきた。

……犯人は、誰に用があったんだろうね?

誘拐されそうな人間として一番に名前を挙げるのなら、ディートだろう。

本人に自覚は薄いようだが、彼は一応王子という身分にいる。

しかしスカートを穿いている私を躊躇いなく攫おうとしたことを考えれば、バシリアを狙っていたとも考えられるだろう。

バシリアは街一番の権力者の娘だ。

…… 平民(わたし) を狙ったというよりは、どちらかと間違えて狙われた、って考えた方が納得なんだけど……?

いずれにせよ、ここしばらくあのサンルームが子どもの遊び場と化していたことを知っている人物の犯行だろう。

そう考えると、本気で宿泊客を疑った方が早そうだ。

さすがにサンルームへ近づくのは怖かったので、薬師の指示を守ってベッドの中でまる二日過ごした。

何か思うことがあったのか、毎日のようにバシリアをつれたディートが部屋へと遊びにやって来る。

バシリアが心配して、バシリアが来たがるから、と何度も言い訳をしながら。

一応嫌いだとか、迷惑だとか私が言ったことも覚えてはいるようだ。

連日押しかけてはくるが、部屋の中でバシリアとリバーシで勝手に遊びはじめ、私を誘ってくることはない。

それだったら自分の部屋で遊べばいいのに、と零したら、マルがこっそり教えてくれた。

自分が近くにいれば、自分の護衛が私のことも守ってくれるから、ディートは嫌われていると自覚していても私の傍にいてくれようとしているのだとか。

……解りにくいよ!

これが私の発言を受け入れた上での、ディートの選んだ行動らしい。

結局、このディートの押しかけ他力ボディガードは、レオナルドが戻るまで続いた。

連日バシリアを引っ張って私の部屋へと押しかけ、好きなだけリバーシをやって帰っていく。

バシリアにはいい迷惑だろう。

バシリアはディートと仲良くしたいだけなのだ。

何度かエセルが様子を見に来たが、特に喧嘩をするわけでもないので黙って帰っていった。

この頃になると、可愛げのない私でも『ディートを連れて帰ればいいのに』とは思わなくなっていて、自分でもびっくりだった。